Ꮚ・ω・Ꮚメー(2:アンデッドの時代とダンジョンの時代)

 余命三〇日。

 数字として突きつけられてしまうと、さすがに気分が沈みますが、余命宣告はもう受けていましたので、驚きはしませんでした。

 

「はい、アンデッド因子感染者なのですが、冒険者登録は可能でしょうか」


 メェ (潜伏型であれば問題ない)

 メエェ(発症時には排除対象となってしまうが)

 メメェ(事情を聞かせてもらっても?)


「奨学兵団というものをご存知でしょうか?」


 メー (衣食住と教育を引き換えに未成年者を集めている民間軍事組織と記憶している)


「はい、私は最近まで滋賀の奨学兵団に所属していました。京都のアンデッド掃討作戦に参加したときにアンデッド因子感染者となり、余命宣告を受けました。薬液リングは装着しています」


 シャツのボタンを外し、金属の首輪が見えるようにします。

 アンデッド因子感染症は感染者を死に至らしめた後、アンデッドと呼ばれる吸血性の怪物に変えてしまう病気です。

 発端は約四十年前、一匹の蝙蝠が日本に持ち込まれたことでした。

地元でノスフェラトゥと呼ばれ、悪魔と恐れられていたその蝙蝠の体には、人を吸血の怪物に変えてしまう病原体、アンデッド因子が潜んでいました。

 東京の愛好家の手に渡ったノスフェラトゥは飼い主の手を噛んでアンデッドに変えると、理性を失った飼い主と一緒に外界へ飛び出しました。

 飼い主は警察に取り押さえられましたが、空を飛んだノスフェラトゥは老人介護施設に入り込み、百人に及ぶ入居者、スタッフをアンデッドに変える惨事を引き起こしました。

 その百人が街に出たことでアンデッド因子感染症は爆発的に感染を拡大、日本全土に蔓延することになりました。

 当初は警察や自衛隊、あるいは武装自警団などによる対応も有効だったのですが、感染拡大と共に変異と進化を続けたアンデッド因子は、複数のアンデッドを結合させることで統合型と呼ばれる強力な個体を発生させる能力を獲得。旧来の警察組織、軍事組織を圧倒し、壊滅に追い込みました。

 感染爆発の中心地となった東京は放棄され、日本国政府は京都に移動することでかろうじて命脈を保ちました。

 日本列島の住人は最初の感染者の出現から十年で三千万人にまで減少、各地で台頭した武装企業が構築した要塞都市に集まって暮らすようになりました。

 アンデッド因子感染症は伝染病ですので、新たな感染者が出なくなれば収束に向かいます。

 非感染者が要塞都市に隠れ住んだことでアンデッド因子感染者はその数を減らして行きました。

 アンデッド災害発生から二十年が過ぎた頃、京都政府は第一次アンデッド災害の終息を宣言、日本国の再建に乗り出しました。

 ですが、その京都政府のお膝元から、第二次アンデッド災害が始まりました。

 日本国再建の足がかりのひとつとして研究されていた培養肉の実験施設にアンデッド因子が入り込み、第一世代アンデッドより鈍重ながら、単細胞生物めいた増殖能力、雑食性を持つ第二世代アンデッド、通称レッサーが出現したのです。

 それまでのアンデッドとレッサーの違いを簡単にいうと、それまでのアンデッドは走り回るタイプ、レッサーは歩き回るタイプ、と言ったところでしょうか。

 一体の危険度は旧来のアンデッドの方が上なのですが、周囲に人間がいなくても勝手に増殖してしまう、というのがレッサーの厄介なところでした。いわゆる統合型についても第一世代アンデッドを核にすることで、旧来の統合型と同等の能力を持つ第二世代の統合型アンデッドを創り出すことが可能でした。

 京都市内で増殖を開始したレッサーによって京都政府は壊滅。細々とではあるものの、どうにか命脈を保っていた日本国政府は完全に消滅することになりました。

 死滅しようとしていたはずの第一世代アンデッドも再び増加に転じ、人々はまた要塞都市に閉じ込められることになりました。

 二度目の絶望の時代。

 そこに姿を現したのが東京大迷宮でした。

 放棄された東京に突如現れた巨大ダンジョン群、東京大迷宮は、それまで伝承やフィクションの世界の中にしかいなかった竜や魔獣、巨人と言ったモンスターを地上に放ち、東京エリアのアンデッドを一掃してしまったのです。

 謎の新勢力、東京大迷宮は全国の要塞都市群に対し、迷宮王アデスと言う名で声明を放ちました。


「冒険者となり、大迷宮を制覇せよ。再生の光はここにある」


 と。

 東京エリア直近の要塞都市大宮はこの声明を受け、東京大迷宮に調査団を送り込みました。

 そこに待っていたのは、旧東京エリアの地下、地上各所に展開した旧時代のロールプレイングゲームめいた迷宮群と、そこを闊歩するモンスター達、そして『冒険者システム』でした。

 東京大迷宮に足を踏み入れた人間は冒険者と呼ばれる存在となり、戦士ファイター魔導師ウィザードと言った職業クラスを三つ付与され、PPという数値を使って自身の能力を強化したり、異能や魔法、超能力と呼ばれるような、ゲームじみたスキルを手に入れたり、超常的な力を持つアイテムを手に入れたりすることができるようになったのです。

 PPというのはポシビリティポイントの略。

 直訳すると可能性点。

 東京大迷宮の公式サイトによれば、東京大迷宮の支配者である迷宮王アデスの目的は人が勇気や熱意、英雄性や芸術性、人間性などを示すときに放たれる『精神の熱』を集め、自身の力の源とすること。

 強い『精神の熱』を放った者には相応の対価を与える。

 その対価として用意されたのが、運命を切り開く可能性の力、ポシビリティなのだそうです。

 PPを使って得た力や武器は東京大迷宮の外でも使用することができ、地上世界のアンデッドと戦う上でも大きな力になりました。

 またPPは穀物や肉や魚、あるいは石油や天然ガス、電子機器といった通常物資との交換も可能でした。

 冒険者としてPPを集めれば、アンデッドを駆逐する力や国土を復興するための資源、物資が手に入る。あるいは対立企業を圧倒する為の力も手に入る。

 迷宮攻略のメリットに気付いた要塞都市大宮は大規模な冒険者団を結成して先行者利益を確保。他の要塞都市群、そして汚染地域として日本列島を封鎖していた諸外国もダンジョン利益を確保しようと動き出しました。

 一時は東京大迷宮を巡る国家間紛争さえ勃発しましたが、最終的には迷宮王アデス自身が『ダンジョン攻略以外の武力介入は一切認めない』と布告、ダンジョン利権確保の為の軍事作戦を行おうとした勢力をことごとく粉砕。現在の東京エリアは迷宮王アデスが支配する事実上の独立国家という扱いとなっています。

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