性格が悪い魔王と勇者
ネオン
魔王城にて
数百人が余裕で入ることが出来そうな謁見の間。
そこで勇者一行と、仮面をつけた魔王が対峙していた。
戦闘態勢の勇者一行。警戒心が込められた鋭いまなざしを魔王に向ける。
緊張がうかがえる勇者一行とは対照的に、背もたれが大きく、金の装飾がこれでもかと施された豪華な玉座に悠々と座る魔王。
5人の勇者一行に対して、たった一人の魔王。
人数的に不利な状況にもかかわらず、魔王は目の前の勇者一行を全く脅威として認識していないようだ。
魔王を倒せ。
これがスネーク帝国の皇帝サーペントから勇者一行に下された命令である。
スネーク帝国は、ここ数年、魔王に国民を惨殺され続けている。
魔王から国を守るため帝国は、これまで幾度となく魔王討伐を掲げて冒険者を魔王領に派遣してきた。
しかし、魔王の討伐は一度として成功しなかった。
派遣した冒険者はすべて消息不明。
有力な冒険者が次々と死んでいき、もう諦めるしかないという空気が国中に広がりつつあった。
国中が絶望に包まれ始めている中、一筋の光が差した。
勇者の誕生である。
教会に、
魔王を倒すことが出来る勇者が出現した、と。
国中が歓喜した。
突如現れた希望により、帝国中が光に照らされた。
国から重々しい雰囲気が一気に消え去った。
彼らは勇者が身近な脅威を排除してくれると確信した。
なぜなら、蛇神様からのお告げだからである。
勇者一行は、国中の重すぎる期待と希望を背負って魔王を倒す旅に出たのだ。
魔王は警戒心むき出しの勇者たちを嘲笑う。どこか楽しそうにも感じる。
「ははっ。まあ、そんな警戒するなよ。取って食ったりしねえからさ。まずそうだし。じゃあ、とりあえず、初対面ということで自己紹介でもしようぜ。俺はアイザック。知っての通り魔王だ。お前らは?」
魔王の問いかけに、赤い蛇の目のような丸い石がついたサークレットをつけ、白いマントを羽織り、柄に蛇があしらわれた剣を持った青年が口を開いた。
「あなたに名乗る必要性を感じません。さっさとあなたを倒して、わたしたちの国を恐怖から救います。それが私、勇者の使命ですから」
勇者の口調と、魔王を見据える視線から強い意志を感じる。勇者の後ろに並んでいる仲間たちも鋭い視線を魔王に向け続ける。
「あははっ。俺が想像してた通りの答えだな。よし、今ので分かった。お前らが自分の名前も名乗れないような礼儀知らずってことがな」
魔王の言葉に勇者一行が怒りを露わにした。
重そうな斧を持った筋骨隆々な男が、怒りに任せて魔王に飛び掛かろうと足に力を入れる。
それをすぐに察知した魔王は、今にも飛び掛かりそうな彼の方を見た。
その瞬間、今までに感じたことのないような恐怖が勇者一行の背筋を走った。
斧を持った男は足がすくみ、その場から動けなくなった。
魔王の格の違いを残酷なほど鮮明に突き付けられた。
勇者一行の顔が恐怖で強張る。
「そんなカリカリするなよ。寿命縮まるぞ。安心しろ、名乗らない無礼は寛大な心で許してやる。まあ、お前らが名乗らなくても、お前らの経歴はすべて把握してるんだけどな」
魔王は、今言ったことが、はったりではなく事実であることを見せつけるかのように勇者一行の名前と経歴、家族構成まですべてを淀みなく説明し始めた。
斧を持った男、ハロルド。17歳。熊の獣人。5つ年の離れた妹と二人暮らし。妹を守るために体を鍛え、妹を学校に行かせてやるために勇者の仲間に志願した。
魔王討伐を成功させたあかつきには、多額の賞金が手に入る。
魔法使いの女、リリィ。エルフ。27歳。一人暮らし。家族はいない。国で1番の治癒魔法の名手。サーペント皇帝から直接依頼を受け、勇者の仲間になった。
大きな盾を持った大男、フランク。30歳。人間。気難しい高齢の父親がいる。父親から離れるために、魔王討伐に参加した。
大鎌を持った女、クロエ。15歳。犬と猫の雑種の獣人。両親と、兄が1人、姉が3人、妹が1人いる。問題行動を起こしすぎて、家を追い出されたから、居場所を求めて勇者に同行した。
「そして、勇者、トマス。23歳。11歳の時にスネーク帝国の修道士に拾われた。拾われる前の記憶はなし。去年、蛇神から“勇者”の信託を受ける。戦闘全般が得意。……これぐらいかな。足りないなら、もっとしゃべるけど、どうする?」
すべてを把握されている恐怖に何も言えない。皆が恐怖に飲まれている中、勇者だけは違う反応を見せた。恐怖ではなく、驚きの表情を浮かべているのだ。
「なぜ、私の年齢を断言できる?私の確かな年齢はわからないはずです」
「さあて、なぜでしょうかね」
「はぐらかさないでください。私のことを知っているのですか?」
「ははっ。必至だね。そんなに自分のこと知りたい?」
勇者は、知りたいです、と即答した。魔王にすがるようなまなざしを向ける。
「お願いです。教えてください。私は誰なのですか?自分のことなのに何もわからない。そこで生まれて、どこで育ったのか。どうして記憶がないのか。今までわたしを知っているというひとは1人もいませんでした。わからないのは、怖いんです。だから、どうか、どうか、教えてください」
懇願する勇者を見て、魔王は爆笑した。腹を抱えて笑う。なんとか笑いをこらえて話そうとするが、噴き出してしまってうまく言葉を発することが出来ない。魔王はしばらく笑い続けた。
「あー、お腹痛い。魔王なんかに、ぷっ、懇願、ははっ、しちゃってさ。あはっ、面白すぎるだろ」
勇者は奥歯を強くかみしめる。
「いいぜ。教えてやるよ」
そう言うと魔王は立ち上がり、一瞬で勇者に近づいた。勇者があと1歩踏み込めば、剣での攻撃が届く距離である。顔を青ざめさせていた勇者の仲間たちも、何とか気を取り直して武器を構えて、魔王をしっかりと見据えた。
魔王が仮面に手を掛ける。
勇者一行は警戒を強めた。
魔王の仮面が外された。
仮面の下を見て、勇者一行は愕然とした。
魔王はニッコリと口角をあげる。
「あははっ。そんなに驚いた?まあ、驚くのも無理ないか。だって、魔王と勇者の顔が全く同じなんだもんな。『驚きの事実!魔王と勇者は実の双子だった!』ってかんじか?」
「……ふたご?わたしと、まおうが?」
勇者は目を丸くした。
「そんなのうそよ!騙されないでトマス。きっと、魔王は、何か魔法を使って、トマスの顔を模倣しただけよ!」
クロエがそう叫んだ。
同調するように、その他の勇者の仲間たちも口々に魔王の言葉を否定し始めた。
彼らは勇者に対する絶対的な信頼がある。
その信頼は盲目的と言っても過言ではない。
彼らは今まで自分が受けたことのない優しさを勇者から与えられたのだ。
ミスをしても怒らずにフォローをして、窮地に陥ったら助けてくれる。
今までの環境では得られなかった優しさに彼らは感動し、すぐに勇者に心を奪われた。
クロエたちは、そんな優しい勇者、トマスが魔王の血縁者だなんて信じられないのだ。
いや、考えたくない、と言った方が正しいだろう。
残虐で残忍な魔王の血が、親身で温和な勇者に流れているだなんて。
「うるさいから黙れ」
魔王に黙れと命令された勇者の仲間たちは、口をパクパクと動かすものの、音を発することが出来ない。
恐怖で声が出なくなった、のではなく、出したくても声が出せなくなったのだ。
「あはっ。間抜けだねー」
「魔王!彼らに何をしたんですか!」
勇者は魔王を鋭く睨みつけた。
「うるさかったから黙らせただけだぜ。気にすんな。そんなことよりも、俺の仲間にならないか?国に利用されるだけの勇者なんかよりも、俺と兄弟水入らずで楽しく暮らそうぜ」
「国に利用されている?そんなことはありません。帝国の方々は優しいです。捨て子だった私を拾い、育ててくださったことを感謝しています。ですから、私は命令されてしょうがなく勇者をやってるわけではなく、国に恩返しがしたいからやっているのです。それに、蛇神様のお告げは絶対ですから」
勇者の意志は固いようだ。後ろにいる仲間たちの大きくうなずいている。
魔王は、国に対する忠誠心が高い勇者に、なぜか憐みのこもった目を向けた。
「トマス、お前は騙されている。そもそも、蛇神なんて存在しないんだ。だから、トマスに言い渡された神託なんてものはただの作り話に過ぎないんだよ」
「蛇神様を、私の大切な国を、侮辱しないでください!」
勇者が怒鳴った。
「まあまあ、そう怒るなよ。今から、スネーク帝国の真実と、お前の真実を教えてやるよ。まずは、トマスが知っているスネーク帝国の歴史を教えろ。簡単でいいぜ」
勇者は少し迷った後、淡々と語り始めた。
「……昔、この世界は戦乱があちこちで起こり混沌としていた。それを収めたのが、蛇神様だ。蛇神様は戦乱をあっという間に鎮め、自身の配下を数名残して去っていった。その配下の子孫が
「じゃあ、今から間違っているところを訂正してやる。まず、蛇神はいない。戦乱の世は強大な力を持つ指導者の出現によっておさまった。そして、蛇人は戦乱のが収まる前からずっと存在していた。ただし、奴隷、としてな」
勇者一行は驚きの表情を浮かべた。
蛇人が奴隷だったなんて信じられないからだ。
スネーク帝国で蛇人は特別である。
国の要職に就く種族はすべて蛇人であり、国を支配しているのは蛇人である。
蛇人には3つの特権が与えられている。
1つは居住地。蛇人しか入れない街がある。蛇人以外の種族が侵入した場合、どんな理由であっても処刑される。
2つ目は職業。蛇人は優遇される。蛇人を先に採用して、余ったら他の種族が採用される。もちろん、蛇人以外の種族には出世の道はない。
3つ目は刑罰。蛇人の刑罰は軽い。何をしても死刑にはならず、奴隷に堕ちることもない。
蛇人に対する不満はあれど、反抗するものはいない。勝てないのはわかっているし、蛇人に逆らわない限り、ある程度自由な生活が送れるからだ。それに、蛇人たちのおかげで魔獣から国が守られていることを知っているからである。
「信じられねえようだな。蛇人たちは小さな行動を地道に起こし続け、ついに国をひっくり返した。権力者は皆殺し。従わないやつらも皆殺し。従順な奴らには教育という名の洗脳を。こうして今のスネーク帝国は完成した」
勇者が反論しようと口を開こうとしたが、魔王にさえぎられた。
「まあ、信じられねえか。じゃあ、次はお前、トマスについて教えてやる。トマスと俺はずっと二人だけで生きてきた。物心ついた時から二人っきり。たった二人の家族だ。それなのにあの日、俺が森で食料を調達してお前が待つ住処に帰る途中、お前が数名の蛇人の修道士らしき人に連れ去らているのを見た。だから慌てて追いかけた。俺は必死にお前を取り戻そうとした。でも……」
魔王は悔しそうな、悲しそうな表情を浮かべた。
「でも、子供の力じゃ敵わなかった。だから、逃げた。殺される前に逃げた。必死に逃げて、何とか生き延びた。逃げた先で、鳥人に拾われた。それで、彼らの村で育った。鳥人は最も差別されている人種だって知ってるだろ?そんな鳥人のように帝国では生活できない者たちが集まった村だった。そこで俺は決意したんだ。スネーク帝国を滅ぼして、トマスを救い出すってな。お前を見捨てて逃げたって思われて憎まれたっていい、って思ってた。実際、見捨てたも同然だったからな。トマスに会って、1人にしたこと、1人で逃げたことを謝りたかったんだ。なあのに、それなのに、お前の記憶は消されてるし、勇者とやらになって俺を殺しに来るし、あーあ、ほんと、なんなんだよ。俺はお前に愛情を注ぎたいのに、お前は俺に敵意しか向けないし……」
魔王は何かをこらえるような表情になった。
スネーク帝国に育った者たちは、魔王の話の内容は到底信用できるようなものではなかったが、魔王が噓を言っているようには見えないので、混乱した。
魔王の表情や声からは、兄弟を奪われた悲しみが痛いほどに伝わってくる。
何が嘘で何が真実なのか。
もちろんスネーク帝国で教わったことを信じるべきなのは頭ではわかっているのに、魔王の話を嘘だとは思えないのだ。
魔王は、らしくねえな、と自嘲するように笑い、そして、元の楽しそうな笑みに戻った。
「というわけなんだ。あ、あともう一つ。お前の頭についてる、赤い蛇の目みたいな丸い石がついた冠?みたいなやつ。その石、お前の記憶封じる、手助け?みたいなことしてる。だから、その石を破壊すれば記憶は戻るよ。こうやってな」
魔王が赤い石に触れた瞬間、バリンと砕け散った。
ボロボロになった石は色を失い、真っ黒になった。
勇者が下を向き、頭を押さえて苦しそうにしている。
仲間たちは、心配そうに見つめている。近寄りたいが、動こうとすると魔王ににらまれるため動けない。
しばらくして、勇者が顔をあげ、戸惑ったように目の前の魔王に呼び掛けた。
「にい、さん?」
「思い出したか、トマス」
勇者は、もう一度、今度ははっきりと、兄さん、と呼ぶと、魔王に抱き着いた。
勇者の仲間たちからは、勇者の後頭部と、勇者の方に顔をうずめた魔王の頭頂部しか見えない。二人とも肩を震わせている。
兄弟の感動の再会である。
これが魔王と勇者じゃなければ手放しで喜べたが、勇者の仲間たちは目の前の状況に困惑している。
もし、勇者が魔王側に寝返ったら、帝国が終わる。
勇者の仲間たちは一抹の不安を覚えた。
しばらくして2人の抱擁が終わった。
勇者の仲間たちは緊張しながら2人の動向を見つめる。
「なあ、俺と一緒に来いよ」
魔王は勇者の肩をつかみ、優しく微笑みかけた。
勇者は魔王の方を向いたまま微動だにせず、何も言わない。
勇者の仲間たちは、勇者の表情が見えないことも相まって、勇者がいなくなってしまうかもしれないという不安が増す。
魔王がパチン、と指を鳴らす。
「お前ら、もう喋れるぞ」
クロエが真っ先に口を開き、涙を流しながら叫ぶ。
「ねえ、トマス!お願い、戻ってきて。私にはあなたが必要なの!家族よりもあたしのことを見てくれた。あたしのことを見てくれる人間なんてあなたが初めてなの。だからお願い。どこかに行かないで……」
次にリリィが優しく語りかけた。
「私にとって1番大切なのはあなたなの。私にとって唯一の家族。お兄ちゃんみたいだなって、勝手に感じてた。私の方が年上なのにね。あなたを失うのが怖い。また1人に戻るのが怖いのよ」
ハロルドがぶっきらぼうに話し始めた。
「お前が初めてなんだよ、不器用な俺を受け入れてくれたのは。表情が怖くて、口が下手な俺は、よく怖がられていたけど、お前は怖がらずに接してくれた。失敗しても殴らなかった。それだけで俺は嬉しかったんだ。だから、俺らと一緒にいてくれ」
フランクが涙を浮かべながらゆっくりと話し始めた。
「あんただけ、が、おれ、の、話し、を、聞いて、くれた。人見知り、で、勉強が、できないおれ、を、受け入れて、くれた。親父は、おれなんて眼中になくて、優秀な、養子を取ろうとしていた。だから、どこにも行かないでくれ。どうか、おれたちと、一緒に、いて。離れないで、欲しい」
勇者は口々に、勇者に対する思いを口にした。
勇者は体を仲間たちの方に向けて、ありがと、と言って微笑んだ。
クロエ、リリィ、ハロルド、フランクは、勇者が自分たちを選んでくれたと思って顔に喜びの表情が浮かんだ。
「私も、君たちのことは本当の家族のように思っていました。私の心にぽっかりと空いた穴が君たちで塞がった、ような気がしてただけだった。今、兄さんと再会してそれが分かりました。兄さんに会ってほっとしました」
クロエが勇者の言葉をさえぎった。
「あたしたち頑張るから。もっともっと頑張って、トマスの居場所になるから!」
勇者はこぶしを強く握った。
「口では簡単に言えても、それは絶対に不可能です。居場所になる、なんて軽々しく言わないでください」
勇者はクロエの言葉を冷たくあしらった。
「あなたたちにわかりますか?『自分』がわからなくて不安な気持ちが。何もかもわからなかった時の気持ちが。虚無感が。そして、兄弟に会って心の空洞が埋まった感覚が、安心感が。だから、私は魔王に、いえ、兄さんについていきます」
クロエたちの顔から表情が無くなり、目には深い絶望の色が浮かんでいる。絶望、悲しみ、喪失感、失意、空虚感など、さまざまな感情が渦巻く。
勇者、トマスという、唯一の希望、唯一の居場所、唯一の光を失った彼らの虚無感は計り知れない。
魔王が勇者の隣に並んだ。
勇者の表情からは感情が読み取ることが出来ない。
魔王は満面の笑みを浮かべている。
「はははっ。何とも滑稽だな。なあ、トマス。でも、この見世物はもう飽きた。だから、お前の手でこいつらを殺せ。できるだろ?」
魔王が試すように問いかけると、勇者は頷いて剣をクロエたちに向けた。
勇者はためらわずに剣を横に一振りした。
クロエたちは腹部を切断され、ばたりと倒れた。
切断面からは血が流れている。
深い絶望と悲しみが彼らの感じた最後の感情だった。
彼らはもう息をせず、何も聞こえず、瞳には何も映していない。
だから幸福なことに彼らは知らない。
魔王と勇者が涙を浮かべて大爆笑していたことを。
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