ドジっ子死すべし

うみのもずく

第1話

 ドジっ子という属性がある。何もないところで転んでしまうような、フィクションではお馴染みの設定である。一般的には愛らしい特徴とされているが、何事も度を過ぎれば笑って済まされなくなる。斎藤が今現在様子を伺っている少女がまさにそれであった。


「この女を始末しろ」

 

 一週間前。上司の田中はいつも通りの仏頂面で淡々と任務内容を告げた。ある少女の写真。そこには彼女のありとあらゆるデータが添えられていた。


 「分かりました」


 それ以外の返事は斎藤に許されていなかった。仮に何かを質問したところでその書類に書かれている以上のことをは答えてはもらえないだろう。長年の経験で分かっていた。


 その時受け取った彼女のデータは全て頭に入っている。そこにはこう書かれていた。山田麗華。彼女はだと。


 災害級の個性。こういう存在が稀に現れる。直近で言うと、災害級のツンデレと戦い、処理した。あれもなかなか大変な仕事だったが、今回はその比ではなさそうだった。何しろ今回のターゲットの山田は既に多数の犠牲者を出しているのだから。


 彼女の個性の性質上、発覚するのに時間が掛かってしまったのもある。今年に入って起きたいくつかの大きな事故。それらは偶然起きてしまった不幸な事故と思われていたが、その全てに彼女が関わっていたことが判明した。それも彼女は無自覚にだ。


 例えば彼女がたまたま落としたものが巡り巡って列車の脱線事故を引き起こしたり、彼女がたまたま角で人とぶつかったことで大量の個人情報流出事件へと発展したりと枚挙にいとまがない。そしてそれはどんどんエスカレートしている。このままでは取り返しのつかない事件のトリガーになる可能性があると上層部は判断した。そうして斎藤に白羽の矢が立ったわけである。



 それにしても、と斎藤は思う。この一週間彼女を観察しているが、本当にドジだ。しょっちゅう転ぶし、物は忘れるし、対人関係でもそのおっちょこちょいぶりを遺憾なく発揮している。よくもまあ今まで無事に生きてこれたものだと感心する。だがそんな彼女の生もまもなく終わる。可哀想だが仕方がない。これは長年影から世界の均衡を保ってきた組織による決定なのだ。



 銃を構える。もちろん狙撃して彼女の頭をふっ飛ばしたりはしない。この弾丸には特殊な薬が埋め込まれている。これが体内に注入されると眠るように息を引き取り、体からは何の痕跡も残らない優れものだ。いつも通りの仕事。斎藤は淡々と銃の引き金を引いた。その時だった。


 外れた……? 外すような距離ではなかったはずだ。自慢じゃないが腕には自信がある。間違いなく命中していたはずだ。ターゲットの少女、山田が突然すっ転びでもしない限りは。


 何というタイミングだろうか。だが狼狽えている場合ではない。斎藤は2初音の弾丸を構える。だがそれが放たれることはなかった。何がどうなったのか分からないが、大通りを走っていたトラックが横転し、突然山田に突っ込んできたからである。辺りは騒然とし、狙撃どころではなくなる。斎藤はその場を離れるしかなかった。


                 ◆


 それから2ヶ月ほどが経過した。あれ以降山田がどうなったのかは分からない。斎藤には何の指令も降りてこなかった。それどころではなくなったからである。


 今、人類は滅亡の危機に瀕している。日本でばらまかれた強力なウイルス兵器が全世界に広がり、世界人口の八割近くが死に絶えたのである。どうしてこんなことになってしまったのか?


 あの時横転したトラック。あれはとある過激なカルト宗教の信者がテロを起こすべく運転していたものだった。それが運転手が急に眠るように意識を失ったため、あのような惨事が起こった。言うまでもなく、斎藤の撃った弾によるものだ。



 斎藤は激しく咳き込む。己の掌の大量の血を見て、自分ももう長くないことを悟る。世界の危険を排除する任務のはずが、自分が世界滅亡のスイッチを押してしまうとは。何とも皮肉なものだ。斎藤はそのまま目を閉じ、二度と目覚めることはなかった。



 

 

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ドジっ子死すべし うみのもずく @umibuta28

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