お日様のレモネード
吉岡直輝
お日様のレモネード・脚本
お日様のレモネード 脚本
著:吉岡直輝
——1——
ナレーション 「お日様のレモネード。それは、神さまから送られた甘酸っぱくてちょっと苦い、人の心を映し出す不思議なレモネード」
「もし君が、心の中に悩みや痛みを抱えていて、それを誰にも打ち明けられない時。どうか、お日様のレモネードを飲みにきてください」
「人生のすいもあまいも、お日様のレモネードは知っています。そして……私たちも」
——2—— 通勤通学の時間帯、とある駅前通り、レモネード屋台の近く
小学生低学年くらいの子が屋台の前で泣いている。こはるが子供の目線に合わせて話しかける。
子供 「ううっ……ぐすっ……」
こはる 「う〜ん……ねぇ君、お名前なんていうの? どこからきたの? お家の人はどこ?」
子供 「ひっく……んっ……」
こはる 「どこで迷子になっちゃったのかな……ねぇ光! レモネードまだ〜?」
こはるが屋台の中の光を呼ぶ。
光 「ったく……うるせえガキは嫌いだ……」
こはる 「ちょっと! 愚痴ってないでちゃんと仕事してよ! 神さまに怒られちゃうよ!」
光 「わかってる! ……『人の心を開くレモネード』だろ、面倒くせぇな……」
光が手際よくレモネードを作り、こはるに手渡す。
光 「ほらよ」
こはる 「ありがと! ……ねぇ君、いいものあげる! ほらこれ、お日様のレモネードっていうの!」
子供 「……?」
こはる 「ちょっぴり酸っぱくて、と〜ってもあまい、『君の心をすっきりさせる味』! これ飲んで元気だして、泣くのやめよ?」
子供 「……いいの?」
こはる 「うん!」
子供がレモネードを飲むと、徐々に表情が明るくなった。
こはる 「ね、おいしいでしょ?」
子供 「……うん! おいしい!」
こはる 「えへへっ、それはね、神さまから送られてきたレモンで作った、特別なレモネードなんだよ♪」
光 「んなこと言ってる場合か、迷子はいいのかよ」
こはる 「あっ、そうだった! ねぇ君、お名前なんていうの?」
子供 「……はるき」
こはる 「はるきくんね! 私はこはるっていうの。おうちの人はどうしたの?」
はるき 「……おかあさんと、あっちの方ではぐれちゃって……」
子供の指差した方を見ると、なにやらこちらに向かって駆け出してくる女性が一人。
母親 「——はるき!」
はるき 「お母さん!」
こはる 「もしかして、はるきくんのお母さんですか?」
母親 「すいません、この子がご迷惑をお掛けしたみたいで……ん? これは……?」
はるき 「レモネード……おねえちゃんがくれたの」
こはる 「お代はいりませんから。お母さんも是非飲んでみてください!」
母親 「そんな……本当にいいんですか?」
光 「……味は保証しますよ」
母親がそう言われてレモネードを口にすると、子供と同じように張り詰めていた顔が徐々に明るくなった。
母親 「おいしい……! 甘いのに、スッキリと抜けるような……こんなレモネード、初めて……」
こはる 「えへへっ、喜んでもらえたならなりよりです! 今度はぜひ二人一緒に、いらしてくださいね!」
母親 「はいっ、本当にありがとうございました……!」
はると 「おねえちゃん、ありがと〜〜!」
母親、子供がレモネード屋から去っていく。
光 「おい、朝っぱらから売上ゼロじゃねぇか」
こはる 「いいじゃん、あの二人が幸せになってもらえたなら」
光 「いいわけあるか……」
こはる 「それよりさ、もしかして『探しものに出会えるレモネード』でも作ったの?」
光 「んな便利なレモネードはねぇよ」
その時、親子とレモネード屋のやりとりを偶然見かけていた女子高生がいた。
女子高生 「お日様のレモネード……変なの」
——3—— お昼頃、とある高校の教室
教室にお昼休みのチャイムが鳴り、女子高生が背伸びをする。
女子高生 「んあぁ〜〜、やっとお昼か……」
友達A 「ねぇ里美、今日も中庭で食べよ!」
里美 「うん、いいよ。あでも私、購買行って買ってこなきゃ」
友達B 「じゃあ、先行って待ってるね!」
里美 「うん、すぐいくよ」
——4—— 同時刻、食堂の中にて
市道里美が食堂近くに向かうと、幼馴染の一ノ瀬拓磨に出会う。二人は券売機の列に並びながら恥ずかしいのか、気まずいのか微妙な空気。
拓磨 「あ、里美……」
里美 「お、おう……拓磨も購買?」
拓磨 「んまぁ、そんなとこ。ってことは里美も」
里美 「あぁ、あたしはクラスの子たちと食べるから。悪いけど一緒にはいれないよ」
拓磨 「いや……誰も一緒に食わないかとは言ってないけど」
里美 「——え⁉︎ そ、そうよね……って! アンタがしょっちゅうあたしを誘ってくるから、変な勘違いしちゃったじゃないのよ!」
拓磨 「ひっでぇな、俺のせいかよ! いや、別にいつもそんなこと言ってるわけじゃ……ただ一緒に飯食ってくれる奴がいなくて寂しかっただけだし!」
里美 「自分でボッチ宣言すんのかよ」
拓磨 「何おう⁉︎ お前と腐れ縁じゃなけりゃ、俺だってさっさと彼女くらい——」
里美 「誰が腐れ縁ですって⁉︎ 昔っから面倒見てやったのはどっちだっつーの!」
拓磨 「お前は俺の母親かなんかか⁉︎ そうやっていっつもいっつも上から目線で偉そうにしやがって——」
里美 「高校入ってようやくカッコつけ始めた奴に言われたくはないわよ!」
歪み合っている二人を見て、列の後ろに並んでいた生徒たちが痺れを切らして言った。
生徒 「「「ちょっと‼︎ 早く買ってくれない⁉︎」」」
里美・拓磨 「「————すいません…………」」
無事に購買のパンを買った二人。余計に気まずそう。
里美 「……さっきは悪かったわね」
拓磨 「いや、俺の方こそ」
里美 「んじゃあ、あたし行くから」
拓磨 「おう——ってちょっと待て」
里美 「ん? 何よ」
拓磨 「あ、あのさ……放課後、ちょっと時間あったら待っててほしいんだけど……」
里美 「は? アンタ部活の練習でしょ?」
拓磨 「それは大丈夫だから。——大事な話があんだよ」
里美 「……あぇっ⁉︎」
拓磨 「じゃ…………よろしくっ」
里美 「ちょ、アンタ……⁉︎」
拓磨が逃げるように里美の前から去ってしまう。
里美 「嘘でしょ……」
——5—— その後、中庭にて
里美 「ごめん、お待たせ」
友達A 「遅かったね、なんかあったの?」
里美 「いや、拓磨にばったり会っちゃってさ……あはは」
友達B 「一ノ瀬君? あぁ、二人って幼馴染だもんね。イチャイチャ長話でもしてったわけですか〜♪」
里美 「違うっての! 別にアイツとはそんなんじゃないし」
友達A 「ほれほれ、クールビューティー市道里美の顔がニヤけて台無しだぞ〜」
里美 「二つ名ダサっ」
友達B 「それでそれで? 一ノ瀬君とは何話してたの?」
里美 「いやぁ別に? なんか放課後付き合えとかなんとか言ってたけど、どーせロクな用事じゃないだろうし」
友達A 「嘘! まさか告白されちゃったりして!」
里美 「あはは……冗談きついって」
友達B 「……あっ。そういえば里美の誕生日って今週末でしょ? もしかして何かプレゼントしてくれるつもりなのかも!」
里美 「あぁ……どーかな……」
友達A 「わざわざプレゼント用意したくて呼び出すなんて、もうぜったい里美のこと好きじゃん!」
里美 「もうっ、からかわないでよ……」
——6—— 放課後、教室にて
放課後になり教室から出た里美は、拓磨のことを考えながら廊下を歩く。
里美 「はぁ……午後の授業ぜんっぜん集中できなかった……」
里美 (大事な話ってなんなのよもう……変な勘違いされて恥ずかしかったし、大した用じゃなかったらぶっ飛ばしてやるんだから……!)
里美 (でも、あの感じ……ホントに告白とかされちゃったりして——ってありえない‼︎ ヘタレ拓磨のすることだし‼︎)
里美 (まぁ……誕生日プレゼントの話だったら……ちょっと嬉しいかも。へへっ♪)
——7—— 同時刻、職員室前
先輩A 「おーい一ノ瀬〜‼︎」
拓磨 「あ、先輩、お疲れ様です」
先輩A 「悪い、この後時間あるか? ちょっと手伝って欲しいことあるんだけどさ」
拓磨 「あ……でも俺今日は練習参加できないって——」
先輩 「事務作業みたいなやつだけだから! 時間取らせないし、頼む! 俺一人じゃ手が足りなくてさ」
拓磨 「あ〜……わかりました。まぁちょっとだけなら」
先輩 「助かるわ! 流石断れない男!」
拓磨 「あはは……お人好しなんで」
拓磨 (……ちょっとだけなら待たせられるか……?)
——8—— その後、校舎前
里美 「…………遅い」
里美 (もう一時間近く待ってるのに……部活の練習ないんじゃなかったの?)
里美 「……まーたアイツ、断れなくなってるのかな……」
里美 「帰ってから連絡入れるか……」
里美が校門へ向かおうとすると、中庭で拓磨が女子の先輩と話しているのを見かける。
拓磨 「ホントすいません! 先輩にも迷惑をかけてしまって!」
先輩B 「いいのよ、これくらい。一ノ瀬くんが大変そうにしてるの、放っておけなかったし。こーんなに健気で可愛い後輩をこき使うアイツにも、今度きつーく言っとくから。例の件、頑張ってね」
拓磨 「えへへ……恐縮です」
里美 「……っ‼︎」
里美が二人の会話を聞いてしまい、逃げるように校門を出る。
里美 (あれ……あたし、なんで走ってるの……⁉︎)
里美 (アイツがまた人助けしてて……約束だってすっぽかしてたわけじゃないってわかってるのに……‼︎)
里美 (なんなのよアイツのあの顔……あんなに嬉しそうで、あたしといるときなんかよりもずっと……っ‼︎)
走り続けた里美が突如として立ち止まり、ポロポロと涙をこぼし始める。
里美 「あぁ……あたし、なんで今さらこんな気持ちに気づいちゃったんだろ……‼︎」
——9—— 数分後、とある駅前通り、レモネード屋台の近く
こはる 「お日様のレモネード、いかがですか〜! 神さまからの贈り物、飲んだらみんなが幸せになれる、お日様のレモネードですよ〜!」
光 「……宣伝からして胡散臭そうだな」
こはる 「ホントのことじゃん!」
光 「朝方の親子以来客が来ねぇのはどういうことだよ」
こはる 「それは……お店だって、まだ開店してちょっとしか経ってないし!」
光 「じゃあ地道な宣伝、頑張れよ」
こはる 「光もやるの!」
光 「俺は調理担当だから。バカ元気なのはお前に任せるよ」
こはる 「むぅ〜〜っ‼︎」
その時、こはるが何かに気づいたように駅前通りを見る。
こはる 「——あの子、泣いてる」
光 「……あぁ?」
里美 「……っ‼︎ んぐっ……‼︎」
光 「ホントだな——っておい、こはる!」
こはるが光の呼びかけを無視して里美の元へ駆け寄る。
こはる 「ねぇあなた、大丈夫? とっても悲しそうだけど……」
里美 「……え?」
こはる 「何かあったの? あなたの心が叫んでるの、とっても悲しいよって」
里美 「……あんた、何言ってるのよ……」
こはる 「そうだ! レモネード! あなたに飲んで欲しいの! とっても悲しい心を、私たちの作るレモネードで癒してほしいの!」
里美 「だから、突然何ってるのって……」
光 「ったく、あのバカ……」
光もこはるを追いかけるように里美の元へ向かう。
光 「すいませんおねーさん、こいつ変な奴なんで。……あの、もしよかったらウチのレモネード飲んで行きません? まぁ、気休めかもしれませんが、さっきからボロボロこぼしてる涙は止まると思いますよ」
里美 「……あぁ、朝見たレモネード屋か……。悪いけど、今そういう気分じゃないから」
里美が二人の前から去ろうとする。
こはる 「あっ、お願い待って!」
里美 「——っ‼︎ もう! アンタたちには関係ないでしょ‼︎ 構わないで言ってるの‼︎」
こはる 「……」
里美に声をかけることができず、こはるは呆然とする。
光 「……お前が突然あんなふうに話しかけるからだよ。もうちょっと加減っていうものを——」
こはる 「お願い光。『本当のことが話せるようになるレモネード』作って」
光 「……ホントおせっかいだな、お前。わかったよ」
屋台に戻ろうとした光は、そこでこちらを悲しげな表情で見つめる拓磨を見つける。
光 「……あぁもう、今日は本当にめんどくせぇな」
——10—— その後、駅前近くの公園
里美 「……あたし、どうしちゃったんだろ……」
公園で一人ただずむ里美を見つけたこはる。
こはる 「……見つけた! ねぇ! あなた——ってうあああああっ⁉︎」
里美 「……えっ? ちょ、大丈夫?」
盛大に転ぶこはるに里美が気づく。
こはる 「あっはは……レモネードはセーフ……」
里美 「あんた、さっきのレモネード屋……」
こはる 「うん! やっぱり持ってきて正解だったね。あなたはまだ、すっごく悲しそう」
里美 「またそれか……」
こはる 「……レモネード、飲んでくれない?」
里美 「飲んだからどうなるってわけじゃないんだし……それ、いくらするのよ」
こはる 「お代は……いらない! あなたにこのレモネードを飲んで、幸せになってほしいから!」
里美 「……それ、今朝来てた親子にも同じこと言ってわよね。あんた、誰にでもそんなことしてるの?」
こはる 「ううん! 今朝の男の子とあなたは特別!」
里美 「……はぁ?」
こはる 「だって、『泣いてたから』。私、『そういう人見ちゃうと、放っておけなくなっちゃう』みたいなんだよね」
里美 「とんだお節介なのよ、それが」
こはる 「お節介でも、飲んで欲しいの! 何か悲しいことがあったんだよね? 話してくれるだけでもいいから、なんとか助けになってあげたいの! できれば、レモネードでだけど……」
里美 「……アンタには関係ない」
こはる 「——っ」
里美 「——なんて言ったって、聞いてくれないんでしょ?」
こはる 「……じゃあ!」
里美 「なんかあの夕焼けを見てたら、無性に甘酸っぱいものが飲みたくなっただけよ。それだけだからね」
こはる 「……うん! じゃあどうぞ! お日様のレモネード特製、青春味だよ!」
こはるから手渡されたレモネードを、里美がゆっくりと飲んでいく。
里美 「……おいしい」
里美 「……口に入れた瞬間はびっくりするくらい甘いのに、後から苦いくらい酸っぱい味がいっぱいに広がって……」
こはる 「……うん」
里美 「……アイツとどういう関係でいたいのかずっとわからないまま……高校まで同じとこに入って……なりゆきの仲に甘えっぱなしだったあたしは……。迷ってるうちに、アイツはどんどん離れていくみたいな気持ちになっちゃって……」
こはる 「……うん、うん」
里美の口から言葉が紡がれていくたびに、再び彼女の目から涙が溢れていく。
里美 「あたし……今さら拓磨のことが好きなんだって気づいちゃった……‼︎」
——11—— 同時刻。駅前通り、レモネード屋台の近く
通りの向かいからこちらを眺める拓磨を光はじっと睨んで呼びかける。
光 「……おい、そこのお前」
拓磨 「……えっ?」
光 「さっきからジロジロ俺らのこと見てただろ、もしかしなくてもさっきのおねーさんの知り合いか?」
拓磨 「……やっぱりさっきのは、里美だったんですね……」
光 「ふーん……どういう訳であの人が泣いてるのか知りたいわけでもなかったが……そういうことか」
拓磨 「あの……里美は」
光 「俺が知るかよ。あの人を泣かしたのはお前なんだろ」
拓磨 「……そう、なんですかね」
光 「あん? ……つーかアンタ、何しにここに来たんだよ。自分で振った女を慰めにきたわけでもねぇだろ?」
拓磨 「……振った? 俺が?」
光 「……チッ、マジでめんどくせぇな、コイツは」
——12—— その頃、駅前近くの公園
こはる 「そっか……その気になってた男の子が……」
里美 「勝手に変な期待しちゃっていい気になっちゃってさ……。アイツのこと、あたし何にも知らなかった……。あんなに嬉しそうな顔見ちゃったら、もう居ても立っても居られなくて……」
こはる 「……まだ諦めるのは早いよ! だって、その子に好きな子がいるなんてわからないんだから! あなたのことちゃんと見えてないなんてあるはずないんだよ!」
里美 「そう、なのかな……」
こはる 「……もしかしたら、お互い誤解してるのかも! 一度ちゃんと話し合ってみれば、きっと大丈夫ってわかるよ!」
里美 「……アンタ、ホントいい子だね」
——13—— 一方、駅前通り、レモネード屋台の近く
光 「ほぉ……んで、お前は終わらなくなった事務作業を女の先輩に手伝ってもらったついでに、あの里美っていうねーちゃんの誕生日に送るものを相談してたってわけだ」
拓磨 「……そのつもりだったんですけどね」
光 「だとしたら、ぜってぇ誤解してんだろ、あのねーちゃん」
拓磨 「……そう、見えたのかもしれません」
光 「なんだよ、さっきから覇気がねぇな」
拓磨 「いや、その……どう受け止めたらいいんだろうって思って」
光 「嫌じゃねぇんだろ? 実際、お前にもあのねーちゃんに気があってプレゼントを用意しようとしてたわけだし」
拓磨 「まぁ、そうなんですけど……里美は、俺が別に好きな人がいると思ってるとしたら……どう誤解を解いてあげたらいいのかなって」
光 「簡単だろ、告れ告れ。もう言っちゃえよ、その方が早ぇだろ」
拓磨 「いや、そう簡単には……あんなに泣かせた後だし……かける言葉がないですよ……」
光 「……でもよ。実際勇気を振り絞ってひとこと言えれば、それで解決する話だろ? まだ取り返しがつくんだし、今始めないともっと面倒なことになるぞ」
拓磨 「そう、ですよね……勇気さえあれば……」
なかなか一歩踏み出せない拓磨に、光は黙って厨房に向かった。
拓磨 「……何をするんですか?」
光 「俺はな……結局こはるの奴と似たようなもんなんだ。『迷ってるやつがいると、適当に背中を押したくなる』んだよ。そう言うふうに体ができちまってるんだ」
拓磨 「……え?」
光 「俺が思うに、人間っていうのは単純なもんだ。『人は人が思ってる以上に単純に変わることができる』。俺はそれを知ってる。魔法だろうがなんだろうが、そういう力は確かにあるんだ」
拓磨 「それ……レモネード、ですか?」
光 「知らねえか? お日様のレモネード。神さまからの贈り物だ。これでも味は保証する」
光が完成したレモネードを拓磨の前に差し出す。
光 「『惚れた女に告白できるようになるレモネード』はねぇが……『一歩踏み出す勇気をくれるレモネード』なら、ほらよ」
拓磨 「……いいんですか? いただいちゃって」
光 「俺はこはるほど甘くはない。あのねーちゃんとの問題が解決したら、金を払いに来い。それまでは待ってやる」
拓磨 「じゃあ、いただきます……」
拓磨がレモネードを飲むと、一口入れただけで咽せた。
拓磨 「——ごほっ⁉︎ がはっ⁉︎」
光 「うちの店でもこれだけ……どきつい強炭酸とライムショット、仕上げにラズベリーをぶち込んだしたスペシャルブレンドだ。……どうだ? こいつを飲み干しちまえば、どんな困難だって乗り越えられる……気がするだろ?」
拓磨 「こ……こんなのが、本当に効果あるんですか……⁉︎」
光 「少なくとも、『好き』の二文字を口から吐き出すのは楽になるはずだ」
拓磨 「……」
拓磨はレモネードをじっと見つめると、勢いよく口の中に流し込んだ。
光 「うわぁ……」
拓磨 「…………うっ」
なんとかレモネードを全て飲み干した拓磨の顔は、先ほどよりも自信に満ち溢れたような顔つきになった。
拓磨 「——ご馳走様でした」
光 「……はっ、いい顔してるじゃねぇか。その様子なら、あのねーちゃんに会ってくる度胸くらいはついただろ」
拓磨 「そうかも……しれませんね。なんとかならないかもしれないけど……行ってきます。俺の中で、里美に伝えなくちゃいけないことは確かにあるから」
光 「……そうか」
拓磨 「本当に……ありがとうございました、お代は必ず払いに来ます。それじゃあ!」
拓磨が公園の方へ走っていく様子を、光が呆然と見つめる。
光 「……『探しものが見つかるレモネード』、ね……まさかレシピをこんなところで使う羽目になるとはな」
光 「勇気なんてものは、本当に必要な時には勝手に湧いてくるもんだ。身体が勝手に動いてたってな。……そうだろ、こはる」
——14——
その後、こはると里美の元に拓磨が駆けつけ、二人の誤解は溶けた様子が描かれる。
——15—— 日が暮れるころ、駅前通りのレモネード屋台
こはる 「……ねぇ光。もしかして拓磨くんを里美ちゃんのところに向かわせてあげたのって、光?」
光 「あぁ? 拓磨なんてやつしらねぇよ。俺はお前がいない間にたまたまレモネードを飲みにきた客がいたから、出してやっただけだ。金だってきっちりもらう予定なんだからな」
こはる 「……ふふっ、そっか。ありがと」
光 「だいたいお前は店を開け過ぎなんだよ。俺一人のワンオペでレモネード屋が回るわけねぇだろうが。もっとしっかりしろ」
こはる 「はいはい、光も愚痴ってないで、ちゃんとみんなが幸せになるようなレモネード作ってよね。もう絶対、むせ返るような味のレモネードは作らないこと」
光 「……はっ、そんなのを飲みたがる客はいねぇよ」
その時、屋台の後ろにゴトン、という音が響き、いつの間にか新しいレモンが沢山詰まった、天使の絵が書いてある段ボール箱が置いてあった。
こはる 「あっ! 神さまからレモンが来たよ! ねぇ、光!」
光 「わかってる! ……ま、今回も悪くねぇみたいだな」
こはる 「えへへ……これでまた、いーっぱい人を幸せにするレモネードができるね♪」
こはるの心底嬉しそうな表情を見て、光が固まったように何も言わなくなる。
光 「……」
光 (……こはる。俺たちの……俺たちの、本当の幸せは……)
光が何も言わないままこはるの頬に触れようとする。
こはる 「……ちょっと、光?」
こはるの声に我を取り戻したかのように手を止め、立ち上がる光。
光 「……ん。あぁ、そうだな」
こはる 「……どうしたの?」
光 「……いや、面倒臭せぇなって。いつもいつもレモネード作るのは、俺の仕事なんだから」
こはる 「もう、またそういうこと言って!」
光 「へへへっ……ま、たまには頑張ってやるよ」
こはる 「たまにじゃなくて、いつも頑張るの‼︎」
—完—
お日様のレモネード 吉岡直輝 @YossyZN6
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