第19話 羊と兵器
ヤギの男は目の前の少女に手も足も出なかった。
彼女はその見た目とは裏腹に次々に能力を使用する。手をかざせば、竜巻や雷が起きる。さらに次々に生まれる槍をもって、攻撃してくる。ヤギの男も手で触れたものを腐敗させていくが、数が足りない。
次々に放たれる能力はすべてが一級品。
こんな体のどこにこの能力を隠しているのか。近距離戦、遠距離戦。まるでスキがない。
「クソ。俺も禁止級とか言われれて調子乗ってたけど。こんなバケモンが……」
手も足りなくなる。
どこからともなく強烈な光が襲い、目が見えなくなる。
さらに、何かが反応したのか強烈な爆発。回避しようと、その場を抜け出そうとするが、そこに目の前から槍の攻撃が迫っていた。
だが。
突如、目の前の少女の足場が一気に崩れていく。そして、彼女は重力のまま落ちていった。
その光景を見て、ヤギ頭の男は呟く。
「なるほど」
そこで、駆け抜けてくる音が聞こえてきた。
爆発音の下へフレイたちは急行する。
だが。
エデンは何かセリナに対して喚いていた。
フレイはセリナに呟く。
「ちょっと離れてて。ここからは僕たちがやるから」
「わかった。必ず生きて帰ってきてね」
セリナの言葉にフレイは頷いた。
フレイは剣を構える。
「アスラさんは来れないのかな?」
「大丈夫だ。俺はここにいる」
その声が響いた瞬間、彼はフレイの隣にいた。
「ずっといたんですか?」
「爆発音を聞きつけた」
爆発音の下に立っていたのはヤギ頭の男。彼を見て、アスラは眉を顰める。
「あれは、サテュロス。禁止級ダンジョンボスのうちの一体だ」
「あ、あの大きさで、ですか?」
「いや、あいつは」
サテュロスは多くの人間を見て、一飛びで家の屋根に立つと、微笑んだ。
「なるほど、こんなに多くの人が来ると、こうなった方がいい」
その瞬間、彼の体は一気にサイズが膨れ上がり、建造物を軽く押しつぶせる。
50mほどのサイズと化していた。普段の怪物よりは小さいが、人間を押しつぶすには十分すぎる。
「ふはははははははははははは」
さらに、彼の肉体はヤギの毛皮で覆われるようになった。その丸みを帯びた二本角のうち一本が緑色に輝いている。
「奴には形態がある。大きくなったり、姿性質まで変えてしまう。もっと厄介なのは……」
その時である。背中側から何かがやってくる音が聞こえ、音の主は叫んでいた。
「ギルドメンバーの皆さんは下がっていなさい。あとは軍が引き受けます」
「承知しました」
そう返事をしたレイアの顔を見るなり軍の一人は言った。
「レアの民族は隷属にでもなってろよ」
その言葉に対し、エデンの耳がぴくついたが、彼女は冷静にレイアに呼びかける。
「ここはいったん撤退するぞ」
「え……あ、うん」
レイアは目を見開いたまま、フレイを見た。今までのエデンであったら、叫んでただろうけど。
(へぇ……これは凄いな)
彼女はフレイを見ながら、しみじみ思いつつ、持ち場を離れていく。
最前線の軍部では作戦が練られていた。
「オーパーツはどうなっている?」
「準備は整っています」
センシャ。
それが彼らの前に数台並んでいた。これらは新たに現在の技術で再現したものである。古代の技術力は凄まじい。こんなものまで作り出しているとは思わなかった。
フレイたちの前ではそのセンシャが動く様子があった。
「な、なんじゃあれ……」
「な、なんかすごそうっすね」
フレイの呼びかけに対して、他のパーティの面々は頷いていたが、アスラの表情だけは険しかった。
その表情にフレイは顔をしかめるが、すぐに意味が分かった。
センシャから轟音で砲弾が放たれる。それらは次々に爆発し、サテュロスへの効果はと思ったが、まるで効いていない。
サテュロスは構わず進撃を続け、そして、その手を地面にたたきつける。
その瞬間、地面は一気に崩壊し、数十メートルにわたる大穴が開いてしまう。突如生まれた大穴は街を、センシャを呑み込み、最新兵器は何の成果もあげることなく全滅した。
「嘘だろ……まるで効いてない」
センシャの活躍する姿を見に来ていたはずの人間軍たちから、そのような声があがる。
このまま人間軍に任せていては、街の被害が拡大するばかりだ。
「……私たちがやりますよ」
エデンが呟き、フレイたちは頷いていた。
キメラの羽で作成された鎧は人に飛行能力を与える。この飛行能力を駆使して、これまで有利に立ち回ってきた。
サテュロスは飛行する彼らを見て、何かを手に取った。
それは破壊された建造物のがれきであり、それらをもったまま振りかぶる。
そしてそれは一気に空中に放たれた。
フレイたちはそれを寸でのところでかわすが、その風圧だけで体勢を崩されてしまう。
当たってしまえばひとたまりもないだろう。
「おろ、外れかぁー」
そんなことをサテュロスは呟く。さらにサテュロスは建造物に触れると、触れた場所から建造物が溶け出す。
「な、なにあれ」
「あれがサテュロスの能力だ。あの手で触れたものを腐敗させてしまう」
よく見ると、先ほど投げたがれきも、次々に煙と共に地面を溶かしていっている。
「こんなのありか」
近距離戦で戦うことはできない。かといって遠距離も。エデンとアスラが放った矢は素早く差し出されたサテュロスの掌によって防がれてしまう。掌に触れた弓矢は爆発する前に、溶けて行ってしまった。
「だとしたら……」
フレイは飛行を辞め、地面へと着地する。
そして、右腕を掲げると叫んだ。
「テミス!」
その瞬間、彼の体は巨大褐色美女へと変貌していた。
「来た女神様!」
「レイア、あの巨人見るとテンション上がるのね」
飛行しながらしみじみ呟いていたが、あの腐敗する能力があっては、レイアの盾も役割を成さない。かといって弓も。
エデンは一度、降りるようにレイアに指示を出す。
「どうしたの?」
「スキを狙う……というかフレイさんとアスラさんは?」
二人の姿はいつの間にかなくなっていた。この前もそう。いちいち心配させて、二人はどこに行ってしまったのだろうか。
「ごめん、テミス。どう攻撃しよう?」
フレイは心の内でテミスに呼びかけていた。
「まぁ、いろいろこっちも投げ込んでみる?」
「そうするか」
巨大褐色女神が立ちむかっている姿を、セリナは遠くの家から双眼鏡で眺めていた。この家の住人はすでに避難しているらしく、姿はなかった。
「あのがれき……投げる感じなのかな……サポートしたいな……でも私には……」
不甲斐なさで彼女が壁をけってしまったとき、軽い音がした。
「え……?」
覗き込むと、その壁の一部が一回転し、出てきたのは分厚い手記であった。
それがめくりあがり、書かれていたのは。
「ティタン化……計画……?」
そこでセリナは背中にいる気配に気づく。
そこに立っていたのは、街に貼られていた指名手配犯のポスターの顔。
ゴーレム、そのものであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます