明日死ぬ彼女と、今日セックスする話

華川とうふ

俺たちにコンドームが必要ない理由

「ねえ、コンビニよる?」


 いつものデートの帰り道、彼女は俺の袖をひっぱりながら言った。


「なに、アイスが欲しいの? 詩音って、分かりやすいな」

「も~、ばれちゃった?」


 詩音がペロリと舌を出しておどけるので、俺はこらっと手をあげるふりをする。


 きっと俺たちは周りからみたら、仲の良い普通の高校生カップルそのものだろう。

 今日は学校をさぼって二人でデートをした。

 詩音の希望で海に行った。

 夏はとっくに過ぎているというのに、海に行きたいなんて変なのとも思ったけれど詩音の願いだからすべてかなえてあげたかった。

 海はやっぱり泳ぐのには冷たすぎたけれど、波の音に足が砂を踏む感触。

 今日はいつも通り学校にいくつもりだったか、制服のまま味わう海という非日常のコントラストは驚くほど新鮮だった。


「ねえ、今日も楽しかったね?」


 コンビニかったアイスを食べながら、俺の部屋に向かう。

 ちなみに、詩音の分のアイスは俺が買い、俺の分のアイスは詩音が買ってくれた。

 手はつながらない。

 だって、俺たちは付き合っていないから。

 詩音のことが好きかと聞かれたら、「まあ、たぶん」と俺は答えるだろう。

 詩音のことは昔から知っている。

 同じ小学校に通っていたから。

 小学生のときから詩音は可愛かった。


 可愛いだけじゃなくて、お嬢様で勉強もできる詩音はみんなから一目置かれる特別な存在だった。

 都会からの転校生。

 田舎ではそれだけでも目立つ。

 詩音の持っている物や服はどんなに地味なものでも、ほかの子供の持っているものと違って洗練されていた。

 俺だけじゃなくて、だれもが詩音に憧れていた。

 小学生という狭い世界しかしらない子供にとって、詩音はテレビの向こう側にいるアイドルみたいな存在だった。


 だからと言って気取ってなんかいなくて、正義感が強くて悪ガキには容赦がなかった。

 悪ガキ相手だろうとひるむことなく堂々と立ち向かう詩音にハラハラすると同時に、俺はその姿から目を離すことができなった。

 今思えば初恋ってやつだと思う。


 だから、詩音がある日消えてしまったときはショックだった。

 誰にも何も告げずに詩音はある日、転校してしまったのだ。

 その後、半年ほどしてテレビに彼女が映ったときは誰もが納得した。

 詩音はアイドルとしてデビューしまたたく間に人気になった。

 俺の初恋は俺自身が自覚する前に不完全燃焼で終わりを告げた。

 恋愛禁止の手の届かない存在だから仕方がない。


 どうしてそんな俺が初恋に気づくことができたかというと、ついこの間、詩音と再会したからだ。

 不良に絡まれながらも、毅然とした態度で立ち向かっている凛とした女子高生それが詩音だった。


 なにも変わってないなと安心して笑みがこぼれると同時に、なぜだか胸がざわざわとした。

 アイドルの詩音がこんなところにいるなんて変だなと思ったが、彼女の突然の引退が告げられたのは翌日の朝刊だった。

 なんやかんやあってその場から彼女を救い出したとき、詩音は俺の名前を呼んだ。


「覚えてたんだ?」

「当たり前でしょ。だって……だって、私、記憶力には自信あるもん!」


 詩音は何かをいいかけたのをごまかすように胸を張って言った。


 それから俺たちはデートするようになった。


 デートの最後はいつも決まって俺の部屋だった。

 というか、詩音は毎日俺の部屋に泊まっている。

 だけれど、同棲ではない。

 同棲している部屋にしては、俺の部屋に詩音の形跡はほとんど残っていないのだ。

 洗面所のコップに二本のおそろいの歯ブラシが並ぶことも、詩音の服が俺のクローゼットにかけられることもない。

 ただ、トートバックが一つ部屋の隅に置かれるだけだ。

 そう、そのバッグがなくなってしまえばまるで詩音はこの部屋に来たことなんてないように感じてしまうくらい頼りない存在感だった。


 部屋にはいるなり詩音は俺にキスをする。

 小鳥のようなくすぐったいキスではなく、むさぼるように求める大人のキス。

 やわらかくて熱い舌が唇をなでて、首筋に息がかかる。

 俺は詩音が俺にするのに応える形でキスをした。


 キスをしながらベッドに向かうのは傍からみたら滑稽だけれど、キスをやめることはできなかった。


 ベッドに腰を下ろしてわずかにスプリングがきしみ、俺を現実にすこしだけ弾き出す。


「あっ、コンドームなかった。さっきのコンビニで買えばよかった……」


 俺がいうと、


「いいよ。コンドームなんてなくたってそのまましよう?」


 詩音は俺の首の後ろに手をまわして甘えるような目線で答える。


「でも……」

「大丈夫だよ。だって……」


 詩音はそれ以上言わない。

 続きは言わない約束だ。

 詩音が何度俺が告白しても付き合ってくれないのと同じ理由。


 そう、もうすぐ詩音は死ぬのだ。

 そんな風には見えないけれど。


 コンドームなんてなくたって、その先の事態が起こるほど長く生きられない。


 俺たちを隔てるのは0.01ミリよりも厚いとんでもないへだたりがあるのだから。


「明日も、明後日もデートできたらいいね」


 詩音はそういいながら、静かに俺を受け入れるのだった。

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