第7話 生産意欲

 ボイルはシェイカーに蟹味噌と水を入れ、蓋をする。淡い光がシェイカーを包み、音ゲーが始まる。


「ふっ! ほっ! くっ!」


 上下左右に丸い枠が現れ、その枠が一番輝いたときに、シェイカーをそこに持っていく。評価はエクセレント、グット、バットの三つだ。スキルレベルが上がれば、難易度も緩和されていく。


「よしっ! 初めての酒! さて味はっと――」


 完成品はFランクの蟹味噌酒だ。


「にっが!! 苦みというかえぐみというか、それが鼻を突き抜ける。そして……申し訳ない程度の蟹の味がまた何とも言えない……」


 フレーバーテキストは、蟹味噌から作られた酒。Fランク。アルコールで蟹味噌自体の苦みや癖が増幅し、蟹の旨味はほとんどない。少量で泥酔になると書かれていた。


「酒は酒だけど、飲みたいとは思わない。ここでチュートリアル的な説明か」


 システムウインドウが浮かび上がる。そこには酔いについて記載されていた。酒を飲むとバッドステータスが付くこともある。ほろ酔い、酩酊、泥酔の順番で酷くなる。共通事項として、各ステータスの一時的な減少。泥酔になるとアーツ使用不可、歩行困難までになる。ランクが高い酒は逆にバフが付く。


「なんとなくそうだと思っていたさ。いい酒作れば問題ないってことだな! よしっ、次!!」


 ボイルは甲羅と味噌、そして足を入れ、音に合わせてシェイカーを振るう。一回目と比べると枠が多いが、速度は変わっていない。エクセレントも数回出した。


「きっとこれでマシな酒ができるはず……早速味見だ!」


 完成したのは蟹酒。ランクF。足と甲羅から蟹本来の旨味成分と風味がアルコールに染み、味噌が味を締め上げる。少量で酩酊になると書かれていた。


「うーん、美味しいけど……蟹しゃぶした湯に日本酒を入れたような……まだランク低いからかな。よし最後は全部入れだ!」


 蟹のドロップアイテムにはレアの蟹爪がある。


「うおお、スピードが上がったぞ!」


 といっても、少し驚いた程度で難易度自体はそこまで変わっていない。エクセレント連発だ。


「味見だ!! これは……さっきより蟹の味が濃く、美味い! 蟹エキスそのものがアルコールに含まれた感じだなー。ただ……それでも、どこか物足りない」


 アイテム名は蟹酒。フレーバーテキストも変わっていない。


「ランクがE!! これは爪があるだけ作らないとな! いい差し入れになるはずだ」


 ボイルはその後、EとFランクの蟹酒を造り、三、四人の呑兵衛を楽しませるくらいの量を確保した。そのおかげで蟹の材料は全てなくなり、【下級酒造】が中級に上がった。SPも増え、新スキルを一個覚えられる。


「ふぅ。なれると音ゲーも楽しいな。時間は残り一〇分か。よし、今度はあれだな!」


 システムウインドウを操作し、ボイルは【発見業】と【下級料理】を取得した。【水泳業】と【中級酒造】の二つを新スキルと入れ替え、カウンターキッチンに赴く。


「あるのは肉と貝柱。なら単純に焼きだな」


 キッチンには基本的な調味料から小麦粉類まで揃っていた。フライパンや各種鍋、ヘラや菜箸などの各調理器具もある。火はファンタジー的な三口コンロだ。


「何もせず貝柱から焼くか。って小さいな……モンスターの大きさから逸脱しているだろ」


 アイテムを具現化して現れたのは、手の中に納まる大きさの貝柱。ヒモも何もついていない。元は縦横三〇センチのモンスターだ。五センチもない貝柱では違和感を覚える。


「まあ、初心者エリアの敵だしな。そんなもんか。うん? これは……エリナが言っていた品質か」


 貝柱は中品質。可も不可もなく。ヘルプのポップアップが浮かび上がる。内容は品質のことだ。生産スキルに沿ったアイテムは低中高で品質が分かる。高いほど完成品の効果がよくなる。レア度とは別の評価設定だ。


「なら蟹は酒には適してないのか。にしてはそれなりの酒はできたが……。あくまでもシステム上ということか」


 甲羅酒という飲み方がある。甲羅に入れる酒にもよるが、とても美味しい。それに現実にも蟹酒はある。さらにはワイン酵母で醸した日本酒なんて物まである。


「よしっ。やってみるか」


 ボイルはフライパンにサラダ油をひき、火にかける。少しして手をかざし、十分に熱を感じたら材料投入だ。


「まずは、味付けも下処理もなしで」


 スキルを発動せず貝柱を炒め始める。料理スキルは音ゲーのようなアシストはない。ある程度、完成品が網羅されている。作る際はレシピが現れ、それの通りに調理を進めていく。


 火加減や混ぜ方、焼き加減や食材の投入時間などを守る程度で、プロのような小難しいことは書かれていない。


「こんなもんだろ。うーん、磯臭さが不味い原因だな。次はレシピ通りに作るか」


 ボイルが選んだのは、貝柱の醤油炒めだ。炒めている貝柱に醤油を少量入れるだけだ。


「もっと食材があればな」


 バターがあれば、貝柱のバター醤油炒めが作れる。大蒜があれば、貝柱のガーリックソテーも調理可能だ。レシピは、特定のキーアイテムがあれば表示されていく仕様だ。もちろん創作も可能だ。その場合、今のボイルのようにレシピは表示されない。新たなレシピを作ることになる。


「貝柱の醤油炒めを選んで決定」


 システムウインドウから料理を選ぶと、レシピが浮かび上がる。といっても一から十までは書いていない。お菓子作りと違い、料理レシピは結構曖昧な表現が多い、塩少々とかもっともだ。


「元調理アルバイトの腕の見せ所だ!」


 ボイルは大学生時代、チェーン店の洋食料理屋でアルバイトしていた。賄いも自分たちで作るため、材料費だけでメニューに載っている料理を食べていた。貧乏学生にはかなりありがたいシステムでもある。


 メインはハンバーグやステーキ、チキンなどの肉類だ。オムライス系や各種パスタ、サラダも作っていた。子供から大人まで大人気の唐揚げもある。デザート物は基本出来合い物だ。そのためボイルは経験が少ない。


「まずはフライパンを熱し油をひく。……ここからスタートかー」


 料理経験者からすると‘あ’みたいなものだ。今更感が凄く襲ってくる。


「適度な所で貝柱を投入。両面に焼き色をつけると」


 わざわざレシピに起こす必要もないが、不特定多数が参加するオンラインゲームだ。料理下手な人がいるかもしれない。


「そして醤油を適量入れ、馴染ませて完成と……」


 酒造のときのような達成感をボイルは得られなかった。


「磯臭さが誤魔化されて食べられるけど、薬味入れるとか、アスパラガス入れるとかさ! ああ、もどかしい!!」


 もっと美味しくなる工程を知っている。もどかしくなっても仕方ない。


「とりあえず作るか」


 もどかしさを感じながらも、ボイルは黙々と料理を作って行く。


《レンタル終了時間が来ました。延長なさいますか?》


「まだ肉に取り掛かれていない。もちろんはいだ!」


 楽しさは感じられないが、店で出すような量ではない。それがボイルにとって、唯一の救いだった。レンタル代金はインベントリーから自動的に支払わられた。


「終わったああ!! 次は肉だ!!」


 ボイルはフラストレーションで、少し幼児化した。人間何歳になっても、こういうことは起こる。仕方ないことだ。気を取り直し、ボイルはファンゴの肉を一個取り出した。


「これまた、大きいな。塩胡椒だけだと飽きるぞ。この量は」


 五〇〇グラムのブロック状のバラ肉。炒め物だけでは飽きる。幸い、唐揚げや角煮もどきは作れる。ただ、味付けは塩胡椒のみ。焼き肉のたれ的な物はない。


「適度にぶつ切りにして……うーん、少しだけ細切れにして味見だ」


 アシストは出現しないが、ボイルは慣れた手付きでサッと焼き終える。 素材そのものの味を確かめるために、あえて塩胡椒はせず。


「うーん。変な臭いみはないけど、やっぱり癖が強いな。肉汁はそこまでなのに、肉々しくてワイルドな味だ。逆に、これはいい肴になるぞ」


 酔っているからこその食材。逆を言えば、素面ならそこまでの味ということだ。


「臭み取りしないだけ楽だな。細切れと、ぶつぎり、少し薄目にスライスした三種類作って、細切れ以外は切れ目入れてっと」


 切り分け自体はシステムで可能。切れ目などは、プレイヤー自身が手作業でしないといけない。


「まずは炒め物から!」


 味は塩胡椒のみ。サッサッと終わらせて次は角煮もどきだ。味付けは醤油と砂糖、そして料理酒。薬味は全くない。調理時間は圧力鍋で短縮。


「やっぱり、どこか物足りない味だな」


 唐揚げも醤油を薄めたタレに塩胡椒した肉を揉み込み、薄力粉と小麦粉を入れて混ぜ、揚げるだけ。コンソメとか入れれば、数倍美味しくなるがそんなものはない。


「まさに肉!! はやく酒が飲みてぇー!!」


 一度作った料理や酒などの生産物は、次回からオートか手動か選べる。オートは品質が少し下がるが、数秒で作り終える。大量生産向けだ。手動は今のボイルのように。つまみ食いのおかげで、ボイルの満腹度は最大値だ。


「準備オッケーだ! いざ夜の墓地!」


 ボイルは道具類を洗い片付けてからアトリエを後にする。ゲームだからといって、しない理由にはならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る