エグザプト王国王都、ではないどこか。
カプト様の声が随分緊張している。
緊張すると毛細血管が破れてお肉に血の匂いがしちゃうし、血抜きが面倒くさいと聞いたことがある。だから僕はなるべくリラックスすることにした。
「この馬車はおそらくエグザプト聖王国には向かっておらぬ。いや、方角的にはエグザプト聖王国ではあるのだが」
「エグザプトだけどエグザプトじゃないの?」
「ふむ。わしもこの領域の地理に詳しいわけではないが、先程から道が荒れておるだろう?」
そういえばさっきから馬車のガタンゴトンにあわせてお尻の下がぴょんぴょんとソファから跳ねていた。山道かなと思ってたけど、カプト様が言うには領域港で確認した地図ではエグザプト聖王国まではまっすぐに街道が続き、こんな未舗装の道を通るはずがないらしい。昨日までは確かにその街道沿いを進んでいて、今日の昼過ぎ辺りから外れたんだって。
「カプト様すごい。地図でそこまでわかるとか」
そう言うと、ため息を吐かれた。
「一緒に見ただろう?」
うーん? 僕も地図は確認してるんだけどな、地域の特産とか名産とか。でも道とかはあんまり見てなかったかも。
「というか何故お主は目隠しされているのか疑問に思わぬのだ」
「うーん? 父さんが郷に入っては郷に従えっていってた」
「程度問題であろうが」
「うん、ちょっと酷い。ご飯にエネルギーバーはないよね。僕、もう飽きちゃった」
「色々ありえぬ」
そうだよね、とカプト様の言葉に頭の中で頷く。
何かマズいなら逃げ出したらいいのかな。でもどうしたらいいんだろう。荷物は預けちゃったし扉はちっとも動かないし。さわさわともう一度馬車内を撫でる。舐めると鉄臭いから窓にはやっぱり鉄格子っぽいもの。窓枠の外は木の臭い。僕の村でもよく生えてる針葉樹の硬い木の味。床は……同じ食材?。
「どうした。大丈夫か? 揺れたか?」
「え、あ、大丈夫です」
「多少揺れるがしっかり捕まっておけ。そうか、ソファで横になっているがいい」
床に寝転がっていたら御者席から声がかかった。心配してくれた。親切。
お言葉に甘えてソファに寝転がることにする。結構広くて快適には快適だ。
「馬鹿、こちらがおかしな動きをしないかどうかを見張っているんだ。それをお前は……」
「僕も脱出する方法を考えてるもん。窓と壁と床は固くて食べられないみたい」
「……」
「あ、でもソファは食べられるかも」
「食うな。ソファを食っても床に出るだけだ。おそらく今ここから逃げ出すのは悪手だ。ステータスカードを含めて全て取り上げられてしまっておる。カードの入国印がないと不法入国扱いされかねない」
「それ困るの?」
「……昨日も言うただろう。不法入国者には権利が認められぬのだ。何をされてもおかしくない。だからステータスカードをあれほど肌身離すなと言ったばかりではないか。ともあれWT社からもうすぐ定時連絡が入るだろう? それでこちらの状況をなんとか伝えられぬだろうか」
そうだった。3日に1回は編集長から定時連絡があることになっている。
ちょうど数えて今日の夜。
連絡がないと何かあったと思われて……どうなるんだろう?
ともあれ馬車はガタゴトとどこかにたどり着き、目隠しされたままどこかに手を引かれ、どこかの部屋に到着した。御者の人に聞くと、ここから入国審査があるらしい。港の審査は領域全体の入領審査で、エグザプト聖王国への入国審査は別にあるとか。そういうものなの?
目隠しを解かれた僕の前に現れたのは、宿とかによくある普通の部屋。簡素なベッドに簡単な机と椅子。それから花瓶に見たこともない白い花。味は普通。やや酸っぱめ。
「カプト様、これってどういう状況?」
「わからぬ。入国審査は国として個別にあってもおかしくはないが、それにしても目隠しというのは解せぬ。荷物は全て手元にあろうな」
「んんと、多分」
鞄は僕が部屋に着くまえに、すでに部屋の中に置かれていた。鞄を検めても特にかわりはなく、僕の着替えなんかもそのまま。スマホもそのまま。カプト様の言う通りスマホをコールした。
「ん、どうした。エグザプトで面白いもんでも食ったか」
「聞いてくださいよ、またエネルギーバーばっかりですよ? 美味しいものはどこにあるんですか!」
「うん? なんでまたエネルギーバー? そろそろ王都に着く頃合いじゃないのか?」
「それがなんか変なんです。目隠しされて馬車で運ばれて、今も窓がない部屋にいるんです。美味しいものがあるかどうかもわからない」
そう、この部屋は窓がなかった。お外が見えない。
それにドアに鍵がかかっているから外に出てなにか食べに行けない。そして机の上にはエネルギーバーが5本乗っている。エグザプト聖王国特製味、つまりご当地味でもあればいいけれど、普通の味……。
「……エグザブトは変わった国と聞いてるが、俺は入ったことがないんだよな。ちょっと詳しそうなやつにあたってみるよ。しばらくしたらまた電話をかける」
「あ、編集長」
「ラヴィ、そのままスマホを置け。声を立てるな。それからスマホから離れろ」
帽子の上のカプト様から小さい声が聞こえた。もともと小さいけど。そっと机にスマホを置いて、かわりにエネルギーバーを取る。おなかはすいたもの。この部屋はつるっとした壁で出来ていて、歩きキノコも生えそうにない。念の為全部もらって鞄に入れておこう。
「スマホが盗聴されておる。魔力の流れがおかしかった」
「盗聴? なんで?」
「おそらくお主の素性を調べているのであろう」
「何で?」
「何でかはわからんが、しばらく様子を探るしか無いな。他にできることは無いか考えよう」
無言で机に戻って改めて荷物を探っても、特に代わり映えはしなかった。無くなったものはないんじゃないかな。編集長からもらった着火具とか懐中電灯とか十徳ナイフとかもそのまま。変化といえば道中に生えていたから摘んできたケムリ草が萎びていただけで。少しがっかりだ。味もしおしおで苦いだけだし。もともと苦かったけど。
そういえばと思って黙ったままスマホで現在地を調べると、エグザプト聖王国の外れ。マップの周辺をピンチすれば、ここから少し先に『肉の俺様』『新鮮海鮮丼ビリー』とかの名前が並んでいる。飲食店街かな。すぐ近くなだけにますますお腹が空いてきた。
「やはりここはエグザプトではないな」
「なんで?」
「マップを開く際に魔力の干渉を感じた。おそらく表示される場所がエグザプトとなるように操作されておる。せめて外に出られれば多少はやりようがあるのだが」
「魔力っておいしいの?」
「なぜ唐突にそんな話になるのだ。……特に味はしないが、それより何故ケムリ草を食っておる」
「エネルギーバー飽きたもん」
そしてとても暇なんだもん。
編集長との電話を切ってから30分くらい経つけど部屋には窓もない。つまらない。カプト様は念のために話さないほうがいいっていうし。
だから領域港で配られていたこの『無法と欠けた月』の領域案内をペラリと開いて眺めていた。
【領域の特徴】
この領域の魔女様は魔力の運行以外に関与されません。ここに住まう生物のための調整も一切なされません。だから『無法』と呼ばれています。ですから魔女様にお祈りしてもご利益はなく、むしろそのお名前を口に出すことは禁忌に触れる行いです。
この領域には魔女様の御目である『月』と呼ばれる人工天体が浮かべられ、この領域を巡航しています。この月は自ら発光し、その光の作用によってこの領域の魔力を平準化しています。
百年に一度、一日かけてメンテナンスを行う時以外は、この月が空から欠けることがありません。この月が空から欠ける日は魔女様は目を閉ざされ、まさに無法となります。そのため、この日はどの国においても家に閉じこもり、外に出ないこととなっています。
【領域の禁止事項】
この領域内で魔女様のお名前を呼ぶことは重大な禁忌です。そしてこの領域内のどの国においても最重要悪となっています。
この領域の魔女様のお名前は領域外では知れ渡っていますが、それは魔女様が自らのお名前をお嫌いで、間違ってもその名前が呼ばれないように知らしめているのです。
へー。
確かラキ様だったっけ。言っちゃ駄目なんだ。どうしてだろう。そんなに悪い名前には思えないのだけど。
それにしてもお腹が空いた。エネルギーバーの気分じゃないし、ケムリ草は湿気ってるし。いつもならもぐもぐ噛んでいると口の中がモクモクして面白いんだけど。うーん湿気っているといえば乾かしたらおいしくなるかな?
そう思ってライターに手を伸ばした。
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