第33話 【クリスマス】ちょっとした小話

 仕事ばかりしていると、外の季節の変化に疎くなる。

 気づけば十一月は過ぎ去っていて、気づけば十二月も後半に差し掛かっている。窓の外は雪が積もっていて、そりゃ寒いはずだとフェリックスにはコーヒーではなく紅茶を差し入れようと決めた。


 これでも、ツェツィーリアと接点を持ち始めてからは、割と季節の行事というのを大切にしているのだ。これでも。あまり自信を持っては言えないが。


「ビューロウ閣下。ワーグナーです」


「入れ」


 冷え込みが厳しい朝、フェリックスの執務室に入って、そばにいた従卒に紅茶を用意してもらう。ジークハルトの指示に目を丸くしたフェリックスだったが、用意された紅茶に「ふむ」と好感触が返ってきた。


「コーヒーは身体を冷やしますから」


「そうなのか」


 あまりこういったことには疎いフェリックスは、大人しくジークハルトの用意した紅茶を飲んだ。フェリックスが飲み切ったのを見計らって、その日のスケジュールを口にした。


 こんな雪空の中、ツェツィーリアたちは何をしているのだろう。


 仕事中だというのに、うっかり想いを馳せてしまう。


「ん? どうした、ジークハルト」


「……いえ、なんでもございません」


 ちらちらと、大きな雪の羽根が窓の外を舞っている。

 ここ数日はデリング共和国側も特に動きは無く、心穏やかに、という言い方も変だが、穏やかなクリスマスを過ごせそうだった。


「そういえば、今年のクリスマスはどうするつもりだ?」


「え? クリスマス、ですか?」


「去年は敵地に飛んでいたからな。今年を逃すと、またいつ腰を落ち着けて祝えるか分からないぞ」


 たしかに。それはそうだ。

 明日には戦場に立つかもしれない。あさってには命が消えているかもしれない。そんな状況で、こういった行事は大事にした方がいい、とフェリックスは言った。


「それは、エミリア様のお言葉ですか?」


「そうだが?」


 ドヤッと自信たっぷりに頷かれる。

 さすがエミリアだ。家族で過ごす風習のあるクリスマスは、他の行事よりももっと大切にしたいのだろう。きっとフェリックスと共に過ごしたいのだ。


「フェリックス様は、エミリア様と過ごすのですか?」


「あぁ。お前も来い。どうせ実家には帰らないんだろう?」


 ジークハルトとフェリックスの地元は、帝都から少し離れた場所にある。何があるか分からない今、実家に帰るのはあまり現実的ではなかった。それをフェリックスもよく分かっている。ただ、まさかジークハルトまでエミリアと共に過ごせるとは思ってもみなかった。


「私も行って良いのですか?」


「当たり前だ。姉さんも楽しみにしている」


 あぁ、それはとても楽しみだ。

 フェリックスに心からの言葉を贈ると、満足そうに笑ってくれた。


 *****


 クリスマスは当日よりも前日の方が盛り上がるような気がする。

 フェリックスとエミリアとの食事は二十五日。その前日はフリーにさせてもらった。

 エミリアへのプレゼントを探したかったし、なにより、ツェツィーリアと過ごしたかったのだ。


 足首まで積もった雪をザクザク踏みながら、大通りのクリスマスマーケットを歩く。

 赤い装飾がとても可愛らしいマーケットで、エミリアへ温かなひざ掛けを購入したところで、見慣れた背中を見つけた。


「ツェツィーリア!」


「んぇ?」


 こちらに振り返ったツェツィーリアは、大きめのパンを頬張っている途中で、タイミングが悪かったのは悪かったと思っている。嚙みちぎって両頬をパンパンに膨らませたツェツィーリアが、嬉しそうにこちらに手を振った。


 それに返事をして、ジークハルトはギョッとしてしまった。

 ツェツィーリアが、あまりにも寒々しい恰好をしていたからだ。


 雪が降る前と大した変わりがない。

 薄手のカーディガンに、薄いTシャツ。ゆったりとしたサイズのズボンと、裸足で履いているパンプス。手袋もマフラーも無い。周りがもこもこに防寒している中、異様な恰好だった。


 慌てて駆け寄って、せめてマフラーだけでもと自分のマフラーをかけてやるが、ツェツィーリアはキョトンと首を傾げるだけだった。


「ツェツィーリア、なんでそんな寒そうな恰好をしているの?」


「だって、金ないもん」


 あっさりした理由。

 それでは良くない。


「これから時間ある?」


「え? うん、あるけど……」


「なら、一緒に来て」


 こんな状態の愛しい人を放っておけるほど、ジークハルトは薄情ではない。

 道路に出て無人タクシーを拾うと、まだパンを頬張っていたツェツィーリアを放り込んだ。


 *****


「うん、似合うね」


「……そうかな?」


 ツェツィーリアを連れて、行きつけの洋服店へ行く。

 コート、インナー、ズボン、雪用ブーツ、その他諸々。


 頭の先からつま先まで、全てコーディネートしてしまう。


 暖かな店内に入ると、自分の格好がいかに寒々しかったか理解したようで、手が痛いと言い出した。よく見ると節々があかぎれで切れてしまっていて、店主に絆創膏を貰って手当も施した。


 店内の姿見の前で、恥ずかしそうに自分の格好を見つめるツェツィーリアの後ろで、ジークハルトと店主は満足げにうんうんと頷いた。


 彼の細い身体に沿ったコートはしっかりとした造りであるにも関わらず、軽い素材で出来ている。インナーはフリース素材と防寒素材の二種類をそれぞれ数枚。裏地のついたズボンはゆったりしたものと裏起毛のものを二枚。雪用ブーツは男性用ではサイズが無かったので苦労したが、彼に合うものを見つけてもらった。


 購入した服はそのまま着ていてと伝え、元々彼が着ていた服も一緒に包んでもらって、外に出た頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。


「こんなに買わなくても……」


「駄目だよ。冬はきちんと暖かくしないと」


 なにより、あんなに寒々しい姿の愛しい人を見たくなかった。

 タクシーでレストランに向かって、個室を準備してもらって、まだ渋っているツェツィーリアを押し込んだ。

 とりあえず、ホットワインを出してもらって、今度はツェツィーリアの内側から温めてやろうと決めた。


「もう、なんか今日のヴェルトはいつも以上に過保護じゃない?」


「こんな雪の中であんな恰好を見せられたら、過保護にもなるよ」


 持ってきてもらったホットワインに口をつけるツェツィーリアを見届けて、温かなスープを中心にメニューを注文する。グラスで暖を取っているツェツィーリアを見て、何をそんなに意地を張るのか分からなかった。


「今日見つけられて本当によかった」


 今夜からまた雪が降る予報だった。彼の格好から見て、今年の冬を越えられるか不安だった。

 自分の知らない場所で倒れてしまったら。そんなことが頭によぎったら、もう止められなかった。


 出てきた料理を口に運ぶツェツィーリアの手が、絆創膏だらけで痛々しい。

 本当なら冬を越える間自分の家に連れて行きたかったので、すぐ彼に提案することにした。


「ねぇ、ツェツィーリア」


「なぁに?」


「今年の冬は、ぼくの家に来ない?」


 ジークハルトの提案に、ツェツィーリアは目を丸くして驚いている。それもそうだろう。


「いやいやいや……さすがにそれはちょっと……」


「でも、今年の冬は雪がすごいと言うし」


 彼の健康を守りたい。その手始めに、この冬を暖かな場所で、暖かな恰好で過ごしてほしいのだ。だが、ツェツィーリアはこちらの提案に首を振るばかりだ。


「さすがにそこまで世話になれないよ」


「でも、」


「今日これだけ買ってくれただけでも、とっても嬉しい。それか、今日は朝まで一緒にいてほしい。それじゃ駄目かな?」


 ツェツィーリアと一泊したことは無い。翌日の仕事を心配されて、するだけした後は帰されてしまうのだ。そんなツェツィーリアから、泊まりの提案。乗るしかなかった。


「わかった。じゃあ、ぼくの家でいい?」


「……もうそれでいいよ」


 このままジークハルトの家にいてくれたら、と願う。ただ、ツェツィーリアのことだから、朝になった途端朝食も摂らずに出ていきそうだった。

 食事中、どうやって彼を朝食を摂るまで引き留めようか、考えを巡らすことに集中するしかできなかった。

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