第12話 巨人対巨人

「何をする……?」


 そう言いながら、起き上がるヒュペリオンはオケアノスの目を離さない。オケアノスはそれに対し、ごみでも捨てるときのような侮蔑ともとれる視線を向けている。


「クロノス様の命令に従えないのなら殺すまでだ」


「へぇ。てめぇは裏切ってくれるんだと思ったんだけどなぁ!?」


 ヒュペリオンはそう吐き捨てるように言うと、腕を前に掲げる。瞬間、彼の手に大きな風が集まってきた。それを彼は投げるようにしてオケアノスに放つ。


 それに対し、オケアノスは何ごともなく手で払ってしまった。途端、その集まってきた風、竜巻を一瞬で消してしまう。


「牽制攻撃ですか?」


「ずいぶんと口達者だなぁ?」


 ヒュペリオンは竜巻を連続で放つほか、次は雷撃まで打ち込んでくる。雷撃に関しては彼の手から発生するのではなく、空から放たれることから防ぐことは難しい。だが、オケアノスはその攻撃に対してもギリギリでかわしていく。


 さらにヒュペリオンと同じく彼もまた腕を空に掲げる。すると、その手のひらに集まってきたのは水であった。周囲の雲からも吸い取っていき、空はポコポコと晴れてくる様子まであった。


 その手のひらに集めた水をヒュペリオンに打ち込む。だが、ヒュペリオンも同じく竜巻を起こし、それを相殺した。


 その巨大と巨大の戦闘を見て、エデンは呟いた。


「凄いな。こんなことがあり得るのか?とりあえず、今守ってくれている方が味方なのかな」


 圧倒的な質量をもった者たちによる互いに理性と技の打ち合い。

 これに巻き込まれたら、とぞっとしてしまうが、空いた右手をレイアは握ってくる。


「そうだね。私たちができることをしようか」


 オケアノスは能力を使用するも防戦一方となっていた。それは彼が人間への危害を避けようとしていることに他ならない。次々に巻き起こる竜巻を進撃させずに止めてしまっている。だが、そのすきを狙った雷が彼に打ち込まれる。


 それをギリギリでかわす、と言うのを彼は繰り返していた。このヒュペリオンは攻撃の手を緩めることがない。最初こそオケアノスが顔面を思い切り殴ったのが効いているのだろうが。


(啖呵を切ったのはいいが、さすがにティタンというだけあるか)


 オケアノスは薄々感心しながらも、次の防御壁を用意していく。彼の能力は水分を操るというもの。この能力で水を使って、攻撃することも防御することもできるというわけだが、彼の脳裏には子どもたちの顔があり、防御することで手一杯となっていた。


「どこかでスキができれば」


「スキなんてできるわけないだろう?俺はここまで生き残ったティタンなんだぜ」


 彼が左腕を掲げるとバチと電気の音が響き渡る。

 右からは竜巻が撃ち込まれた。それをオケアノスは水をあらゆる場所から発生させ、防ぐ。だが、竜巻の挙動が不意に二つに割れ、彼の足元をすくった。

 

 後頭部を打ち付ける結果となるが、見上げた空には黒い雨雲が残っていた。

 電気が走る。


「死ね」


 ヒュペリオンがそう言った瞬間であった。

 電撃は。


 落ちてこなかった。その代わりにヒュペリオンからは爆発音が響き渡る。


「命中」


 ヒュペリオンの背中側には盾を構える少女と矢を放った少女が浮かんでいた。彼らの顔を見るとそれは自身の入ったギルドのメンバーであった。


(へぇ。やるじゃないですか。人間も)


 オケアノスはしみじみそんなことを思いつつ、そのすきをもって、周囲から貯めた水の塊を放つ。放った水の塊はその形を槍のような姿へと変え、ヒュペリオンの胸部に突き刺さった。


「クソが……」


 ヒュペリオンは力なく、そのように言葉を放つも、その体は離散していく。

雲が晴れ、夕日に残ったオケアノスは照らされる。だが、彼もまた、先ほどの活躍はうそだったかのようにその体を消していった。


その姿を見て、人間態に戻ったヒュペリオンは呟く。


「次こそは必ず、オケアノスも人間も……」


 口から血反吐を吐き、うずくまるが、そこで不意に目の前に気配を感じた。

 見つめると、そこに立っていたのは白髪のカール、赤いメッシュの入った髪が特徴的な背の低い少女であった。


「なんだ、貴様は?」


 じっとこちらを見たままの少女にヒュペリオンが呟いた瞬間であった。

 突如、目の前の少女の顔が大きくなったかと思うと、その顔の大きさは自身の身長に匹敵していた。


「は?」


 そのまま大口を開くと、舌でヒュペリオンをからめとり、口の中に入れてしまう。

 ヒュペリオンは必死に抜け出そうとするも、ぼろぼろの肉体で力が入らず、それでも、この少女の正体に気づき、彼は呟いた。


「お前は……ピク……ミー……」


 その言葉を最後に彼の存在は呑み込まれていった。

 そこから少女は何ごともなかったかのようにその場を去っていく。

 



ダンジョン奥の向こう側。

 周囲には壁に掘られた文字が残されていた。

 この文字をセリナは読み上げながら、体を震わしていた。そこに書いてあることが信じられないことだったのか。


「これは……どういうこと?」


「どうしたの?」


「ティタンは……それぞれの特殊な能力をカウントして12体存在する。そして、生存した4体をここに封印する。それらは腕輪の状態として保存する」


「4体……って、でもここに腕輪はない」


 フレイの言葉にかぶせるようにして、セリナは言った。


「腕輪は単体で行動することはできない。契約者の人間がいて成立する。契約者の人間の条件は人間が受け入れること、もしくは……」


 彼女が言葉を止めてしまう。

 

「だ、大丈夫か? そんな読みたくなかったら言わなくていい」


「し、死体。契約する人間が死体であれば、契約する際に人間に受け入れさせる必要はない」


 周囲の血だまりは三か所。

 その数と言うのは。フレイの脳裏にこのダンジョンに来た時の記憶がよみがえる。そして朝に見ていたアスラの腕輪は……。


「みんな……死んだ……?」


 その時であった。

 何か扉の外で一瞬、足音が聞こえたのと同時に、不意にその場が揺れる。

 セリナの悲鳴。彼女の声の下へ駆けつける。そこで、天井が一気に崩れてきてしまう。フレイは決死の覚悟で飛び込み……。


「テミス!」


 彼の体はあの巨大褐色女神へと変化していた。そして、セリナを守る態勢となる。

 崩れてくる天井から目を背けていたセリナは恐る恐る目を開き、フレイの目と合った。


「え?」


 彼女の顔が青ざめていくのを見て、フレイは今の状況に気づく。


「あ……」


 セリナはそのまま昏倒してしまった。

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