第14話 オベール
「改めてお名前とご利用日数をお願いします」
「俺はボイル。こっちはスケルトンのアークだ。宿泊は四日を頼む」
「……はい。二万Sになります」
インベントリーから提示された金額を取り出し支払いを済ませる。今日の儲けも、最初からあったお金も、この支払に投じた。ボイルの懐は雀の涙だ。
「毎度ありがとうございます。ご希望のお部屋はありますか?」
ランは沢山の個室が乗っている冊子をボイルに渡す。部屋の種類によって値段が変わるシステムではないようだ。
「俺は特に拘りはない。アークが決めるといい」
ボイルはその冊子を開きもせずアークに受け渡す。ログアウトするボイルは特に注文はない。アークは悩みながらも素早く部屋を決め、写真を指差しながらボイルに伝える。
「この部屋がいいのか?」
「カタカタ」
「わかった。この部屋で頼む」
「わかりました。こちらの石畳のお部屋を十日。承りました。鍵はこちらです。この緑の扉を入って案内板に従ってお進みください」
二人は言われた通り、カウンターの隣にある大きめの扉を潜る。扉向こうは天井が高く、広い廊下が長く続いていた。左右には部屋に続くドアが沢山並んでいる。
「カタカタ!」
唖然としているボイルに、アークが肩を強めに叩く。
「あぁ、すまない。部屋だったな」
「カタカタ」
案内板はすぐ近い場所に、目を引くような色使いと大きさで壁に掛けてあった。
「なるほど。よく考えられている」
真正面から案内板を見ると、普通の色使いでどこにでもあるような書き方だ。要するに横から見ると目立ち、前からだとわかりやすい。
「部屋はここのようだ。迷わないように場所は覚えような」
「カタカタ」
プレイヤーのボイルはミニマップを見れば迷うことはないが、テイムモンスターにそんな機能は付いていない。ログイン時、四六時中ボイルの後を付いて回るのも可笑しなものだ。とくに酒造に励んでいるときは、後ろで控えられているほうが邪魔になる。
「どうだ? 道のりは大丈夫か?」
「カタカタ」
アークは大きく頷く。
「よし。部屋へ向かうか」
当たり前だがスケルトンは骨だけだ。筋肉も脂肪も皮膚もなければ脳もない。もともと面倒見がいいボイルは、それを無意識に案じてしまっていた。
「ここだな」
扉は案外普通の木製だ。ボイルは鍵を差しひねる。
「若い子は、この方法知っているのか?」
前時代の開け方に、ボイルはつい素に戻る。現実での開閉は脳波とマイナンバー、そして指紋でする。厳重な場所は表皮の遺伝子情報も必要になる。
パーソナル作業も今では脳波入力が主流だ。定年間近の人たちはレーザーパネルの打ち込み式で現状についていけていない。そんな状況ため、ボイルはこの開け方にかなりの衝撃を受けた。
「趣味が高じるとは」
電化製品は潮風に弱い。それは今の時代も変わらない。海釣りの道具は基本、電子部品が使われていない。言ってしまえば根本的な機構は前時代のままである。ただし、船などの大型になればふんだんに使われている。ボイルは扉を押し中に入る。
「これは……牢屋のような。いや、よくて砦の一室だ」
内装は名前の通り、石壁に石畳。簡易な木製テーブルに椅子二個。ベッドも二個。
「本当にここでいいのか?」
「カタカタ」
アークはどこか嬉しそうに頷く。
「それならいいが……。俺は先に休む。その間は好きに過ごしてくれ」
「カタカタ」
心得たと言わんばかりに、大きく力強く頷く。
「また後でな」
「カタ」
ボイルはメニューを開きログアウトを選択する。
「お?」
すると、注意事項が浮かび上がった。
「確かに、これは必要だな」
ボイルは念入りに読み込む。何故ならテイムに関することだったからだ。
要約するとログアウト前に、必須アイテムを渡せること。生産や行動などの許可ができること。食事や契約などの重大な事柄をアラート設定できることの三つだ。
「すぐ起きるつもりだが、寝坊することもある。先に骨を渡す。好きに使ってくれ」
「カタカタ!!」
ハヤトからもらった全ての牙をボイルは渡す。アークもかなり嬉しそうだ。無理もない。食事は死活問題だ。
二つ目に関しては先ほど、好きに過ごしてくれが適応されている。プレイヤーが直接声に出して伝えることがトリガーだ。三つ目はどのゲームにでもあるアラート機能だ。
「今やれることはこれくらいか」
テイムモンスターが増えれば、生産や食事などが多種多様になる。それを簡易にしてくるシステムでもある。アーク一人にはシステム補助を使わなくても、大した手間ではない。
「では、あとでな」
ボイルは改めて挨拶をし、ベッドに横になる。そしてログアウトを選択した。
《ログアウトを開始します》
カウントダウンが始まり、周囲から徐々に暗くなっていく。
《お疲れ様でした。またの探検をお待ちしております》
衝撃もなければ違和感もなく完了した。ダイブ装置から出れば、そこは一昔前では広いと言われるほどの、一人暮らし向けの賃貸だ。
今の時代、少子化も落ち着き、外国人就労者も多くない。日本の土地は日本人だけ。ただ家具や壁紙、床板は白い。
「うーん!! とりあえずトイレに……ホットコーヒーお願い」
ボイルの独り言ではない。音声認識で勝手に飲み物を淹れてくれるのだ。風呂の掃除やお湯入れ、洗濯などもお任せである。料理や育児に関しては安全面や情操教育の面から活用されなくなった。
「にしてもいいゲームだったな。目標だったスケルトンもテイムできたし」
音声認識の弊害か、ただの独り言が多くなっている。それは人類全体に言えることだ。それでも必要ない場面での独り言は、年を取っている証拠でもある。
「攻略サイトも掲示板もお祭り状態だな」
どのゲームでもリリース直後は話題沸騰だ。ボイルは用意されたコーヒーを嗜みつつ、空中に浮かんだ数多くのページを流し読みする。
「……ってもう三〇分もたったのか」
コーヒーが無くなると、時計に目を向けた。
「ゲーム内は二倍で進むから、一時間か。トッププレイヤーとは差は開く一方だな」
ボイルは愚痴りながら、再びフルダイブ装置に入る。昔はヘルメットのように装着するタイプだったが、床ずれなど問題が多く、低コストのポットの製造が政府からも急がされた。そのおかげかで、今では一人に一台が普通だ。ベッド代わりにもなるが、大抵の人は布団で寝ている。
「よし、ログインしたら錬金術師に話を聞きに行くか!」
目的をしっかり持ち、ゲーム開始プロセスを実行する。
《おかえりなさい。よりよい探検を願っています》
ログアウトとは逆に、視界の真中から徐々に明るくなっていく。ボイルの視界が開けると、バットの牙を眺めていたアークが飛び込んできた。
「今起きたぞ」
「カタカタ」
まるで、おはようと挨拶しているようだった。
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