第2話 閉ざされた世界
吐く息がどんどん白くなっていくの
冬がどんどん本領を発揮していく。
「ねえ、大丈夫?」
カーディガンしか持っていなくて、蹲りながら必死に寒さに耐えている私に声をかけたのは秋風だった。
「なんでここにいるの、もう旅支度を終えて出発したんじゃなかったの?」
「もうすぐ出発するよ。でも出発前に君のことが気になって」
「ああ…笑ありがとう」
「その花、彼女の所の…スミレだね。彼女がいるところに行ってきたの?」
「ううん、彼女がここまで来て届けてくれた笑
私もスミレの花束を受け取る時彼女の元へ旅立てるかなって思ったんだけど、彼女の元には行かないことにしたの。ただ綺麗に咲き誇る花を求めてるだけで彼女を求めてるわけじゃないことに気がついたんだ。」
「また馬鹿な選択をして…こんなに寒くて冷たいところにいる必要なんてないって言ってるのに、幾分か暖かかっただろうここに彼女がいる時は。まあいいや、
こっちの花は猫飼ってる彼女のところに咲いている花だね」
「彼女も時々様子を見に来てくれるの、その度にこの花を置いていく」
「アマリリスの花、か笑」
「彼女にピッタリな花だよね笑」
「この木の持ち主は?」
秋風に聞かれて私は緩く首を振った。
「私ね、彼と一緒にこの木の下にまだいた頃、はなればなれになってるのが辛くなってしまったことが何回かあったの。友達と綺麗な夜景を見に行くとね、いつか一緒に見れたらいいなって思う。隣に彼が居てくれたらなって思わないことは無かった。けどその度いつか見にこれるよ、それまでの辛抱だよって、心の中の私が語りかけてくれて笑
ほらあそこの薔薇畑、棘でお互い傷つくこともあるけど、それでも2人で大切に育ててるの。近距離で綺麗な花を咲かせ続けてる。私も近距離の所に移ったら綺麗な花をずっと咲かせ続けられるのかなって思ったこともあった。
2ヶ月に1度しか咲かせることが出来なくても彼との花が綺麗で、4日間だけ満開に咲き誇る花たちが好きで好きでしょうがないの笑」
「元々彼とは普通に生活してたら出会う存在じゃなかったんだよね。」
「そうだね。」
「出会わなければよかったって思わないの?」
「冬が来てから、冷たくて鋭い風が最近はずっと吹き荒れてて、耐えられなくなると思ってしまうこともあるよ、けど毎回風が止むとやっぱり出会えてよかったって、奇蹟だなって心が暖かくなるの」
「…ねえ、もう気がついてるんじゃない?自分の身体状況も精神状況からも目をそらさないで。このままじゃ、」
「分かってる。ちゃんと分かってる。でも大丈夫、有難う。」
「じゃあ、もうそろそろ準備しに行かないと。またくるかも。くれぐれも倒れないようにね」
「はぁい笑またね笑」
秋風が去った瞬間、世界が真っ白になった。
凍りつくような寒さもない、何も無い世界。
薄く開かれたドアだけがある世界。
「え…?」
突然のことすぎて頭が追いつかない。はっとポケットの中を確認すると、蕾も無くなってしまっていた。
「なんで、どういうこと?」
涙が溢れそうになるのをこらえるためにふと上を見上げると、彼が新しい彼女と共に苗を植えているのがみえた。
彼女は私の知ってる子、付き合ってる時「好きになることは無い」って言ってた子だった。お花のような子。
すごく楽しそうで、幸せそうで
ぐちゃっ、と、私の全てがひねり潰された音がした。
冬はあっという間に終わってしまった。強制終了してしまった。私の手ではなく、彼の手で終わりを迎えた。
いつだって彼は強制的に何もかも終わらせてしまう
私が送り出されたのは夢も幸せも未来も何も無い、あるのは過去の思い出だけの世界。またここに戻ってきてしまった。もうここには戻ってきたくなかったのに。
思い出を一つ一つ確認していくと彼とのものばかりで、全て消し去ってしまいたい衝動に駆られた。
こんな事なら好きになるんじゃなかった、そう思いながら触れるからどんどん白黒になって行く。
はっと部屋中見渡すとほぼ白黒の思い出にかわってしまった。
最悪だ。1番見たくなかった景色を自分で作りだしてしまった。
どうせもがいたってこの辛さから抜け出すことなんてできやしない。だったら終止符を打った方がマシだね。とわたしの中の私がそっと囁いた。
20年、良くも悪くもないけど精一杯生きたなと思う。
だから、もういいよ。終わりにしてしまおう、そう思って扉を完全に閉ざそうとした時だった。
「生きて」
離れ離れになったはずの、遠くで花を咲かせに行ってしまったはずの、私をこの世界に送り出したはずの彼がそう言った。
なんて自分勝手なやつなんだ、笑
勝手に離れていって、縋っても突き放したくせに生きろ?何を言ってるんだ
自分勝手にも程があるだろう
私が今どれだけ辛い思いをして、どれだけ冬を迎えるのが辛かったのか、いざ迎える決意をしていたのにそれも無かったことにして自分は新しい子と花を咲かせてる、
自分ばっかり幸せになって楽しくなって、
蕾を育てておいてなかったことにするの?
ふざけるなと言ってやりたかったけど言えなかった。
彼の表情から彼自身の辛さが伝わってきたから何も言えなかった。
物語を閉ざす権利を与えてくれなかった。
自分勝手に生きろと言ったのは彼だったのに。
そんな言葉に少し救われた自分もいた。
ごめんね、幸せにできなかったね。
好きになっちゃってごめんね。
一緒にいた思い出を今は大切にすることが出来なくなってしまった、白黒になってからもこの子達は暖かくいてくれるの。
酷いこと沢山言ってごめんね。
いっその事彼に嫌われたかったけど嫌われたくない自分がいた。
彼を嫌ってしまいたいけれど嫌いたくない自分もいた。
これからどうして行けばいいのか分からない。
真っ白で思い出だけが転がっている部屋にコリウスが1輪咲いた。
fin
秋風 @snow_chamomile
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