火神と愚かな贄

月見 夕

火神顕現

 宵闇に煌々と燃え盛る炎の中で、それは脈動した。

 川縁で護摩を囲んでいた僧たちは一様に色めき立ち、汗を流して再び手を合わせ一心に祈る。不浄を焼き尽くすその紅蓮の炎に己の煩悩を投じ、また死者への弔いの言葉を紡ぐ。

 やはり火神アグニはおわしたのだ。生きとし生ける人々の苦しみを除き、煩悩ぼんのうを取り去り、悟りの境地に導く神が。橙色に照らされた僧たちの顔は、教えの行く先に見つけたものに歓喜していた。

 火神の元に届くように。

 いま一歩、僧たちが火に向かい足を踏み出したその時。

 一抱えの子供ほどであった炎は陽光のような眩い光を放ち、周囲の僧たちを呑み込んだ。


 金色の炎は一瞬にして護摩木を、僧たちを悲鳴も残さず灰に変える。彼らは望み通り苦しみも煩悩もない無の世界へ旅立った。

 炎は揺蕩たゆたい灰を散らして宙に浮き、真円を描いたかと思うと、突如弾けた。光の砂粒のような中身はやがて小さな鳥の形となり、ひとつ身震いをして羽を広げる。


 生まれたばかりのそれは自問した。

 ――我は何者だ。

 虚空に投げかけられた問いに、答える者はいない。

 僧たちが火神と崇めたその火の化身は、後に人々の間で仏教の守護神であり貪瞋痴とんじんちを喰らう霊鳥『迦楼羅かるら』と呼ばれることになるが、未だ知る由もなかった。

 今しがた喰った僧たちの祈りと煩悩だけが、腹の内に渦巻いていた。知っているのはそれだけだった。次第にそれらへの渇望が湧き起こる。

 ――我は何者だ。

 答えを求めるように、光の鳥は大空へと舞い上がった。

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