第26話 夜海篝/篝火43編 下
翌日、夜海さんが長い髪をばっさり切ってきた。それだけでなく夜海さんはオフ回の時に会った時の引っ込み思案な性格とはうってかわって明るくなっていた。
明るくなった事そのものは良い事だと思うが、何か引っかかる。なんというか、クロムエッジ&バレットのゲーム内でチャットしている時のようなテンションなのだ。
恐らく、オフ回の時から昨日までの引っ込み思案な性格の方が素であるはず。
あれは演技とかでできるような物ではない。むしろ今の夜海さんの方が演技っぽい。例えるなら、キャラを被っているかのように。
僕は放課後、夜海さんを屋上に呼び出して疑問をぶつけてみた。
「昨日までの引っ込み思案な夜海さんと、今日の明るい夜海さん。どっちが本当の性格なんですか?というか、あなたは誰だ。本当に夜海さん?」
気まずい沈黙が流れる。
「気付いちゃったか……流石、篝が好きになった男子だね。見どころがある」
「あえて名乗るならボクは、篝火43。夜海篝が作り出した理想の自分、その体現者だよ」
「平たく言えば、ボク達は二重人格ってやつでね、せめてゲームの中だけでも理想の自分でありたい篝がキャラを演じ続けた結果、いつしかボクが生まれた」
「篝はああ見えて、自分が大嫌いだから。キミに初恋をして失恋して、コンプレックスに押し潰されて。だからボクに全てを委ねた」
あまりにも突拍子もない話だった。夜海さんが二重人格でもう一つの人格に身体を奪われた?冗談も休み休みにしてほしい。
「乗っ取った訳じゃないよ。篝自身が表に出たくないって言ったんだ。ボクは篝の理想のボクだから、願いを尊重したまでさ」
これが夜海さんの願いだって?たちの悪いジョークみたいだ。某人気漫画に登場する古代エジプトのファラオの魂だってここまでたち悪くない。
「夜海さんが僕の事が好きで、結果的に僕がその気持ちを裏切ったというところまではなんとか理解したよ。だけどそれを承知で言う、夜海さんを返せ」
「ならチャンスをあげよう。クロムエッジ&バレットで1対1の決闘とかどう?篝はかまってちゃんだから、そうやって適当に遊んであげればまた出てくるかもね」
正直、彼女の発言は信用しがたい。ゲームで決闘したくらいで解決するとは思えないが、僕は夜海さんと正面から向き合う道を選んだ。
「その挑戦、受けて立つ」
これで何かが変わるとは思えないが、他に何も思いつかないのだから仕方ない。
帰宅後、クロムエッジ&バレットにログインする。ゲーム内ではすでに篝火さんが待っていた。
「決闘って言っても、ボクとキミでは実力が違いすぎるから一撃でも当てたら勝ちにしてあげるよ」
篝火さんは愛用の大剣、ハウリングブレード(刃の部分を振動させて対象を破砕切断する武器)を片手で持ち上げて余裕綽綽といった様子でクルクルと回している。
恐らく、篝火さんから教わった戦い方では100%勝てない。それは最初から読まれてるだろうから。ここは篝火さんと向き合う意味でも………、
「何のつもりだい?」
僕は両手にビームサーベルを装備する。
篝火さんが怪訝そうに尋ねた。
「篝火さんに正面から向き合いたくなった。それだけですよ」
「いっちょ、行きますか!」
僕は篝火さんに愚直な突進を敢行する。
篝火さんはハウリングブレードを地面に勢いよく振り下ろした。
刃の振動により地面がヒビ割れ、破砕された石つぶてがバラバラと弾け飛び散る。舞い散る石の欠片でダメージを受けながらも僕は篝火さんに肉薄し、両手のビームサーベルで闇雲に連撃を繰り出す。
「僕は篝火さんの気持ちに恋人として応える事はできない!!だけど………篝火さんがどんなに自分の事が嫌いでも受け止めるから!!だから……!!」
「戻ってきて!!!!!」
叫びながら不格好にビームサーベルを振り回す。デタラメで無軌道な剣撃。僕が振りかざすビームサーベルを篝火さんはことごとくかわし、防ぎ、弾いた。その剣筋に乗せた想いすら拒絶するかのように。
「さっきから………うるさいっ!!!!」
篝さんが怒りをむき出しにして大剣を振るう。失恋のショックで自分の殻にこもり全てを拒絶していたはずの篝さんが再び表に出てきて僕に怒りを向けている。
大剣の一振りで両手のビームサーベルが破壊されてしまった。
「薄っぺらい言葉ばかり並べて……実際、ボクの事なんてなんとも思ってない癖に!!……ボクは………キミが嫌いだ!!!」
篝さんが悲痛な叫びを上げ、怒りに任せて僕の頭をかち割るべく(ゲームだから死なないけど)大剣が振り下ろされる。
篝さんをここまで傷つけたのは紛れもない僕。だけど、だからこそ僕は彼女を放ってはおけない。
僕も自分の殻にこもっていた時期があった。
自分自身の可能性に見切りをつけて目立たず集団に埋没する事を望んでいた。
殻にこもるのは自分自身を守る為。だけどそれは同時に檻に閉じ込められる事、どこにも行けなくなる事と同義だ。
だから、僕が篝さんを連れ出す。
僕は両腕を頭上で交差させて掲げ、大剣をガードする。腕に装備した防具の耐久力で一瞬、大剣の刃が止まった。
すぐに防具ごと切断されるだろうが、それでいい。一瞬稼げれば充分だ。烏丸先輩のトレーニングのおかげで運動神経が底上げされていたからなんとか反応できた。
ノーガード状態の篝さんの胴体に蹴りを入れる。
「一回は一回。僕の勝ちです。一撃でも当てたら勝ちでいいって言ったのはあなた自身だ」
「負けちゃったか………」
篝さんが大剣から手を放した。篝さんの手を離れた大剣の刃は僕の腕に食い込んでいて、それを引き抜き大剣を地面に置く。
「篝さんの恋人にはなれないけど、愚痴ならいくらでも聞くし、見捨てませんから、また楽しく遊びましょうよ。友達として」
「………レッチリ君の馬鹿……人たらし………」
篝さんが悔しげに毒づく。わだかまりはあるだろうけど、篝さんの中では一応決着はついたようだ。
「………レッチリ君、大好き……」
篝さんがそう呟く。
「ありがとう、でもごめん」
気の利いた言葉など浮かばず僕にはそれしか言えなかった。
恐らくだけど、葵さんよりも先に篝さんと出会っていたら……僕は彼女を好きになっていたかもしれない。
篝さんの事はそれくらい大切に思っている。ゲームを通じて多少なりともわかりあえたはずだけど、これは仕方のない事なのだ。
僕は葵さんの恋人で、僕を愛してくれる葵さんを裏切る事はできない。
どっちつかずの中途半端な気持ちで篝さんを期待させて振り回す事もしたくない。
僕には篝さんの想いに応える選択肢など、最初から用意されていなかったみたいだ。
「だからボクの言った通りだっただろう?篝はかまってちゃんだからね。ボクは篝の事ならなんでも知ってるんだよ」
翌日、僕達はまた屋上で話している。
結局、全部篝火さんの思い通りの展開だった訳だ。篝さんの願いを尊重しつつ僕を焚きつけて篝さんと向き合わせたのも、全て篝火さんの計画通りだったみたいだ。
「どこまで予想してたんですか?」
なんとなく尋ねてみた。
「正直、キミが篝の心を動かす事ができるかは賭けみたいな物だったよ。篝火は暗闇の中で道しるべとなるものだから、まあ名前通りの面目躍如って事で」
篝火さんはクスクスと笑いながらそう言った。
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