Ⅶ 暴かれる罪

「やれ! 全員射殺せっ!」


 速攻、イーロンはご自慢の騎兵に指示を送り、四騎は一斉に矢を放ってくる。


「くっ……」


「フラガラッハ!」


 咄嗟に飛び退いて身を屈める俺や他の羊角騎士二人に対し、ドン・ハーソンは右手を前にかざすと余裕綽々な様子で自身の愛剣の名を叫んだ。


 と、噂通りにその魔法剣はひとりでに鞘走り、またクルクルと高速回転しながら宙を舞って矢を叩き落とす。


「フラガラッハ! そのまま敵を切り刻め!」


 いや、それだけじゃ終わらねえ……ドン・ハーソンはまるでタクトを振るうかの如くかざした右手を動かし、宙を舞う魔法剣をマリオネットのように操る……。


 その鋭い刃で矢を叩き落とした魔法剣はヒュンヒュン…と風切音を立てながら空中に弧を描き、今度は間近にいる騎兵の一人に背後から勢いよく斬りかかった。


「……なに!?」


 ところが、あらぬ方向から飛んでくるその魔法剣を、騎兵は馬ごと上体を低くして難なくやり過ごしてみせる。


「ハァッ…!」


 そして、目標を見失った剣が飛び離れていく隙を突き、騎兵は後脚で馬を立たせると、強靭な前脚でドン・ハーソンに蹴りかかってゆく。


「なっ……!」


 魔法剣を呼び戻す暇もなく、図らずも無防備になってしまったドン・ハーソンは咄嗟に両腕で頭部を覆う。


「チッ……」


 それを見過ごすわけにもいかず、やむなく俺は短槍を振りかぶると、騎兵の脚下めがけて思いっきり放り投げた。


「…っ!? ハイャッ…!」


 すると案の定、騎兵はバケモンじみた反応を示し、急遽、ドン・ハーソンへの攻撃をやめて背後へと飛び退ける。


「フゥ……帝国最強の聖騎士パラディンさまともあろう者が、なんとも情けねえこったなあ」


 俺はドン・ハーソンの方へと重い足を引きずって歩み寄り、地面に突き刺さった短槍を引き抜きながら冗談めかした口調で言う。


「いや、助かった。さすがはかの〝短槍使い〟のドン・パウロスだ。見込んだ甲斐があったよ」


 そんな俺の嫌味に、ドン・ハーソンは今、死にかけたこともすっかり忘れて、場違いにも俺の投槍にたいそう感心をしている。


「んなこと言ってる場合ですかい。ヤツら、馬に乗ってるのも忘れてるくれえ、見ての通りのありえねえ身のこなしをしやがる。俺の投槍ばかりか、あんたの魔法剣まで避けやがった……」


「ああ。あれは確かにただの騎兵じゃないな。魔術で強化されたものかもしれん……」


 俺は眉間に皺を寄せると、どうにも浮世離れしているこの団長さまに苦言を呈するが、意外や俺の思っていたのと同じようなことをドン・ハーソンも口にする。


「…ククク……どうせ貴様らは死にゆく身。冥土の土産に教えてやろう……その騎兵にはな、当地に伝わる魔物〝ケンタウロス〟を宿してある」


 すると、訊いてもいねえのに自己顕示欲の強えイーロンが、ご丁寧にも秘密の開示を自慢げにまたしてくれた。


「ケンタウロス? っていうとあれか、上半身人間で下半身は馬の。子供の頃におとぎ話でよく聞かされた」


「ああ。どこにでもいるものかと思っていたが、調べてみると、どうやらこの辺りにだけ伝わる魔物らしい……だが、そんなもの人に宿せるのか?」


「ケンタウロスも魔物なので、いわば悪魔と同じような存在……やはり魔導書の召喚魔術を応用したのでしょう」


 その言葉に、ダンディな口髭が怪訝な顔をして呟き、疑問を呈するドン・ハーソンには修道女が答える。


 ああ…どっかで聞いたことあると思ったら、あの馬人間・・・のバケモノか……そいつをあの騎兵に宿してあるってのは驚きだが、魔術を使ってるっていう俺の推測も、あながち間違っちゃいなかったってことだ……。


「その通り! 良いアイディアだろう? しかし、〝人に宿す〟というのはちょっと違うな。人と馬、双方を合わせて〝器〟とすることで、どちらか一方よりもケンタウロスを宿すには最適の霊媒となった……まさに人馬一体! 最早、この者達は騎兵にあらず! 受肉したケンタウロスそのものなのだ!」


 三人の言を拾い、鼻高々のイーロンはさらに饒舌となる。


「なるほど。それであの反応速度か……とはいえ、そのような悪魔の利用例は聞いたことがない」


「ああ。これほど強力な騎兵が作れるのなら、戦場で使われていてもよさそうなものを……」


「いえ、確かに強力な騎兵は作れるでしょうが、直に魔物を宿すなどすれば、精気を吸い取られて長時間の使用には耐えられません。馬も人も一回こっきりの使い捨てになるでしょう」


 そのイーロンの自慢話を聞いて納得するも、また新たな疑問が湧くドン・ハーソンとダンディな口髭に、修道女が再び検証を加えた。


「それにケンタウロスは元来、野蛮な性格。いつ暴走してもおかしくはなく、加えて地方特有ローカルな魔物のため、召喚にも場所が限られます。そんな不安定で費用対効果の低いものでは戦で使えないとの判断でしょう」


「そういうことか……そりゃ、いくら兵馬があっても足りんだろうからな。勝っても負けても戦の度に大損失だ」


「だが、独学で召喚魔術を習得したイーロンくんは、そんな軍も採用しなかった欠陥兵器を見境なく生み出してしまったというわけだ」


 修道女の分析に、ダンディとドン・ハーソンもいたく腑に落ちたらしく大きく頷いている。


 俺は魔術に明るかねえが、その指摘は確かに的を射ているように思う。もともと馬術のバの字も知らなそうな、下っ端の兵士を使ったのもそんな使い捨ての駒だったからなんだろう。


 羊角騎士団の魔術担当とか言ってたか……森ん中で俺を見つけたのも彼女の占いみてえだし、この姉ちゃん、どうやらただの修道女ってんでもねえようだ……。


「フン。好き勝手言ってくれてるようだが、その欠陥兵器に手も足も出ないのはどこのどいつだ? 俺はこのケンタウロス兵の研究を進め、ゆくゆくは戦にも耐えられる改良型を国軍に売り込むつもりでいる。さすれば魔導書不法所持の罪も目こぼしされるだろうし、それどころか正式な使用許可も下りることだろう! 俺は優秀な魔術師として、エルドラニアの軍制を改革するのだ!」


 対してもぐり・・・の魔術師であるイーロンもそんな低評価にはへこたれず、なおも根拠のねえ自信を胸に皮算用をして言い返してくる。


 だが、誇大妄想は別にしてもヤツの言うことにも一理あって、騎兵の正体がわかったところで状況はなんも変わってねえ……戦場じゃ欠陥品でも、今、俺達を葬る分にゃあ充分過ぎるほどの兵力だ。


「で、あの騎兵からケンタウロスを引き剥がすことはできるのか?」


「それはかなり難しいかと。さっきも言ったようにケンタウロスは粗野な性格。こちらの説得にも応じず、他の悪魔の干渉に対しても抵抗するでしょう。下手をすれば暴走してますます手がつけられなくなります」


 ドン・ハーソンも同じことを考えたらしく、修道女に対応策を尋ねてみるが、それもやはり難しいみてえだ。


「けっきょく、自力でなんとかするしかないというわけか……あの人並み外れた反応速度を超えるには……そうだ! ドン・パウロス、君は投槍も得意だったね?」


 すると、ドン・ハーソンはわずかに思案した後、不意になぜか俺の方へ話を振ってきた。


「……え? はぁ、まあ、得意っちゃ得意ですが…」


「メデイア、悪魔〝バルバトス〟の力でドン・パウロスの投槍を強化することはできるかい?」


 その質問に俺は怪訝な顔で答えるが、言い終わらねえ内にも修道女の方を振り向き、今度は彼女に確認をとっている。


「バルバトスを? ……つまり、投槍の命中精度を極限まで上げるんですね? 正式に魔力を賦与する時間はないですが、一時的にごく短時間でしたら可能かと」


「それで充分だ。的を外さぬなら一瞬で片が付く」


「あ、ですが、それならバルバトスよりもこの状況に適したものが。序列14番・射手の大侯爵レライエを使いましょう。同じく狩人の悪魔でアスタロトの軍の狙撃兵ですし、黄道十二宮では〝人馬宮〟に属する悪魔です。まさにケンタウロスの相手にはうってつけかと」


「射手の大侯爵か……よし。それでいこう」


 修道女もその意図を察したらしく、すぐさまそれに答えて何やら相談すると、話題となっている俺を置き去りにして何やら方針が早々に決まった。


「ドン・パウロス、今から君の槍を悪魔の力で〝絶対に的を外さない〟投槍に強化する。まだ槍を投げる力は残っているかね?」


 続けてドン・ハーソンはキョトンとする俺に、手短に説明を加えてそう尋ねる。


「ああ、そういうことですかい…… 正直、もうボロボロのクタクタですが、せっかくの聖騎士パラディンさまらからの狩りのお誘い、断るわけにゃあいかんでしょう」


 つまりは、ドン・ハーソンの魔法剣みてえに、俺の短槍も擬似的に魔法の武器に変えるってことだろう……さっきのケンタウロス兵じゃねえが、悪魔の力で威力や命中率を上げた砲弾とか、魔術の戦利用は今に始まったことじゃねえ。


俺も彼らの作戦を理解すると、おどけた調子で頷いてみせる。


「おい! さっきから何をごちゃごちゃ言っている? どんなに話し合ったところで我がケンタウロス兵に蹴散らされる運命は変わらぬぞ?」


「フッ…上等だ……メデイア、そういうことで早々に取りかかってくれ! アウグスト! メデイアの護衛を頼む!」


 俺の冗談に、ドン・ハーソンは不敵な微笑みを湛えると、イーロンの嫌味も無視して部下達に手早く指示を飛ばす。


「はい! それでは少しの間よろしくお願いします!」


「承知……」


 その命に修道女は近くの木の影へと駆け寄り、ダンディな口髭もそれを追いかける。


「メデイアが儀式を完遂するまで少々時間がほしい。ドン・パウロス、狩りの前の腕慣らしにも付き合ってくれるかね?」


 そして、さっきの冗談のお返しとばかりにまた俺に確認をとってくるが、むしろ〝狩り〟本番よりもそっちの方がキツイだろう。


「ハァ……仕方ねえ。いっちょやりますか……」


 またあの騎兵を相手にするのはなかなか辛いもんがあるが、俺は大きく溜息を吐くと、満身創痍の身体に鞭打って再び短槍を構えた。

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