真剣な言い争い

 おお、と志貴は感嘆の声を漏らし、料理人である羅奈と冬華を眺める。


 羅奈は白いパーカー、緑色のフレアスカートという出で立ち。


 冬華は灰色の肩出しハイネックニットに、ライトブルーのショートパンツという少々露出度が高い服装。


 ちなみに言うと、志貴は赤色のTシャツ、黒いデニムパンツという格好だった。


 志貴の視線を不快に思ったのか、そのとき冬華が顔をしかめ、「キモッ」と志貴を罵った。


「すまん」


 志貴は冬華に謝った。


 けれど、冬華はさらに志貴を罵倒する。


「クサッ」

「……いくらなんでも、それは傷つく」

「なら死ね」

「なら帰れ」


 そこで初めて志貴は声を荒らげた。


 一方の冬華も、志貴を釜茹での刑に処すとばかり、怒りを露わにしていた。


 そんな志貴たちを仲裁するのは、羅奈だった。


「まあまあ、二人とも落ち着いて。そこまで険悪にならなくても……冬華もさ、そこまで過剰に反応しなくてもいいじゃん。

 志貴くんもさ、冬華のそういう言葉は軽く聞き流しなよ。

 ボクたち全員、仲良くしようよ。ね?」


 羅奈の言葉を聞いた冬華は、そっぽを向いた。


 志貴もそっぽを向こうとしたが、なんとなくそれはためらわれた。


 そして結局、

「昼食は頼んだ」

 と二人に頭を下げた。


「ふふっ、そうこなくっちゃね。――だよね、冬華?」


 羅奈は冬華のほうを見て、ほほ笑む。


 だが――。


「ごめん、ウチはパス。今ので料理を作る気、失せちゃった」

「嘘! えっ、嘘だよね……?」

「マジごめん。蓮華先輩には、あとで謝っておくから」


 相当ショックだったのか、羅奈は口を半開きにしたまま、しばらく動かなかった。


「……分かった。でも、ボクが料理しているあいだ、冬華は何しているの?」

「それな。……ウチさ、ちょっと志貴と話がしたいんだよね。だから悪いけど、羅奈は昼食作っていてくれる?

 ウチはこの変態に用事があるんで。――ねえ、あんたの部屋はどこなの?」


 冬華は途中まで羅奈に話しかけていたが、最後は志貴のほうに話を振ってきた。


「え、おれの部屋? いや、お前がいいのなら、案内するけど……いいんだな?

 おれの部屋に来た女は、全員無事ではなかったけど、それでもいいんだな?」

「あーね。でも大丈夫! ウチが無事じゃないのなら、あんたも無事じゃないから」

「……冗談だ。本気にするな」

「まあ、ウチは本気だけどね」

「キャア、コワイ、コワイヨ!」


 そのように志貴と冬華が盛り上がっているそばで、羅奈は料理をするために流し台で手を洗い、持ってきたエプロンをかけ、東堂家にある材料で昼食を作ろうとしていた。


「こっちだよ、おれの部屋は」


 志貴は冬華を引き連れ、自分の部屋に向かった。


 志貴の部屋にはマンガやジュブナイル小説、アニメやゲームなどのディスクが収納されている棚、小型テレビや教材が置かれている学習机、日常生活には欠かせないベッド、といったものが置かれていて、いずれもきちんと整頓されていた。


 志貴の部屋を眺めていた冬華、彼女はいきなり吹き出し、「あんたの部屋、もっと汚いかと思ってたし」と失礼なことを口にした。


「失礼な。こう見えて、おれは整理整頓ができる男なんだぜ」

「悪いけど、興味ないから」

「なんだと?」

「何々、口喧嘩したいわけぇ?」

「おう。ちょうど口喧嘩がしたかったんだ、おれ。するぞ、口喧嘩」

「いや、しないけど? って、そんなことはどうでもよくて……志貴、あんたにひとつ質問したいことがあるんだけど。だからさ、マジメに答えてくれる?」


 そのとき、志貴は冬華が何を質問しようとしているのか、瞬時に察した。

 志貴の表情が強張る。


 そして今、冬華は志貴に質問した。


「羅奈から聞いたけど……ウチが思うに、あんたが羅奈のことを好きだっていうのは、真っ赤な嘘。

 すべてはウチらを『えっち会』に誘うため、あんたと幻冬が考えついたこと……そうなんでしょう、志貴」


「……幻冬は違う。あいつはおれの提案に賛同しただけだ。

 幻冬は『ダークレモネード作戦』のための雑兵、つまりは下っ端。

 この作戦にあいつはほとんど関わらない。

 すべて、おれが考えつき、おれが実行したことだ」


「あーね。……だとしてもさ、純粋なあの子、羅奈をたぶらかしていいはずがないよね。

 てか、あんたは分かってんの? 羅奈さ、本気であんたのことを好きだよ。

 どうすんの、ねえ……あんたは羅奈を巻き添えにして、その結果、一人の乙女を本気にさせてんだよ?

 ねえ、分かってんの? あんたっ……本当にクズになっちゃうんだよ?

 それでいいのかって、ウチは聞いているんだって。

 ねえ、どうなの? どうなんだよ、このすっとこどっこい!」


「そ、それは……」


 今や、志貴の口の中は渇き、手足は震え、嫌な汗が額から流れ出していた。


「でもおれは……本当に羅奈のことが好きなんだ。いや、嘘じゃないんだ、本当なんだ。事情を話すから、だからどうか最後まで聞いてくれ……頼む、冬華」

「ほんっと往生際が悪いし、志貴は。だったら、死んで詫びろっての」

「本当なんだって、信じてくれよ、冬華……」

「うるさい、黙れクズ!」


 そのとき、騒ぎを聞きつけた羅奈が部屋をノックした。


「ちょ、ちょっと? 二人とも、仲良くだよ、仲良く!」


 冬華は志貴をにらんだまま、志貴から離れると、「あとで話そっか。……幻冬も交えてね」と志貴の部屋から出て行った。


 志貴は胸を押さえながら、その場に突っ立っていた。


「……大丈夫? 冬華から何か酷いこと、言われた?」


 羅奈は部屋に入ると、志貴の背中をさすった。


 それでさらに志貴の胸は痛んだ。


 志貴は羅奈にすべてを打ち明けようと、口を開いた。


 それで楽になるのなら、いっそのこと、という思いで。


「おれは……」

「ん、なあに?」


 しかし――。


「ふっ、なんでもない。ただの腹痛だ。てか……あの、トイレはどこですか?」

「えぇ……?」


 あきれる羅奈。


 そんな羅奈を見てから、志貴はドタバタとトイレに駆けこんだ。


 そこでしばらくのあいだ、志貴はトイレにこもり、涙ぐんでいた。

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