滑稽な戦②


穏やかな午後の昼下がり。


私の経営する小さな喫茶店の片隅で繰り広げられている全くもって穏やかじゃない話し合いは中盤戦を迎えていた。



私?カウンターの裏でしゃがんでるよ?

ちょっとだけ覗き込んでるだけだよ?




「ねえ、優貴。答えて」


「はぁ...。分かった。全部言うよ。

まず、美優さんは小林大我と付き合ってるのは知ってるか?」


「は?」



は?


なにそれ詳しく──

危なっ!

思わず身を乗り出しそうになってしまった。

自制。自制。



「だから俺は美優さんとお前らの浮気について話し合っていたんだ」


「そんなの嘘よ!」


「本当だよ。

美優さんが言ってたんだから間違いない」


「そんなことって...」


「はぁ。美玖、真剣に話そう。俺も感情的になりすぎていた。まず、俺がお前らの浮気を知ったのは一緒にホテルから出てきたところを見た日からだ。まぁ、それが何回目なのかは知らないし、考えたくもないけどな...」


「...」


「それと、その翌週かな?美玖と会う予定だった日、美玖が外せない用事があるって言ってきた日だ。あの日、俺は○○駅でティッシュ配りのバイトをしていたんだ。

俺がプレゼントした服、似合ってたよ」


「そんな....」



うわぁ...。きっつ...。

女の子の方が完全に観念したみたいに項垂れた。どうやら勝負は決するみたいだ。



「それで、まぁ俺は確かに美優さんとは仲が良かった。それでそのことを相談したら、美優さんの彼氏だって判明したんだ」


「...」


「それから確かに美優さんとは仲が深まった。その結果がこの連絡ってことだ。ただ美優さんは小林大我の彼女だ。美玖の考えているような浮気ではない」



え〜?本当かなぁ?



「...さい。──ごめんなさい」


「...」


「ごめんなさい。ごめんなさい。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「...。あのさ、美玖」


「はい...?」


「...どうして浮気したんだ?」


「それは...」




うぉぉぉ!ついに山場!

私の目から見てもあの女の子の彼に対する愛は本物に見える。泣きながらしおらしく謝る姿は中々胸にくる。

さぁ、なんでだ?なんでなんだ?



「...」


「...」



──静寂。

恐らくあの女の子が話し出すのを待っているのだろう。

先程までとは一転して、話し合いの最中無意識に飲んでいたのか残り少なくなった珈琲をすする音が聞こえてくる───





あかん。珈琲がなくなったらどうしよ。

お代わりしてくれるかな?

いや、そうなったら私がいることを思い出して場所を変えてしまうのでは?

そもそもなくなったらとりあえずお会計して場所を変えてしまうのでは?


まずい、それだけはまずい。

こんな面白い話(もう隠さない)は是非最後まで堪能しなければならない。



──ならばどうする?


──ただの珈琲カフェのマスターの私に何が出来る?


──決まっている。


──あぁ、決まっているさ。


──当然。










──推して参る!









私は音を置き去りにした──








「あれ?」


「...どうしたの?」


「...いや、何か珈琲が満タンになっているような...」


「あれ、私もだ」


「...いや、話し合いに夢中で全然飲んでなかったのかもしれないな」


「あはは...」




ふぅ。いい仕事をした。

さぁ、見せてくれ。最高のフィナーレを!




「私ね、あの人に脅されてたんだ」


「っ...。どういうことだよ」


「うん、あのね、最初は普通だったの。

普通に話しかけてきて、まぁ人望のある先輩だから邪険にもできないし、それでまぁまぁ仲良くはなってたの。優貴と荒川先輩みたいな感じなのかな?」


「あー...」



話の流れ的に荒川先輩とは恐らく美優さんなるあの女の子だろう。

その名前が出て男が何とも言えない顔をしている。



「それで...告白されたの。

勿論断ったよ?そしたら豹変して──襲われた。放課後で、人気のない空き教室だったから助けも求められなくて、最後までされた...」


「そんな...」


「まあ無警戒にそんなとこで2人きりになっちゃった私も悪いんだけどね...。でもそんなことするような人には見えなかったから...えへへ、すっかり騙されちゃった」


「美玖...」


「それで、その──動画を撮られてね、誰にも言うなって」


「...でも、仲良さそうに見えたんだけど...」


「それも条件だったの。俺のことを好きなように振る舞えって。だから仕方なく...」


「...美玖、警察に行こう、今すぐに」


「だめっ!」


「なんで!?」


「あの人の親は警察官僚と弁護士なの。

どう足掻いても勝てないよ。それに私が何かしたらすぐに動画を広められちゃう...」


「そんな...」


「ずっと隠していてごめんなさい。

優貴には知られたくなかった。

私は優貴が大好きだから。本当なの。信じて?」


「...信じるよ」


「ありがとう優貴。大好き」


「ああ...。どうしようか...とりあえず美優さんに相談して──」


「だめ!今ね、私頑張ってるの。

その...あの、あのね、私ね、多分相当好かれているの。だから、その...必死で好きなフリをしててね、どうにかして隙をついてデータを消そうとしてるの。その...だから...優貴、その...」


「...隙をつくまでは、抱かれるしかないってことか...」


「...うん」


「とりあえず、わかった...。

また日を改めて落ち着いて話そう」


「うん...」



そうしてお会計を終え、2人は退店した。




ふ〜〜〜〜ん?




私は小さな喫茶店の店主マスターだ。


趣味でやっていて、お世辞にも繁盛しているとは言えない。


ドリップの腕もいいとこ2流だろう。


──だけど。


私は恋愛は達人マスターだ。



そんな私の目から見て。






──あの女の子は嘘をついている。







ついでに男も。

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