第8話 類は友を呼ぶ

 外は日は完全に沈み、街灯が道を照らしていた。これもファンタジーらしいデザインだ。昼とは違い住人の往来は少なく、プレイヤーばかりだ。北門付近の御座露店も増え、先ほどより活気づいている。エリナも笑顔で接客していた。


「食品アイテム売ってくれー!」

「料理売ってまーす!!」

「素材の買い取りやっています」

「いいアイテムあります。買いませんかー」


 忠告してくれた衛兵は見当たらない。


「武具を装備して……いざ!」


 夜は夜で、趣のある景色が広がっていた。人によっては、よく見えない夜が少し怖く思えてしまうこともある。


「城壁の明かりが少し邪魔だなー。もう少し墓地に近づいたら……」


 それはボイルの楽しみの一つ。墓地まであと半分の距離で、エットタウンの明かりが気にならない程度の光量になる。


「おおお。……いいな、これは」


 夜空には想像を絶する輝きが、世界を照らしていた。月のような二つの衛星がそれぞれ緑と青に輝き、ポラリスや星雲が目をとまる。


 真珠星や珊瑚星、プレアデス星団など、モデルとなった星や星座も伺える。その中でも木星とガリレオ衛星らしきものは、星好きのロマンを刺激する。他にも季節違いの星座や小さくて薄い彗星も見える。


「十分楽しめるな」


 星を眺めているだけで、ボイルは癒されていく。このまま何時間でも見てられる。星好きな人たちには、そういう人が多い。


「マジかー。数分かと思ったのに」


 体感時間はものの数分。実際は三〇分経過していた。宇宙や星、生き物を相手にしている人は、日常的にこういうことが多々起こる。


「本当に綺麗だ」


 ミニマップで方向を確認しながら、ボイルの視線は常に上。星を見ている。だがここは街に近いとはいえ、フィールド扱いだ。

 突如押されたような感覚に、ボイルは空から地に目を向ける。


「お!? うぉ!! くっ!! 蝙蝠か!!」


 モンスター名はバット。目が赤く、胴体は細く小さい。羽を入れても横三〇センチ。それがボイルの周りを数匹で飛び回っている。数は五匹。夜目のお陰でよく見える。


「くっそ。フンッ! チッ。フルスイング!! 当たらねぇ!! このままだとじり貧でヤバいな」


 通常攻撃でもアーツでも、ボイルの攻撃は空振りする。

 初の死に戻りになる。デスペナルティー状態で、エリアに出るのは難しい。

 敵の攻撃力はかなり低いが手数が多い。ゴブリン並みにボイルの体力を削っていく。HP回復ポーションはすでに一個使った。


「おーい、手助けいるかー?」

「頼む!」


 緊張感がない男声に、余裕がないボイルは即助けを求めた。助っ人の攻撃は、剣の初期アーツだ。


「任された!! スラッシュ!! まずは一匹! そして二匹目!」


 革鎧の男は縦横無尽に剣を振るう。そのたび敵の数が減る。ボイルは一体だけに注目する。


「そいつでラストだ!」

「最後は任せろ!!」


 バットは剣士を警戒し、ボイルに対しては隙だらけだ。こうなれば槌を叩きこむことも容易だ。バットは速いが、防御力は低い。


「自力で一匹倒せたな!」

「助けてくれて、ありがとう」

「俺はハヤト。夜は危ないぞ。って顔怖いな」

「ボイルだ。怖いは余計だ!」


 男二人は握手して笑い合う。ハヤトは爽やかな壮年だ。社会人らしい疲労感も伺える。ボイルとは同年代のようだ。


「で、何しているんだ?」

「墓地に用事がある」

「なんでまたそんなところに……」

「ハヤトこそなぜだ?」

「えーっと……その……な」


 どこか、バツの悪い顔で頬を掻く。


「実は、そのな……いやー楽しくなっちゃって……時間も忘れて戦闘していました!」


 いい大人が、そんな子供らしい理由。恥ずかしくなるのも仕方ない。成人男性が照れても、目の保養にならない。


「ハハッ、まさかの理由だな!」

「笑うんじゃねーよ! くっそー!! それよりも?」

「誤魔化せなかったか。ついて来るのか?」

「そら、面白そうだしな! それにまたバットがでてきたら困るだろ」

「……確かに。実は墓守に酒を差し入れする」


 ボイルは歩き出しながら目的を告げる。


「酒だって!! それはいいな。護衛代はその酒でいいぜ」

「タダより怖い物はないな。あまり美味しくない蟹酒だがいいか?」

「ファンタジーな酒なら、不味くても問題ないぜ。やっぱロマンだろ!」


 年代だけではなく趣味嗜好も合うようだ。


「それなら自分で作ったらどうだ?」

「飯や酒は食べる専門だ。作るより戦っているほうが俺は好きなの」

「なるほどな。墓守の情報だが、墓地にもモンスターがいるらしいぞ」

「それは、楽しみが増えた! 未知な敵に未知な素材。ワクワクしてきた!」


 ハヤトは少年のようにキラキラと顔を輝かせる。バットのドロップアイテムは牙だけ。


「もしスケルトンがいたら、俺にやらせてくれ」

「なにかいいアイテムでも落とすのか?」

「いや、テイムしたい」

「よくあんなマゾスキルとったな」


 戦闘や生産を楽しむプレイヤーから評価はハヤトの認識と同じだ。


「旅仲間や飲み友達が欲しくてな。社会人になると、時間が合う友人が少なくてな」

「わかるわー。老人世代に比べたら、時間加速で現実の業務時間は短くなったもんな。おかげで就業時間はバラバラだ。上が話す仕事終わりの一杯とかやってみたいよな!」

「時間合わすために、生活リズムを崩すのは辛いものがある」

「大学生なら余裕だったけど、今はきついよな」


 歳を重ねるごとにいろんなことに対して融通が利かなくなる。それは自分の身体も例外ではない。


「なあ。フレンド登録しようぜ」

「こちらこそ頼む」

「美味い酒ができたら教えてくれ。飲みに行くから」

「そのときは、また護衛でも頼むか」

「任せとけ!」


 ボイルはふと気になり尋ねる。


「ハヤトの好きな酒の種類は?」

「俺はやっぱり、日本酒だな! 甘口より辛口で、こうキッリとした感じで、おでんに合う奴とか。他には――」


 酒談議は盛り上がり、目的に着くまで続いた。


「あれが墓地か。雰囲気あるなー」


 二人が着いた頃には夜も深まり、墓地の周りには瘴気のような薄い霧が漂っている。まさにといった光景だ。


「昼は陽気な感じだったけどな」

「一日に二回も墓地とか、モノ好きだな」

「昼は下見だ。ほらいくぞ!」

「おうよ。やっと酒が飲める。蝙蝠はもううんざりだ」


 バットに襲われること数回。ハヤトが主体となり蹴散らす。ボイルはただ、空振りを量産しているだけだった。極稀に当たるが、あてにできる戦力ではなかった。二人が墓門を潜ると、すぐに墓守が現れた。

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