Ⅵ 覆る罪(1)
「──ハァ……ハァ……」
そんなこんなで、現在、俺はボロボロになった身体を引きずりながら森の中を彷徨っている……。
森を抜けてテッサリオ領かイオルコ領の村へ出ることも考えたが、里じゃあすぐに見つかっちまうし、向こうもそれを見越しているだろう……。
なんで、いまだ森ん中に止まり、日が昇れば位置を特定されねえよう、一定時間経ったらなるべく滅茶苦茶に場所を移動し、日が沈めば獣避けの目的もあって、樹の上に登って眠っている……。
見あげれば、枝葉をすり抜けた緑の木漏れ日が降り注いでいるので、まだまだ日暮れは遠いようだ……明るい内に、今日食う木の実かキノコをまた確保しとかねえとな……。
怪我も負っているし、もうずっとろくなもん食ってねえ……狩りをする元気もねえし、なんだか意識も朦朧としてきたぜ……。
やっぱし、あのバケモンみてな動きをする騎兵は大誤算だった……ここまでなんとか落ち延びてきたが、次にヤツらと出くわしたらもう逃げ切る自信はさらさらねえ……。
イーロンにはなんとかいう悪魔の、行方知らずな人間を捜す魔術があるようだし、いくら広い森ん中だって見つからねえ可能性の方が低ぃ……見つかれば、そん時はいよいよ俺の最期だ。
そして、その最期の時は遠からずやってきた……。
「──ハァッ…! ……セヤアッ…!」
遠くから、馬の蹄の音とともに騎兵のあげる奇声が近づいてくる……。
「ようやく見つけたぜ、兄貴。その往生際の悪さもここまでだ」
「安心しろ。今日でその辛く苦しい逃亡生活も終わりにしてやる」
時を置かずして、俺は四騎の騎兵と、やはり馬乗ったデラマン、イーロンの二人によって取り囲まれた。
騎兵達は各々に弓を引きしぼり、番えた矢の狙いを俺に定めている……まあ、避けるのは無理だな。
「ヘン! ずいぶんと手間取ったじゃねえか。ご自慢の魔術も大概だな」
杖にした短槍を構えることもなく、それでも意地を張って俺は悪態を吐く。
「フン。無知な貴様にはわからぬだろうがな、序列2番の悪魔アガレスに言うことを聞かせるのはなかなか難しいのだ。それでも貴様を見つけだせたのは、我が腕のなすところだ」
対してイーロンは上から目線に俺を見下すと、その嫌味に怒るどころか、むしろ自慢するかのようにそう答えた。
「あの〝短槍使い〟として名を馳せたドン・パウロスが、槍を構える余力もねえとはなんとも無様な姿だな。実の弟としては見るに堪えかねるぜ」
「ケッ!
逆にデラマンのふざけた物言いに、むしろ俺の方が惨めな己の有様に憐れみを感じさせられちまう。
「それでは、早くその見るに堪えない人生に終止符を打ってやるとしよう。今度こそ永遠にお別れだドン・パウロス……やれ」
そんな俺に今生の別れの余韻も与えず、イーロンはあっさりと死刑執行の合図を騎兵達に送る。
ハァ……思えば、短いながらもなんとも波瀾万丈な人生だったぜ……なんせ、三回も陰謀にハメられての逃亡生活だからな……。
最早、槍を振るう気にもなれず、俺は無抵抗に放たれた矢に貫かれるその瞬間を待つ……。
「フラガラッハっ!」
だが、そんな聞き慣れねえ声が、森に響き渡ったのはその時だった。
「…!」
声とともにヒュン、ヒュン…と風を切る羽音のようなものも聞こえ、飛んで来た何かが周囲を高速で一周すると、俺に向けられた四本の矢を一瞬にして叩き落とす。
「……剣?」
俺の周りを巡り、また飛んで来た方向へ帰ってゆくそれを見ると、そいつはくるくると高速回転する一本の剣だ。
まるで鳥のように飛び回るその動きはただ投擲しただけとはとても思えねえ……俄には信じがてえことだが、剣が勝手に宙を飛び回っていやがる。
「フゥ……なんとかギリギリで間に合ったな」
その剣は自力で飛んで行くと、そこに立つ人物の掲げた手の中へ、スポリと柄から滑らかに収まっちまう。
その金髪碧眼の優男は、なんとも目に鮮やかな目立つ恰好をした野郎だった……。
おそらくキュイラッサ―・アーマーを着込んでるんだろうが、その上に純白の
だが、その
それは我が国エルドラニアの、歴史と伝統を誇る護教騎士団〝白金の羊角騎士団〟の紋章だ。
ま、歴史はあれど実力はなく、王侯貴族の師弟なんかが箔づけのために入団する名ばかりの騎士団ってのが実際のとこだったが、最近、国王陛下が改革に乗り出したとかなんとかいう噂を聞いた気がする……いや、待て。羊角騎士で、あの
羊角騎士団の白装束と空飛ぶ不思議な剣が俺の中で繋がり、その剣を握る人物の正体に俺は思い至った。
エルドラニアの騎士で、そいつの名を知らねえやつは誰もいねえ……この目で実際に見たこたあねえが、古代異教の遺跡で見つけたとかいう〝勝手に鞘走って宙を舞い、自ら敵を斬り裂く魔法剣〟を自在に操り、その魔法剣で打ち立てた数々の武功によって
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