案じ合う二人
そのまま時間は流れ、やがて志貴は泣き止んだ。
羅奈は志貴から離れると、地面に横座りし、志貴をじっと見つめる。
羅奈は穏やかな口調で、志貴に「少しは落ち着いた?」と訊いた。
志貴は羅奈の目を見て話そうとしたが、それがどうにも気恥ずかしく、そっぽを向きながら「まあな」と羅奈に返事した。
「そっか。それならよかったよ」
心底安心したような羅奈の声に、思わず志貴は彼女のほうに目を向けた。
「どうしたの?」
「……お前、ほんとお人好しだな。
お前を騙そうとするため、おれはここで泣いていたのかもしれないんだぜ。それなのに、お前ときたら……慰めるだけじゃなく、おれにハグまでしてさ。
お前の見立てどおり、おれは悪者の中の悪者かもしれないんだぞ」
ガオー、と志貴は怪獣のような声を上げ、そのようなポーズを取った。
一方の羅奈はあっけらかんとしていた。
「そんなこと言っても、きみが泣いていたのは事実だよね」
「うっ」
志貴は胸を押さえ、苦しむ真似をする。
羅奈はクスクスと笑ったが、すぐにマジメな顔になる。
それを見て、志貴はおどけるのをやめた。
「あんな泣き方をするのは、よほどのことがあったからに違いない、そうボクは思ったんだ。そう、だからボクはきみを抱きしめた……ううん、きみを抱きしめたかった。
きみが悪者であろうとなかろうと、ボクはきみの悲しみを消したいと思った。……それにね、いつものきみに戻ってほしかったからだよ、志貴くん」
あくまでも羅奈は志貴を励ます役割に徹していた。
またもや志貴は心を揺さぶられ、涙を流すところだったが、今度はこらえた。
「そいつは結構。なぜなら、今のおれは平常に戻ったからな。もう元気いっぱいだぜ」
「ほんとかなぁ。まだまだ元気が足りないように見えるよ、ボクには。だって――」
「親父が言ってたんだ。おれは出来損ないだ、ろくでなしだ、ってな」
「……え?」
羅奈は息を呑み、信じられないとばかりに志貴を凝視する。
志貴は「ふっ」と寂しげに笑った。
「あのクソ親父、それまでおれたち家族のことをほったらかしにしていたくせにさ。
おれの出来の悪さをお袋と姉貴のせいにするなんて、マジ狂ってるぜ。……今にお袋も親父に愛想を尽かして、離婚届を親父に突き出すかも、なーんて」
「……志貴くんの家庭環境、そこまで悪いの、もしかして」
羅奈に言われ、志貴はここ最近の家庭の様子を思い返してみた。
仕事を言い訳にし、家族をほったらかしにする洋介。
傍若無人の洋介のせいで、日に日にやつれていく明日香。
そのような家庭環境のせいでストレスがたまり、幻冬との出会いをきっかけとして、好き放題に学校生活を送る志貴。
そんな家庭環境の中でも、きちんと勉強をするが、毎日のように家族と喧嘩をする蓮華。
東堂家の家庭環境は悪い、そう志貴は結論づけた。
志貴はそれらを羅奈に打ち明けると、羅奈は「そっか」と目を伏せた。
「どこの家庭も、そういう感じなんだね」
「そういうお前の家庭は、どうなんだよ。そっちは……大丈夫なのか?」
羅奈はかぶりを振った。
「古い価値観を持った両親ほど、嫌になるものはないよね。……ボクの一人称って、『ボク』だよね。でも、この一人称を両親はすごく嫌っているんだ。
女性らしくない、そう両親はいつも言うんだよね。
で、その一人称を使うたび、ボクは両親からお仕置きを受ける……そう、こんなふうに」
羅奈は自分の頬を手で軽く叩いてみせた。
志貴は眉をひそめる。
「それ、虐待じゃんか。警察呼べよ」
「うん、そうだね。虐待だね」
「なら……!」
「でもね、志貴くん」
羅奈は大まじめな顔になったかと思えば、いきなり破顔した。
「そんな嫌な両親でも、ボクにとっては大切な両親なんだ。……だからさ、警察とかに通報なんて、ボクにはできない」
志貴は唖然とした。
羅奈は達観していて、立派だ――そう志貴は感心した。
けれど一方では、志貴は大人の思考を持つ羅奈に不快感を持っていた。
そんな志貴の幼稚な思考を吹き飛ばすかのように、羅奈はこうも言った。
「でもね、もしもボクの限界が来たときは、そのときは警察とかには通報しない。そのときはボクが両親を……ふふっ」
その羅奈の言葉は謎があり、そして非常に物騒な言葉だった。
不気味に思った志貴の全身は、いつの間にか粟立っていた。
ゾクリ。
けれど、そんなことはおくびにも出さず、志貴は「それはなんとも頼もしい。お前、絶対立派な女性になるぜ」と羅奈をもてはやした。
羅奈は目を丸くし、そしてニコッとほほ笑んだ。
「志貴くんが元気になって、よかったよ」
「おう、サンキューな。――そして、だ……そろそろおれ、家に戻るよ。
もっとも、今のおれは自宅の鍵を持っていないけど……まあ、どうにかなるだろうよ」
「そっか。なら、家まで送るよ」
「ははっ、ご冗談を」
「え」
「え」
志貴と羅奈は口を半開きにしたまま、それぞれ見つめ合う。
そして、
「マジ、ですか……?」
「マジ、ですよ……?」
「……ははは」
「……あはは」
そのように志貴たちは気まずげに笑い合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます