「半透明」

山崎 藤吾

─青年と少女─

 真っ黒な空、灯る街の灯り。

それが一望出来るビルの上に

青年が一人立っていた。

「……寒」

そう漏らすと共に

口から白い息が溢れた。

「…うわ…高っ…」

青年は下を見ると足をすくませる。

どうやら怯えている様だ。

「ハァ……」

溜息をつき今度はさっきの息よりも

多く白い息が出る……。そして青年はなにやら

覚悟を決めた表情で掴んでいた

塀をゆっくりと放す。

「……やってやる……!」

青年はそう言い残すとビルの塀から飛び降り

ようとした。

するとその時だった、

青年の背後からなにやら

女性の声がした。

「なにをやってやるの?」

青年が振り返るとそこには

この季節には似つかわしくない

ワンピース姿の少女が立っていた。

「だれ…?」

青年は少女に尋ねた。

「誰…か……それよりもさ

 重要なことありそうだけど?」

青年をあしらい

少女は視線を青年の足元にやった。

「……」

青年は少女の視線で何となく

言われている事に気づいた様子だ。

「そんな所いないでさ、私のとこ来たら?」

少女はそう言いうと子供を

迎える母親の様に手を広げ

青年を呼んだ。

「……」

少女の問いかけに黙り込む青年。

「どうしたの?若い女性は嫌い?」

小首を傾げ何処か不満げに聞く少女。

「いや…そういう訳じゃ……」

手すりを握り下を見た青年

なにやら迷う様な表情を見せる。

「じゃあ…おいでよ」

再度手を広げ少女は青年を

塀の中に入れようと試みる。

そんな少女を見て諦めがついたのか

青年はいとも簡単に塀をよじ登り

少女の元まで歩み寄った。

「はい、よく出来ました」

少女は涙を溢し静かに泣く青年の頭に

手を置くと優しく撫でた。

ニコッと笑顔で微笑えむ少女

それにただ静かに涙する青年……若さとは

いつ何時も麗しく美しくそして

初々しいモノである。


 あれから少女は青年をビルから

連れ出すとある所に連れて行った。

そこは誰もいない寂れた公園

少女はその中にある

ベンチに腰を掛けると

青年も座らせようとポンポンと

ベンチを叩く。

「まぁ、座りなよ」

少女が促すと青年は

1人分のスペースを空け少女と距離をおくと

座った。

「……」

沈黙の青年

屋上からずっと

なにも喋らないまま目元は赤くなり

泣き跡が目立つ。

「大丈夫?」

少女は優しく青年に問いかける。

「……」

対してまだ黙り込む青年。

「じゃないよね……ごめん」

少女は青年の落ち込んだ表情を

見て思わず謝罪する。

すると突然青年がまた泣き出した。

「ゔっ……」

声を抑えながらでも確かに少女には

聞こえる声で泣き

砂の上にはポツポツと涙が落ちた。

「よしよし……」

泣き出した青年の背中に手を置くと

少女は優しく撫で始める。

「グスッ、ゔぐッ……」

撫でられたのが心に染みたのか青年は

余計に涙した。

「……あのさ、話して見ない?」

暫く青年が泣いたあと

少女はそう切り出す。

「……なにを話せって?」

泣いている目を擦り問い返す青年。

「なんでもだよ…君があんな事仕様と思った

 原因とか」

少女は優しい声で青年に囁くと

青年はまたいとも簡単に自分の

過去について語りだした。

「家に家族がいて、それが

 結構大変で…それで

もう死のうかなって……」

段弁的だが青年は少女に

胸の内を話す。

そしてそれに対して少女は

優しい目を変えることなく

さらに質問をした。

「どんな風にやばいの?」

「どんな……なんか……

 皆もう限界で……爺ちゃんは寝たきりだし

 母さんはずっと帰ってこなくて…

 電話もしたんけど全然でないし……」

うんうんと頷き、なんだか

腑に落ちた様子の少女。

「それであそこに居たんだね…」

「……うん」

青年は少女に対して弱々しく返事をした。

「死にたい…の?だったら──」

少女が問いかけるのを遮り

なにを思ったか青年は勢い良く立ち上がると

公園中に響き渡る声で言った。

「ッ……あの、もう構わないでくれませんか!」

立ち上がったまま、上から見下ろす形で

少女に言う。

けれど少女はそれに一切動じる事なく

達観した表情で青年を見つめている。

「そう……それなら分かった」

寂しそうな表情を浮かべ

少女は下を向き落ち込んだ様子を見せる。

「じゃあ……」

青年は少女にそう言い残すとそのまま

公園の外へ出ようとする。

その様子を後ろから見ていた少女は

おもむろに立ち上がり

青年の背中に投げかけた。

「あのさ……!」

少女の声は透き通る様が青年に届き青年は

立ち止まった。

「さっき死のうとしてけど

 死ぬのってね……君が思ってるよりも

 実は凄く怖いものなんだよ!」

少女は自分に言える事を全て青年へと

ぶつける。

それが果たして響いたのかは分からない

けれど確かに青年の耳には届いている

はずだと信じたい。

青年は少女からの最後の問いかけに

返事をしないまま暗闇の中

公園から立ち去って行く。


「ただいま……」

青年は公園を出たあとそのまま

家に帰っていた。

玄関を開け家の中にいる

お祖父さんへと

挨拶する。

けれどお祖父さんからの返答はない。

「寝てんのか……」

ポツリ独り言を漏らし青年は

脱衣所へと向かう。

服を脱ぎそのまま

風呂場に入る。

椅子に座り蛇口をひねり

シャワーを浴びるそして

顔、腕、頭、体の順に洗い

浴槽にはお湯は張らずそのまま

風呂場を出て身体と髪を拭き上げた。

予め自分で用意してたのか

洗濯機の上に置いてある

服を着てお祖父さんの

隣にある部屋ソファーに寝転がると青年は

小さな声で呟いた。

「死にたくも、生きたくもないんだよ……」

あまりにも悲しい青年の一言

なんとも中途半端な意味合いの言葉

それはなんだか

机の上にあるコップのように

半透明な感じだった。


 次の日の朝

青年は制服を着て学校へと向かった。

そして何事もなかったかのような表情で

1日を終えると

青年は帰るとき着た道とは違う

反対方向へと向かう。

少しばかり歩いて

たどり着いたのは昨日の公園。

辺りには遊具で遊ぶ子供が3人

ベンチでくつろぐ老人が1人

青年はキョロキョロと辺りを見回す。

「いないか……」

ポツリとそうもらす青年。

暫く公園の中をグルグルと散策したのち

池の前で立ち止まる。

「ハァ……」

何かを探していたのか

溜息を吐き虚ろな表情を見せる。

そして諦めたような

表情で青年は来た道を引き返そうとした。

すると、突然後ろから女性の声で

話しかけられた。

「なーに、してんの?」

青年は真後ろから聞こえた声に

思わず反応し恐る恐る振り返ると

そこには昨日青年を助けた

少女がいたのだ。

「……」

驚きを隠せないのか

黙り込んだ青年。

「フフッ、どうかした?」

ニコリと笑みを浮かべながら

揶揄うような顔をする少女。

「どうかって……」

「ずっと何か探したよね?」

どうやら少女は青年の様子を

ずっと見てたらしい。

「見てたのか……」

照れる様に視線をそらす青年。

それに対し終始楽しそうに応える少女。

「うん、ずっとね。というか

 こんな所で何してたの?探しもの?」

「違うよ…そのなんと言うか……

君に謝りたくて」

どうやら青年は少女に謝ろうとして

わざわざ公園まで足を運んだらしい。

「…そうなんだ」

それを聞いてまさか探していたのが

自分だとはそして

まさか謝るためとは夢にも思わなかったのか

少女は動揺し

青年から視線を外した。

「あの…昨日はごめん……急に帰ったり、

突きも放したりして」

青年は昨日自分がした事を少女に

謝罪した。

「いいよ別に、そこまで気にしてなかったし……」

手をもじもじさせ

何処か恥ずかしさがある少女。

「そこまで…?」

青年は少女の発言に引っかかたのか

そう問い返した。

「……なんていうか…まぁ、ちょっとは

 気にしてたんだけど

 それよりも君が死んでないかなって

 そっちのほうが気になってたから…」

少女は逸らしていた視線を

青年に向けると青年と目が合う。

「そっか……それはごめん」

青年は頭を軽くさげ少女に謝る。

「でも良かった君が生きてて」

少女はなんだか

安心した様子で青年に笑顔見せた。

「うん……」

恥ずかしそうにしながら頭を掻き

ただ相槌を打つしかない青年。

「もうあんな事しないでよ?」

少女は冗談交じりなトーンででも

表情は真面目なまま

青年に言った。

「分かってる……もうしない」

ハッキリとそう言い切った青年。

「じゃあ、大丈夫だね」

そして少女はまたニコリと微笑むと

少しだけ後ろへと下がった。

「ん、なに…?」

それをみて何かを察した青年は

少し不安げな顔をした。

「あのさ、さっきも言ったけど

 もう自殺なんてしないんだよね?」

真剣な少女の眼差しに青年も

真面目な顔で応える。

「うん……しない」

「ならさ、私と約束して…」

そう言うと少女は小指を青年に向けた。

約束…それは指切りの事だった。

「うん」

何も言わずただ頷いた青年は

少女に自分の小指を絡ませる。

「じゃあ約束ね」

「あぁ、約束」

二人は小指を握り合わせ軽く揺らすと

ゆっくりと指を解いた。

「……じゃあ私そろそろ行かなきゃ」

「えっ……?あ、そうなんだ」

少女の思いがけない言葉に

分かりやすく動揺する青年。

「それじゃあね、バイバイ」

そう言うと少女は後ろを向き

そのまま歩いて行ったしまった。

「……なんなんだ?急に」

ポツリと独り言を言う青年。

そして指切りをした指をチラッと見て

青年も良くわからないまま

その場を立ち去り

家へと帰った。


 そして、帰り道。

「はぁ…良かった、ショウくんが

 死ななくて……」

そう呟くのは先程公園を去った少女だった。

青年と指切りをした

小指を見つめながら歩き、

なにやら独り言を言っている。

「死んでる私が言うのもなんだけど

 死んだって何の解決にもなんないよ、

 自殺なんてした所で

 未練があれば死ねない…

 こうやってただ残り続けるだけ……

 でもコレで私もようやく

 死ねるよ、ありがとうショウくん

 自殺した私が言うのもなんだけど

 そんなことしても何も良い事ないからね……

 だから……頑張って生きて、

 

  大好きだよ───。」


なんの冗談か少女は

クスッと笑顔を見せると

眺めていた小指をスッと下ろした。

そして歩きながら

ニコニコと楽しそうな表情を浮かべ

そのままゆっくり半透明になると

次第に透明になっていき

少女はその場から

静かに消えてしまうのだった……。



  ─終わり─







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「半透明」 山崎 藤吾 @Marble2002

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