恋しちゃうのは不可避だった

羽屋テラ

第1話:side Nico

4月某日

開店前の事務所で今日の仕事の確認をしていると店舗の裏口のドアから

「おつかれっす。」

と言いながら同期で地区マネージャーの宇佐美朱生(シュウ)と今日から配属されると思われる新人の男の子が入ってきた。

その後ろから店長の五十嵐真波(マナミ)が続いて入ってくる。

「あ、ニコちゃん、今大丈夫?」

「ちょっと待ってくださいね」

作業がきりのいいところで一旦手を止めて3人のもとへ行く。

「お待たせしてすみません。」

「日比野。今日から配属になる小田桐碧生(アオイ)さん」

宇佐美の横に目がぱっちりして髪がふんわり中性的な雰囲気の男の子。

それにしても初々しい。わたしも7年前はこんな感じだったっけ。気付けばもう30手前だ。

…あれ、この子。

どこかで会ったこと…あっ。

新人の子が顔見知りだと気付く。

「小田桐碧生です。よろしくお願いします。」

「日比野ニコです。よろしくお願いします。あ、あの」

とあいさつもそこそこに

「六反田さんちにときどき来てましたよね?」

六反田さんというのは、この店と同じ商店街にあるスイーツ屋さん。

わたしはそのお店に飾る花の装飾を担当している。

そして、そこの娘さん、実花ちゃんと彼が一緒にいるのをときどき見かけていた。

仲良さそうだったからてっきり彼氏なのかと思ったら、実花ちゃんいわく、彼氏になってほしいけど全然振り向いてくれないとか。

少し緊張気味だった小田桐さんの顔がみるみる緩んでニカッと笑う。

「覚えててくれたんですね。」

笑顔がかわいい。

「顔見知り?」

真波さんが驚いた様子。

「六反田さんちの実花ちゃんの幼なじみなんですよ」

「そうなんだ。」

小田桐さんが頷く。

そういえば、いつからかお店で見掛けなくなった。

真波さんからの前情報によると、新卒だけど2年の留学経験があるから今は24才で、

植物や環境を学んでいたらしい。

即戦力になってくるんじゃないかとのこと。

留学ってすごいな。だから見掛けなくなったのね。


「それじゃあ、小田桐さんの指導をよろしく。」

と言い、宇佐美が事務所を出ていく。

さてと、わたしも仕事に戻ろう。

「あ、日比野。ちょっと。」

宇佐美に店裏に呼び出された。

「今日俺とご飯どう?」

「ちょっと予定あるから。」

「じゃあ、明日は。」

「遅番だから。」

「終わってから行こうぜ。あ、じゃあ、いつならいい?」

「うーん、わかんない。じゃあ忙しいから仕事戻るね。お疲れ様。」

デフォルトのやりとり。宇佐美の誘いは毎回断っている。こんなやりとり、もう何十回としてきたのになぜ誘うんだろう。好かれてないと思ってないのか。


なぜわたしが宇佐美を嫌うのか。あれはわたしたちの入社式後の懇親会でのこと。

「よし。同期で飲み行こうぜ。」

それを耳にした社長が懇親会費用を出してくださった。

それを「俺の親の金だから。」と飲み会中何度も言い、「社長の息子」ということを鼻にかけるどうしようもないやつだ。

同期の中でかわいい女の子を両隣に座らせ、ホステスまがいなことをさせた。

それが超絶イヤだったと言ってすぐに仕事をやめた子もいた。

さすがに悪評を聞きつけた社長がみっちり教育し直したらしい。

ここ数年でまともになったらしいけど、やっぱり最初が強烈で受け付けない。

だから、いつも断ってるのに懲りずに何度も誘ってくる。

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