2章 欠けて満ちてそれからカプト様の右腕
ハラ・プエルト港に到着
夜明け。世界の端っこにぽつりと灯りが灯る。なんだか美味しそう。それがどんどんお空に登る。つまり僕はひもじくてうまく寝れなかった。
バスは草原の中をずんずんと走っていた。カッツェを出て夜を徹したこのバスは、昼には目的地に着く予定。途中休憩はあったけど食べ物を買える時間はなく、目新しいものは何も食べれられてない。おまけに夜が明けてから各座席で広げられたお弁当が目に染みる。おなかがぐぅ、と鳴った。はぁ。
でもそんなことを言ってもどうしようもないわけで。
がたん、ごとんと揺れるバスの中でこれからの仕事について考える。
碌な説明も受けずに飛び出したけど、いったい僕はこれからどこに行くんだろう。スマホに表示された指示書を眺めると、どうやら僕は『無法と欠けた月』の魔女様の領域にあるエグザプト聖王国で執り行われる年に一度のお祭りを取材しにいくらしい。
魔女様のお名前もこの国の名前も全然聞いたことがない。ちょっと不安。けれども、でも、きっと美味しいものがたくさんあるに違いない!
それで僕は今、その領域に渡るためにプエルト王国のハラ・プエルトに向かっている。プエルト王国はカッツェ王国のすぐ北側で海に面している。それでハラ・プエルトの港からから船に乗って『無法と欠けた月』の魔女様の領域に渡る。
そう、当面の目的地のハラ・プエルトは港町なんだ!
「お主、顔が酷くゆるんでおるぞ」
「だってお魚だよ、お魚!」
僕の住んでいた国も海に面していたけど、その海と陸は高い崖で隔てられていた。だからお魚なんて岸壁に住む種族くらいしか食べていなかった。僕の村に届く海産物って遠くから運ばれてきた干物くらいで、お祭りの時にしかありつけない。
なんかもう、たくさんお魚を食べるんだ!
そしてビクビクしながらスマホを見て、ホッとした。船便の情報は届いていない。また着いた直後に出港したりしないよね、お魚食べられるよね。どきどきする。
そしてがたん、ごとんと進むバスから追い出された。
「このバスはハラ・プエルトまで行くんじゃないんですか⁉︎」
「このバスは行くんだけどね、君の切符はここ止まりだ。……ハラ・プエルトまでは歩いて一時間くらいだから頑張って」
運転手さんの気の毒そうに言われて、僕は無惨にもバスから下ろされた。
「ちょっと意味がわかんないってば!」
そうして去っていくバスに怒鳴ると同時にお腹が大きく鳴った。
改めて開いたままだった編集長からのメッセージを見ると、確かに行き先はハラ・プエルトだけど、切符の区間はその一つ手前の伐採所まで。何故だかよくわからないが、僕の切符は終点までじゃない。ハラ・プエルト行きじゃなかったの⁉︎ いや、バスの目的地としては合ってはいるけどさ!
そんなに悪いバスじゃなかったのに格安の理由を理解した。
「編集長、ハラ・プエルトまで乗れなかったんですけど」
「わりぃわりぃ、実は格安チケットが一つ前の駅まででな。歩いて一時間くらいだから歩いて」
「昨日からエネルギーバーしか食べてなくて、お腹が空きすぎてるんですけど!」
「すまんすまん。その辺でなんか買って食ってくれ。その分の金を送っておく」
「ここ伐採所なんですってば! お店とかないんですってば‼︎」
「……」
ちゃりん、という音とともに1食分のお金を振り込んだというメッセがスマホに届いたあとは、音信不通になってしまった。まじで?
伐採所ってことはつまり木を切るところ。
ようするに森の中で、巨大な森を南北に繋ぐこの道の両端は奥が見えないほど緑と茶色で埋め尽くされていて、お店や食べ物を売ってるところなんてまるでない。
それで仕方ないと思って左右を見渡して見たこともない草があったので食べようとしたらカプト様におこられた。解せぬ。
「あの、僕ものすごくお腹空いてて」
「だが明らかに毒物を食わせるわけにはいかん」
「僕、耐性あるから平気です」
「そういうことではないのだ」
カプト様に怒られた。酷い。
でも僕おなかすいてるんだけど。カプト様食べたい。お肉。
「ちょ、まて。まずそのヨダレを拭え。お前これから『無法と欠けた月』に行くのだろう?」
「そうですが、関係あるんですか?」
「ある、ある、大アリだ。あの地は、というかだいたいの領域はこの『渡り鳥と不均衡』よりよほど危険なのだ」
「でも僕には耐性が……」
「だーかーらー、聞け!」
聞いた。
よくわからないけど、この『渡り鳥と不均衡』の領域は魔女様が旅人に加護を与えているおかげで、他の領域に比べてかなり安全らしい。そして領域によってはこんな街道でもゴブリンの群生地なんかが発生して、普通に人が襲われるらしい。
「お主、戦いなど知らぬだろ」
「戦い? なんで?」
「ああもう! 例えばゴブリンに襲われたらどうするつもりなのだ‼︎」
「襲われるんですか?」
「他の領域ではゴブリンは襲ってくるし、その辺の道でも山賊や野盗だって普通に出るんだ‼︎」
「何それ怖い」
僕はカプト様に言われるまで、何かに襲われる可能性なんてちっとも考えていなかった。でも確かにそうなのかも。物語でもお姫様ははよく襲われるし、勇者はよく襲っている。
「えっ。僕、襲われるんですか? どうしたらいいの?」
カプト様は息を細長くふぅーと吐いた。
「そうだな、わしは多少武術の心得はあるが、体がないことには教えることもできぬ」
「えっ体あるの?」
妙な沈黙が僕とカプト様の間に横たわった。
「……お主はいったいわしを何だと思っているんだ?」
「えっとトカゲ頭人族……?」
「頭だけの種族があるわけがなかろう」
「え、ないの?」
帽子の端からさっきより大きな大きなため息が聞こえた。
「だいたいわしの首には断面があろうが。頭だけなら断面なぞない」
「えぇ~? じゃあ体はどこに落としてきたんですか?」
「別に落としてきたわけでは……」
「食べられてない?」
「ない‼︎ 断じて無い‼︎ まあわしのことはどうでもいい。お主、またヨダレ」
だっておなか空いたんだもん。
カプト様を帽子の端に載せて、さっき摘んだ草を名残惜しく握りしめながら歩いていると、ようやく森の終点の小高い丘。そこで思わず息を飲んだ。
そこからなだらかに道は下って、結構先で大きな町に続いている。道沿いに目を滑らせば、その先はずっと海が広がり、大小の島はあるものの、その海の色は随分先で少し薄い青色の空に繋がっていた。
僕の国の海とは全然違う色合い。僕の国の海はブルーベリーのようなちょっと冷たそうな紺色をしているのにここの海は緑がかった、アスパラガスのような明るい青緑色。
ぷうん、と塩の香りが漂った。やった! お魚! お魚が待っているぅ!
「海だぁ!」
僕は思わず走り出す。
「ちょっと待て、戦いの話をだな!」
「それ、ご飯を食べたあとにしましょう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます