第3話 セリナの過去

セリナが立っていたのは墓碑の前であった。そこに花を添える。

 

「ママ、パパ……いつも、見守ってくれてありがとう」


 こんなことを言っても彼らに届いているのか、そんなことを彼女は思案してしまう。そのような場所ではない、と分かっていたとしても。


 周囲は静けさで満ちている。

 静けさの中で彼女の脳内に景色が飛び込んできた。


 5年前。ヒノモト。人間街。

 炎と銃声。


 タンスに隠れていたセリナの目の前で母親も父親も死んだ。

 炎に包まれた中で銃を持った者の姿は分からなかった。


 なぜ、母親と父親は殺されたのだろう。


 当時はそんな思いだけが自分の中を巡っていた。


 今考えれば、両親ともに人間であったが、レアの民族と協力し、彼らの地位向上のために活動していた。そのことが人間にとって気に食わなかったのだろう。さらにその時にはフレイの父親もその場にいた。彼の死体も焼け跡から発見されている。

 

 そんなことで。

 何度もそう言いたくなる。

 でも、そういう世界なのだとわかるしかなかった。


 自分も死んでしまおうかと考えたその時、助けてくれたのは当時16歳のフレイであった。

 足を怪我していた自分を運び、逃げ出してくれたのである。

 彼は言った。


「怖くなった時にはいつでも僕がいるから」


 幸せだった。安心感が体を包んでいった。

 その日から純粋な人間でありながらセリナは、壁の外にあるフレイの家に住むことになった。平和で幸せな暮らしをしている。

だからこそ、彼女は謝りたくなった。助かってしまった自分がいることに。

 彼女の頬を一滴撫でていく。


「ごめんなさい……」


 そんな彼女を黒い影が覆った。彼女は空を見上げる。


「雨雲かなぁ……え?」


 そこで周囲が騒がしくなっていることに彼女は気づいた。




「ごめん、話が見えないんだけど」


「あっ。えと、あの、こう大変な事態が起きているの。今」


 この女性。だいぶポンコツな空気だ、フレイの脳内には慌てふためく彼女が駆け回っている。視覚的には彼にとって目の前であるが。確かに道行く人はフレイと空飛ぶ背の高い女性を見ても何一つ声をかけられない。


 一度、舌打ちをされたが、これはハーフであることの妬みだとフレイは考えなくとも分かっていた。


「大変な事態って。というか。名前は?」


「あ。すいません名乗っていませんでした。私、テミスって言います」


「なるほど、テミスさん。テミスさんが言う大変な事態ってなに?」


「えと、とにかく大変な……事態なんです」


「……覚えてないの?」


 フレイの質問に対し、彼女は震えながら頷いていた。


(……なんだこの女性。でも大変な事態って何か気になるし)


「というか、なんで腕輪なの?」


 空中で彼女は体をもじもじさせる。控えめな言動とは裏腹に見た目としては筋肉質、さらにメリハリもはっきりしている肢体をしている。


「その私もいつの間にかあなたの服の中にいて、その、後ろにあった門が無くなっていたもので」


 地下層のダンジョンで彼女のことを拾ったとすると、あのダンジョンボスを倒した奥にあった門のことだろう、フレイはそう確信しつつも首を傾げた。


「あの門。そんな大変なものなの?」


「は、はい!その。大変だと聞いた覚えがあります」


 はっきりとしない返事が多い。だが、彼女の反応からしてみても嘘をついているようには見えない。本当に記憶がないらしい。

 彼女は続けて言った。


「それでその。もし、ダンジョンから出てきたら契約した方がいいと」


「契約……どうすればいいの」


「その私を……」

 

 瞬間、彼女の姿が消えた。そしてふわふわと腕輪が浮かぶと、フレイの右腕にくっついた。

 

「こんな感じで契約完了です」


 彼女がそうつぶやいた瞬間、腕輪はずぶずぶとフレイの肉体に吸い込まれるようにして消えていった。


「な、え?こ、これ……外れるの?」


「は、外したいんですか!?」


 慌てる声と共に彼の脳内にはあたふたとするテミスが浮かび上がった。


「同意も何もしてないでしょうが!」


「あ。そ、そのそれは、大丈夫です。いつでも私の意思で外せます」


フレイは安堵のため息をつくと、腕輪のついた右腕を見る。すると、腕輪が手首に浮き上がってきた。それは変にきらびやかに見える。金属製なのか。シンプルな黒い腕輪であり、模様の一つもない。だが、時折、何か内側から未知の技術を感じるようなまばゆい光を放っている。


「何これ……」


 このようなものが今の時代で作れるとは思えない。

 今の技術はほとんどがダンジョン頼りであり、人間はダンジョンから得た資源で新しい武器や技術を開発している。だが、これはどのようなダンジョンの資源も該当しないように見えた。


 そこで巨大な咆哮が響き渡った。その方向は門で囲まれた人間街の方角。

 そこにいたのは。


 巨大な羽。羊とライオンの首。蛇のしっぽ。

百メートルはあるかと言う巨体。


 過去にギルドにて討伐依頼が来ていたが、あまりの強さに誰も引き受けようとしない怪物。禁止級ダンジョンボスのうちの一体。


 キメラであった。

 それはダンジョンボスの一体である。ダンジョンボスの中には人間が攻略することは不可能であるというものも多い。それらは禁止級と呼ばれ、キメラはそのうちの一体に該当していた。


 それが空中を飛行している。


「ちょ、え? 嘘なんで?」


 ダンジョンボスはダンジョンから出ることはできない。そのような生態があるため、現在もダンジョンを攻略するという活動が進行している。

そのために今の人類の文明がある。

そこでフレイはあることに気づいた。

壁の外側からでも見ることができた巨大なダンジョンの塔が消失していた。


「なんだよこれ……」


 悲鳴までもが響き渡ってくる。


 フレイの脳内に先ほどの言葉がリピートされた。


「大変な事態ってこれ?」


「え。あ、うん。そーかも」


「マジかよ……」


 怪物はそのまま人間街の方へと向かっていく。

 その先には、セリナが。


 フレイは腕輪をつけたまま駆け始める。門の方へと向かうが、中からごった返しで、人があふれ出てきていた。波にのまれるも、奥からは悲鳴が響き渡っている。そして、人波から一瞬外れた時、見えた光景は。


 街に降り立つキメラの姿。さらに他の暴れ始めているいつものダンジョンボス程度の大きさの怪物たち。それらでさえ十数メートルはあるというのに。キメラの大きさはその数十倍であった。


「嘘だろ!?」


 フレイは人波の中で予測する。

 予測の先で波の間を潜り抜けていった。


 そして街に駆け込むと、そこはもう地獄であった。

 人が踏みつぶされる姿もあれば、建造物は倒壊しているものも多い。

 

 普段のダンジョンボス程度ならまだしもキメラはこの人間街を蹂躙していた。

 人間軍によって次々に打ち込まれる銃弾、攻撃もまるで効果を成さない。よく見ると、レアの民族もキメラに突撃している姿もあった。だが、人間軍の最新兵器が効かない以上、規定の定められたレアの民族の武器はまるで敵わない。


 フレイが今持っているのは彼らと同じ既定の定められた兵器に過ぎない。

 勝てない。そもそも巨大すぎる。攻撃は届くはずもない。


「わ、私を使ってみませんか?」


 そこで脳内に声が響き渡った。


「は? 何を言って……」


 人の波に逆らってかけていく中で、墓の前でうずくまっているセリナがいた。

 彼女はそこから動こうとしない。

 動かない理由もフレイにはわかっている。

 だが、そこにキメラは足を踏み下ろそうとしていた。


「叫んでください!」


 先ほどとは一切異なり、強気なテミスの声が響き渡った。


「信じてください。あの子を助けます!」


 藁にもすがる思い。予言士のフレイとしては予言に頼らず、こんな意味不明な腕輪に頼ることはズレている気もしていた。だが。今は信じるしかなかった。


「なんて、叫べばいい?」


「テミスです。テミスって叫んでください」


「わかった」


 フレイは息を吸い込む。その瞬間、左腕が熱を帯びるのが分かった。見ると、腕輪が肉体から浮き上がっているのが分かった。彼は腕輪を掲げながら叫ぶ。


「テミイイイイイイイイス!!!!!」


 その瞬間、フレイの体は腕輪から発せられた強烈な光に包まれる。

 光は次々にまとわりつき、肉体を形成していった。


 ただ、セリナの方へと駆けて行った光は大きさを変え、そこにいた小さな怪物を踏みつぶし、キメラを吹き飛ばす。

 

 キメラを吹き飛ばした光がその姿を現した。


 そこに立っていたのは身長100mあるかという巨大な褐色肌の白髪の美女であった。




【あいさつ文】

 お世話になっております。やまだしんじです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または感想や応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。

 これからもよろしくお願いいたします。

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