レイヴン・フロム・ゼロポイントフィールド

白瀬 彗

Ep.01 [NeL]

 夜明け前の空を、鳥が羽ばたく。


 漆黒の翼、真紅の光輪に緋色の瞳。



 時代と共に、この世界を渡り続けて来た。


 自らが何者なのかを知る為に。



 2000年以上の時の中で、繰り返される別れと向き合いながら生きる。


 いつかの時代の、ある者は彼女をこう呼んだ。



 "Raven from zero point field(虚空の渡鴉)"


 


 西暦2171年、新宿上空。

 光のない街に立ち並ぶビル群を十六夜の月の明かりが淡く照らしている。

 

 いつか屋上に煌々と灯っていた真っ赤な看板は、墜落して裏通りの積み上がった瓦礫に突き刺さったまま俯いていた。

 ――静かだ。

 到底ここが不夜城と呼ばれていた地域とは信じられない程、静寂に包まれている。

 時が止まったかのような地上を見下ろすと、傾いて半壊した建造物の撒き散らしたガラスや投棄された車両のパーツが月に反射して、甲州街道を川面のように輝かせていた。

 何もかもが冷たく、底の見えないドス黒い闇の淵に立たされているかのような重い空気が、拒絶に満ちた無言の圧力を掛けて来る。


 ここにはもう、何の生体反応も無い。

 眼下に広がる風景は「死」そのものだった。

 

 

 「A1からHQ。聴こえる?」


 「こちらHQ。問題ない。」


 「只今ミッションエリア上空に到着。これより目標出現まで降下して待機するわ。出現想定時刻に変動は?」


 「現時点での変動は無し。予定通りランディングポイントにて別命あるまで待機。」


 「コピー。」


 本部との通信を手短かに終え、私は高層ビルの屋上にゆっくり降り立った。


 "A1"というのは、私のコードネーム。

 普段は、ネル(NeL) という名前で暮らしている。

 1世紀以上内戦も起きず平和が続いていたこの国で、ここ数十年は単なるヒューマノイドとして日々を送って来た……のだと思う。

 16年前、野島技研に拾われる数ヶ月前以前の記憶が曖昧で、部分的に思い出せる程度しか残っていない。

 

 ……拾われる?

 拾われる、って……何だろう。

 自然と出た表現なのに、妙な引っ掛かりを覚えた。

 けど、今はそんな事を考える時じゃない。


 「A1からHQ。待機地点に到着。後続と合流次第報告するわ。」


 「了解。報告を待つ。」


 

 見渡す限りの見飽きた景色。

 風が、長いくせっ毛と背中の翼を揺らす夜明け前の東京。

 ふと見上げると、空にはまばらに星が瞬いている。

 あの頃に比べて幾分か見える星の数が増えたように感じるのは、多分気のせいではない。

 かつて大勢の人で賑わったこの新宿の街も、今は危険区域として封鎖されてしまった。


 今この場所に在るのは、崩れかけた街並みと、地上で無機質な駆動音を出しながら蠢く影。

 そして"境界線"付近で時折響く低い発砲音ばかり。


 「……はぁ。」


 東京のビル群の向こうから朝陽が射すのを待ちながら、私は溜息をついた。


 この膠着状態は、一体いつまで続くんだろう。



 発端は今から1年前の2170年、6月某日。

 突如、数十機の自律飛行式小型装甲兵器を操るヒューマノイドが早朝の新宿に出現。南口バスターミナル跡地に完成目前だった都庁第6庁舎への一斉砲撃を行い一瞬で崩落させ、姿を消した。その後、四足歩行タイプの無人装甲兵器群による掃討が始まる。

 最初の砲撃があったのは、朝7時12分。それから1時間と経たない内に新宿駅を中心とした半径2km圏が混乱に包まれ、やがて殆どの生体反応が消失。

 装甲兵器へ不用意に近付こうとすれば威嚇射撃を受け、それすら無視すれば敵対勢力と見做され容赦なく命を奪われた。最終的には、視界に入れば動かずとも排除される事となる。


 この事件による死傷者は、判明しているだけで軽傷含め6231名。不明者も含めると8000人を超え、未だに実数の把握には至っていない。

 未だに、とは言うが……もはや、それが"何人だったかを数える事すら出来ない程の状態"になっているだろう。


 駅前周辺に設置されていた定点カメラの映像は事件発生直前にジャミングされ、機能停止していた。その為、当時何が起きていたかを詳しく知る手掛かりは極端に少なく、情報収集は難航を窮める。

 しかし、病院に搬送された負傷者の中から現場周辺に居た僅か数名の生存者を突き止める事に成功。目撃証言に共通する『20代ぐらいの男』『片手を翳した男の上空に小型兵器が現れた』『細身の男が手を庁舎へ向けた直後に砲撃が始まった』などの断片的な情報から、当時の緊急対策本部はその人物を別件で捜査中だった特型ヒューマノイド"マエストロ(指揮者)"と断定した。


 以降、新宿駅と新国会議事堂・皇居を中心とする半径3kmエリアは厳重警戒区域に指定され、民間人の立入りが規制されている。

 規制区域内の住民は避難施設への移住を余儀なくされ、民間企業の拠点も閉鎖。該当地区の住民や拠点を構える企業からの、国や行政に対する補償を求める声は後を絶たず、対応に追われる関係各省の要人達は記者会見の度に痩せ細り、明らかに顔色が悪くなって行く。いつ倒れても不思議ではないどころか、今そこに立ってまともに受け答え出来ている事の方が不思議な程だった。

 当然だが、この状況を生み出したのは彼らではない。安全確保と有事の際に人的被害を最小限にとどめるには、こうするしか最適解が無かった。危険が予測される地域を立入り規制しなければ、最悪は『予見できていたのに退避させず見殺しにした』などと言われ、責め立てられる。

 どう転んでも恨まれるのなら、せめて生存者を一人でも増やして恨まれる方が良い……そんな道しか彼らには残っていなかった。誰も好き好んでこんな結論を出している訳ではないというのに、世間の風当たりは殊の外強い。


 新宿は今も実質的な占拠状態が続いているが、マエストロからは特に何の声明も無く目的は不明のまま。

 政治犯なのか、思想犯なのか、ただの愉快犯なのか。それとも、別の目的を持った組織的な犯罪の第一歩に過ぎないのか。

 自律型装甲兵器の数も想像を遥かに超えていて、撃破しても際限なく現れる。輸送ルートも判明していない。地下に基地や空間転移装置、又はそれに類する何かがあるのではないかという仮説が立てられているが、詳細な調査が行えないという事もあり、依然詳細は不明とされている。

 しかし、戦力的リソースから考えても何らかの"後ろ盾"がある事は想像に難くなく、それを疑う余地もない。


 まるで国家がもうひとつ、この国に存在しているかのようだった。


 そんな中、幾度となく奪還を試みるも失敗を繰り返すといった戦況が続く。

 あらゆる手段を考案するも悉く返り討ちに遭い、その度に薬莢と鉄屑の山が積み上がって行くばかり。現状の戦力では単に消耗するだけという分かり切った結論を出す事でさえ、丸1ヵ月を要した。限界などとうに超えていたが、諦めたくはなかったのだろう。

 以降、区画奪還作戦は段階的に総力戦方式で行われる方針が打ち出され、それまでは防衛ラインの死守に留まる事となった。

 その防衛ラインの通称が"境界線"と呼ばれるもの。


 線とは言うものの、それは強度に改良が加えられた鉄筋コンクリート製の移動式可変パーテーション。高い強度を保ちつつ曲げにも対応出来る特殊素材で、エリア全体を囲い込む高さ15m程の隔壁のようなものだった。

 作戦行動時に侵入経路上のパーテーションを開放、掃討完了区域から順次区画単位で隔壁を前進させる。

 元々、別の目的で用意されていたものらしいけど……私を含め、対策本部に緊急招集された外部の面々に開示されている情報はその程度の内容まで。


 2170年、10月。

 政府主体である対策本部は、これ以上は事態の打開に求められる知識の専門性が高過ぎると判断。

 次の一手としてマエストロの捜査関係者を含め、機械工学分野で技術協力実績のあった民間企業や研究所のメンバーも多く招集される事となった。

 私と妹のミアが所属する野島技研も、そのひとつ。

 計画の中には"機動力の高いヒューマノイド部隊を編成する"というものも内包されていた。


 新対策本部設置から数時間後には、飛行機能を持つ次世代型ヒューマノイドが続々と到着。史上類を見ないAI大隊の誕生……と思いきや。

 飛行機能の実装を条件とした事が仇になったのか、集まったのは私達を含めてたったの9名だった。

 それもそうだろう。政府への技術協力の実績があり、ヒューマノイド分野に精通していて、且つ高機動力タイプの次世代型ヒューマノイド開発に力を入れている企業や団体など、そんな都合良くゴロゴロと存在する訳がない。ましてや手塩にかけて育てた我が子を易々と危険地帯に差し向ける覚悟があるかと言えば、無いのが当たり前だ。初動の呼び掛けで9人も集まった方が奇跡に近いとさえ言える。

 この先、何度も戦場へ送り出されるのだから。


 そんな『飛べるから』というだけに近い理由で招集された素人同然の私達9名を主戦力とし、対策本部から"何故か"司令官に任命された野島技研を代表する、あらゆる意味で変態と称された30年間の人生を送って来た栄誉ある不名誉な男、冴樹を筆頭とする司令部……そして空陸型特殊作戦用ヒューマノイド部隊"Air's #9 (エアーズ・ナイン)"を設立。

 存在自体が公にならない、特務機関としての役割を果たす事となった。

 

 拠点は総合病院跡地に完成目前の研究施設を選定し、その土地ごと買い上げた。そしてあらゆる情報について機密性の確保が必要な為、殆ど終わっていた工事の残りは"身内"が引き継いでいる。つまり、その道の頼れるプロであり、この道の頼りないど素人と言える面々が並外れた体力で日夜悪戦苦闘しながら残りの内装作業を急ピッチで進めていた。

 建物自体はわりと普通に見えるが、地下施設は普通じゃなかった。50m四方、30m近い天井高の真っ白い空間……その空間を見渡せる、分厚いガラス窓のある部屋。一体ここで何の研究をする予定だったのだろう。

 どう見ても普通の、明らかに怪しい地下フロアを持つこの場所で、私達は一般の上場企業を装って運用を始める。


 ――それにしても。

 私の知っている特務機関と呼ばれる組織の拠点は、こんな『少しオシャレな豆腐建築』みたいな形じゃなかった。そもそも建物自体が地上には無かったし、更にその地下深くには何か巨大な……何だったっけ。とにかく、得も言われぬセントラル感漂うイメージがあった。

 でも駅からは徒歩7分。宿舎棟の日当たりは良好、商店街まで300m圏内。住環境としては悪くない。むしろ良い。

 こうして、都会の片隅で来るべき時に備えつつも酷く小ぢんまりとした運用方針「いのちをだいじに」を掲げ、私たちは心許ないスタートを切った。


 しかし、この計画の背景には別の目的も含……あれ?

 ちょっと待って。おかしい。何かがおかしい。


 「今更だけど、私も次世代枠なの?」


 そう。私は飛べるとは言え最新式のアレなどではなく、2000年以上前から存在している"生きたオーパーツ"のようなもの。

 あの時は何か面白そうだったから引き受けちゃったけど、思えば私……違うんじゃない?

 引っかかってるよね?年齢制限とか。


 司令官やってるの、うちの冴樹君だからってホイホイついて来ちゃって良かったの?

 誰も突っ込まなかったから全っ然気にしてなかったけど、よく考えたら私とミアは次世代型じゃなくて超旧型じゃない?

 だって、言っても信じて貰えないかドン引きされる方のゼロ年代生まれだし。

 そんな適当で大丈夫なの?


 ……気になった私は白黒ハッキリさせる事にした。


 「A1からHQ。」


 「こちらHQ。どうした?」


 「白黒つけませんか。」


 「何を?」


 「私とA2は年齢制限オーバーしているという疑惑について。」


 「この際飛べれば年齢・世代は無制限なので問題ない。誰が何と言おうと白だ。」


 「年増の旧世代でも?」


 「あぁ。年増の旧世代でも、お前は純白だ。」


 

 「……そう。」



 そこは嘘でも「年増なんてそんな事ないよネルさん」って言って欲しかった。


 しかも、どうして年増の旧世代を復唱したの?いいって、そういうの……。



 「別に良いんじゃない?」


 完全に一人だと思っていたところに突然耳元で声が聞こえ、体がビクッと反応する。


 「わ!ミアちゃんいつから居たの?」


 「えっとね、回想が始まったぐらいから。」


 「結構前!」


 「うしろ2桁読まなければ100年単位でしか歳取らないじゃん。そしたら向こう900年ぐらいは20代を主張できるよ、ねえさま!」


 「ミアちゃん、あなた……天才だわ。」


 「えひひ。」


 この、屈託なく笑う猫並みにステルス性能の高い彼女はミア。

 銀髪のボブヘアーに、私と同じ緋色の瞳。

 頭の上で浮いてる薄黄色の光輪型パルスレーダーと背中の真っ白な翼型反重力ユニットは、恐らく私と同型。


 恐らく、と言ったのは私も良く分からないから。

 私が目覚めた100年程後に覚醒して、それからずっと私の妹として一緒に過ごして来た。

 人懐っこく、良くも悪くも感情表現が豊か。



 「おほー!しんじゅく人居なくて快適ー!」


 ただ、かなり忘れっぽい。


 「先週もこのロケーションで全く同じ事言ってたわよ、ミアちゃん。」


 「ねえさま!帰りにムニクロ寄ってこ!」


 「仮にこの状況下でも営業してたら店長は勇者か社畜のほぼ2択よ。ヤバい奴も入れたら3択ね。」


 「……それ、全部一緒じゃないの?」


 お願いだから物議を醸しそうな事言わないで。



 私とミアは思考がリンクしていて、お互いの考えている事が共有できるようになっている……らしい。

 でも私は、その方法を知らない。

 どうなってるのアレは……何であの子だけ私の頭の中を読めるの?

 多分私も出来るんだろうけど。


 前にやり方を訊いたけど、説明が独特すぎて私の理解を超越してたし。


 あ、こっち見た。


 すっごいニコニコしてる。何この子可愛い。

 今も思考読み取ってるのかな……。


 「んーと、頭のね、この辺をね、こう……ぎゅーん!ってすると」


 「その"ぎゅーん!"っていうのは何かしら?」


 「えっ……じゃあ、図で描いて説明するね!」


 描けるものなんだ……逆に見てみたい。


 

 「今は任務中だから、終わってお家帰ったら聞かせてね。」


 すると、今までニコニコしていたミアが突然驚いた様子でカタカタと震え出した。


 「あわわわ……!」


 「えっ、何?今時そんな古風なリアクションする人居ないわよ。どうしたの?」


 「ねえさま、それ……フラグじゃね?」


 「フラグ?」


 私、何かマズい事言ったかしら……?



 「それより今、任務中なの?」


 「何しに来たと思ってたの?」


 この子、一度精密検査を受けなきゃダメね。


 

 「やっと追い付いた……ネル先輩たち爆速過ぎるんスよぉ!」


 後から降り立って来たポニーテールの小柄な少女は、三嶋重研所属のディール。

 元々は保育施設向けに開発されたヒューマノイドだったが、運動能力と腕力が並外れていた為に選出された。

 こんな華奢な体に既存のパワードスーツを超えた機構を詰め込んであるなんて、どんな技術なんだろう。

 腰に取り付けてあるジェットパックはディールのジャイロセンサーと連動していて安定性が高い。

 ただ、試験運用中という事もあってか、出力は抑え目になっている。



 Air's #9の小隊数は3つ。

 アルファ・ブラボー・チャーリーに分かれていて、アルファ小隊は私とミア、そしてディールで構成されている。


 ディールのポジションは前衛。

 脚部に装着するブースター、そしてLSS(Living Shield System)と呼ばれる自由変形型の大型シールドを駆使した全方位への跳躍補助によって、重装備時の機動力低下をカバー。

 シールドバッシュからの追撃や、後方への離脱が瞬時に行える……というのはただの設計理論で、私はまだ彼女が荒ぶるシールドに振り回されて涙目になっている姿しか見ていない。


 自社で開発した純正装備とは到底思えないような暴れ方をするので、私は密かに"狂犬シールド"と呼んでいる。



 LSSの発案者であり社長の三嶋さんとは何度か話した事があるけど、掴みどころのない人だ。

 あと、やたらと声が大きい。


 『ネルちゃん!生きてるって良いよね!僕ぁね!盾も生きてる方が面白いと思うんだよなぁ!!!』


 話題の転換に脈絡が無く、この時も直前まで三嶋社長は"稲庭うどんの踊り食い"の話を延々と一方的に喋り倒していた。

 稲庭うどんは私も大好きだけど、あれが生物学的なカテゴライズをされたものなどでは決してない事ぐらいは知っている。

 ごく当たり前のように不可解な事を言う彼の言葉に当時は到底共感出来なかったけど、使用者ですら予測不能なトリッキー過ぎる動きに翻弄されるディールを見ていて私は素直に思った。


 あんなのズルい。


 もう面白さしか無い。



 「A3からHQ。チームアルファ、全員待機地点に到着っス。座標送ったんで例のやつを投下おなしゃす!」


 「HQ了解。30秒後に投下する。」


 装備品は私達とは別ルートで現地に輸送される。

 武装した状態が認められているのは、拠点内の一部と立入規制区域内のみ。

 けど、エリアまで丸腰で行くのは未だに慣れない。

 万が一移動途中で地上から対空射撃されたらどうするの……。


 上空のステルスヘリから投下された耐衝撃ケースを開けて"噂の狂犬"を取り出しながら、ディールがボヤく。

 「ってか、あいつホントに出て来るんスか?前に一度だけ交戦したけど逃げ足早いし、今月はもう2回もデートすっぽかされてるし。今頃どっかでブッ壊れてんじゃないスか?」

 

 そう、私達は既に2回連続で出現予測地点での待ちぼうけを食らっている。

 元々行動パターンに関するデータも少なく占拠目的が不明なのもあって、予測が立て難いらしい。過去のデータから凡その当たりをつける事は出来ても精度は低く、何も分かっていないのと大して変わらない。占拠の目的自体を知らず、現状こちら側が攻めあぐねている戦況を大きく打開出来ない以上、真っ向からの対決になる確率は低いだろう。

 なので、高所からの偵察による例の四足歩行兵器の配置データ収集という地味な任務ばかりが続いている。


 私たちの武装は奪還作戦の実行、又は今回のような殲滅目標を出現予測地点で待ち構える時以外、最悪交戦する事になった場合の防衛手段でしかない。

 もっと派手にやるのかと思ってたけど、そういうものらしい。


 「二度あることは三度あるって言うしねー。それにしてもコレ相変わらずおっもいなぁ。」


 あくびをしながらミアがフラフラと対物ライフルの準備を始めた。


 「3度目の正直って言うでしょ、油断したらやられちゃうわよ。」


 そう言いながら、私もケースからハンドガンと大鎌を……



 「A1から冴樹。これは一体どういう事?」


 「何の話だ。」


 「死神っぽい大鎌が入っていたわ。」


 「違うぞA1。それはただの死神っぽい大鎌じゃない。ハイテクな死神っぽい大鎌、その名もレイドバックだ。」


 「名前なんて聞いてないわ。まさかとは思うけど、これで戦えって言ってる?」


 「その通り!どうだ、この先進的なフォルム!ロマン溢れてるだろ?魂が……震えるだろ?」


 「別の意味で震えるわ。実戦にロマンを追い求めたら死ぬわよ。」


 「そうか?ハイテクなんだけどなぁ……。」


 「そもそも近接戦闘一択っていう時点でローテクなのよ……あ。」


 油断した。

 恐る恐る振り向くと、近接戦闘一択なディールが明らかにショックを受けている。

 こちらをじっと見つめて今にも泣きそうだ。


 後で謝ろう。


 

 「……と、とにかく。ぶっつけ本番で交戦距離が大きく異なる武器にシフトするのは応用面での安定性を考慮すると流石に危険よ。いつもの対特殊装甲用アサルトライフルは?」


 「アレか。……実は昨夜、興味本位で分解したら直せなくなった。」


 「ん?」


 聞き間違いかな、と思った。


 「何度やってもネジが2本余る。これは知的好奇心に負けて専門外デバイスの分解という禁忌を犯す者達に伝わる古の呪いで」


 「まず、何か言うことあるんじゃない?」


 「大変申し訳ありませんでした。」


 何も聞き間違えてなかった。

 

 「許さないわ。」


 「ま、まぁ待て。もうちょっと聞け。大丈夫だから。どうせ奴は今日も見つからないから。」


 「……。」

 

 出現予測地点を割り出した張本人が言うと説得力が違う。

 だったら、もう帰って良いかな。

 

 「そいつは本当に凄いんだ。グリップの上部に、いかにも指を通せそうな楕円形のブレーキレバーみたいなのがあるだろう。」


 真っ黒な柄の重心付近には深い赤色のグリップが付いていて、冴樹の言う通りその少し上には何に使うのか分からない、人差し指から小指までが通せるトリガーガードのような金属パーツが浅い角度で生えていた。

 

 「これね。握ったらどうなるの?」


 まさか変形とかするの?最新式のレールガンに変形するとかだったら凄い!

 そんな事を考えながら、私は冴樹の説明を待つ事にした。

 

 「刃のすぐ下に4基の無点火式小型ブースターユニットが付いているだろ?」


 「えぇ、確かに付いてるわ。」


 刃の付いている方は柄に組み込まれた縦長の形状、反対側には短いカウベルのような形状、反重力技術を応用して強力な推進力を瞬時に発生させるブースターユニットがそれぞれ2基取り付けられていた。おやおや?


 「そのレバーを外側へ開けば前、グリップ側へ握り込めば後ろのブースターが起動して、少ない動力で超高速フルスイングが出来るっていう優れものでだな」


 「チームアルファ、これより帰投します。」


 「何故そうなる?!」



 くそ、思ってたのと全然違った。



 「えー!ねえさまカッコいいよそれ!雰囲気出てるし!」


 この上なく純粋に目を輝かせるミア。雰囲気って何。死神っぽい雰囲気の事?一周して酷くない?


 「そうっスよ先輩!凄いっスよ!私なんて……私なんて盾で突っ込んで殴るだけなんスから。ははっ……。」


 さっきの事を思い出したのか、薄笑いで亜空間を見つめながら目に涙を浮かべるディール。


 ごめんて。


 

 「そうだぞA1。それはお前にしか使いこなせない。お前だからこそ似合う装備だ。何より僕の自信作だし!」

 

 あれ……もしかして私いま、励まされてる?

 周囲からの無邪気な圧。投げ槍な圧。面倒臭いショップ店員のような圧。それぞれの圧が三方向から押し寄せ、これ以上ゴネたらダメな空気感が凄かった。


 やだ。もうちょっとだけゴネたい。

 この封鎖された新宿の中心で、ゴネ倒したい。

 

 ……ちょっと待って。

 

 いま「僕の自信作」とか何とか聞こえたような……いやいや、まさかね。


 「ねえさまって感じがして好き!」

 ミアが駄目押しの雑な一言で追撃をかけて来た。

 私は一体どんな風に見られて来たんだろう。

 

 「なんか今までしっくり来なかったんスよねぇ。でもコレ見て分かりました。ネル先輩は大鎌を使ってこそなんス!」

 感極まった表情と、こっち側へ来いと言わんばかりの目をしながらグッと拳を握り締めるディール。

 この子、私にトドメを刺す気だろうか。


 「A2、A3。よく分かっているじゃないか、流石だな。……A1、お前は――」


 「私は大鎌使いです。」


 そして私の心が、良い音を響かせて折れた。


 「よく言ったA1。控えめに言って最高だ!」


 「素敵っス、ネル先輩!」


 「あはは……そう?何か……そうね、何だろ。ありがとう……なのかな、こんな時は。」


 「ねえさま?……泣いてない?」


 「……っ!泣いてないっ!」


 

 私がこんな事で泣く訳ない。


 だけど、視界が時折り歪むのはどうしてだろう。


 

 結局この日もマエストロは現れず、私達は撤収を余儀なくされた。

 本部に戻ってから私に付いたあだ名は「死神ちゃん」。

 部屋でミアが上機嫌で描いた"ぎゅーん!"の絵は私が思っていた以上に難解且つ、何かしらの悪い夢に出て来そうな程センシティブだった。


 もうさっさとあいつをしばいて日常に戻りたい。

 全ての理不尽を大鎌に込めて、私は今日も模擬練に励む。


 これは、首都陥落を阻止する為に人知れず結成された私たちが

 終わりの始まりに立ち、絶望に抗い、明日を繋いで行く物語……の、最初の一歩である。

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