第47話【本編完結】
「ウィルが好きなの。お願い、わたくしと結婚して」
「ホントに……オレで良いのか……?」
「ええ。わたくしはウィルが好きなの。お願い、わたくしをウィルの妻にして」
「けど……オレじゃ……」
「昨日の話は嘘だったの?」
「嘘じゃねぇ。オレは、オリヴィアに嘘は吐かねぇ!」
「良かった。なら、わたくしと結婚してくれるわよね?」
「押しが強え……」
「待ってるだけなんてつまらない。そう言ったのはウィルでしょう? 両親にも、婚約者にも愛されなくて構わない。けど、ウィルにだけは愛されたいの」
「ああクソ! なんだよその殺し文句は! 嫌だって言っても、もう離さねぇからな!!!」
ウィルは、わたくしを力強く抱きしめてくれた。昨日のように優しく包み込むような抱きしめ方ではない。壊れてしまいそうなほど力強くて、絶対離さないって言ってくれてるみたいだった。
「うん。離さないで。愛してる。大好きよ」
「ちょっと待ってくれ。幸せ過ぎて……これ、夢じゃねぇよな?」
「現実よ。ゲームの中でもないし、夢でもない。ウィル、愛してるわ」
「ああもう……何回言うんだよ……オレもオリヴィアを愛してる……」
ウィルは、ポロポロと涙を溢す。ウィルの泣き顔を見るのは、初めて会った時以来だ。
「何回でも言うわ。愛してる。ほら、涙を拭いて。これ、ウィルにあげようと思って作ったの」
「ハンカチを貰うなんて、初めてだな。これ、オレの顔か……すげぇ。こんなの誰にもあげた事ねぇよな……ありがとうオリヴィア……ごめん……今だけだから……」
ウィルはハンカチを握りしめて、泣き続ける。子どもの時と違うのは、彼は嬉しくて泣いてるって事。
ウィルに贈り物をした事がないと気が付いてから、ずっとハンカチの刺繍をしていた。顔を刺繍した事なんてなくて時間がかかり、何度もやり直した。今朝、ようやく満足のいく物が完成した。
「今だけなんて言わないで。これからも一緒に泣いて、笑って、怒って、喜んで……どちらかが死ぬまで一緒に居ましょう。わたくしも、ウィルが居ないとダメなの。これからもよろしくお願いします」
乙女ゲームでは、悪役だったわたくしと顔のないモブだったウィル。だけど、この世界はゲームじゃない。わたくしも、ウィルも生きて様々な事を考えてる。
それはヒロインであるロザリーも、攻略対象と呼ばれたみんなも同じ。
なんで前世の記憶があるのか、それは分からない。けど、わたくしとロザリーと、ウィル。誰か1人でも前世の記憶が無ければ今の幸せはなかった。
わたくしに記憶がなければ、ウィルとこんな風に親しくなる事はなかった。ゲームでのわたくしとウィルの関係性は分からないけど、今のように信頼しあっていたとは思えない。ゲームのオリヴィアは、ウィルにただ命令するだけだったもの。
ロザリーに記憶がなければ、わたくしは断罪されていただろう。正義感に囚われたアイザックがわたくしを断罪しようとしても、平民や男爵令嬢のロザリーが止める事は出来ない。上には逆らわない。この世界の常識ならそうなる。でも、ロザリーは前世の常識でアイザックに噛み付いた。今回のように暴走してしまう事もあるが、彼女はきっと素晴らしい王妃になる。貴族も、平民も生きやすい国に生まれ変わるわ。
「ゲームのオレとオリヴィアは、どんな関係性だったんだろうな? オレは単なるモブだろ?」
「そうね。立ち絵も無かったから顔も分からないし、ゲームのオリヴィアは冷たくウィルに命令してただけだったわよ。そういえば……オリヴィアがウィルと話す時、シルエットだけ出て名前のない男って書いてあったわ」
「それ、間違いなくオレだな。オリヴィアが名前をくれなきゃ、オレも今は名無しのままだっただろうし……多分マリーも生きてなかったと思う」
「天涯孤独の男を拾ってやったんだからってオリヴィアがゲームで言ってたわ。記憶があって良かったわ。マリーが死んじゃうなんて、嫌だもの」
「オレは、ゲームのオリヴィアにマリーを助けてくれとは言わなかったんだな」
「言ったけどオリヴィアが突っぱねたのかもよ」
「それならオリヴィアの配下になったりしねぇだろ」
「確かに……」
「もしもの話だ。オリヴィアに前世の記憶があって、本当に良かった」
「ウィルも記憶があって良かったわ。でないと……あ、あああ……!」
「どうした?」
「ウィルが、マリーを大事にしてたのは……なんで?」
「そりゃ、可愛い妹だったからな。マリーを産んでどのくらい経ってたかな。まだマリーは小さかったんだけど、母親が死んじまったんだ。オレらは名前すら貰えず生きてたけど、マリーはすげぇ可愛くてさ。オレが勝手にマリーって名前を付けて必死で育てたんだよ」
「その時、ウィルは何歳?」
「2歳とか3歳とか、ようやく歩けるようになったくらいだな」
「2歳の子が、赤ん坊を抱えて生きていけると思う?」
「んな事言われても、オレは必死でマリーを育てたぞ。夜中に牧場に忍び込んで山羊のミルクを盗んでマリーに飲ませてた」
「山羊のミルクを飲ませるなんて、誰に聞いたの?」
「誰も教えてくれねぇよ。前世の記憶で、牛乳より早く飲ませられるって知ってたから……あ、あああ! そういう事か!」
「そう。ウィルに前世の知識があったから、マリーは生きてたのよ」
ウィルは食器を熱湯消毒し、ミルクを温めてから飲ませていたらしい。貧民街で自分が生きるのも精一杯な子どもが、赤ん坊に与える乳を用意して消毒までするなんて、ある程度の知識がないと不可能だ。ウィルの知識が、マリーの命を救ったんだわ。
「マジか……。前世持ちが世界を変えるって、本当なんだな。今じゃマリーの作る菓子は大人気だ。それも、オレに記憶がなきゃあり得なかった未来って事か……」
「だから、記憶がある事を堂々と誇って。内緒にするのは構わないし、わたくしは誰にも言わないけど、記憶持ちである事を後ろめたく思わないで。マリーが生きてるのは、ウィルに記憶があったおかげなんだから」
「……オリヴィアはいつも、オレを救ってくれるんだな」
そう言って、ウィルは泣き出した。初めて会った時みたいにウィルを抱き締める。
「ウィルもわたくしを救ってくれたわ。記憶が戻った時、ウィルが居てくれて心強かった。でも、離れなきゃって思った。怖かったけどウィルを巻き込みたくなかったから。なのに……ウィルはわたくしから離れないって言ってくれたわ。あの時、凄く嬉しかったの。ウィルが居るなら大丈夫。そう思ったわ。ウィルの事が好きって気が付いたのはさっきだけど、もしかしたら……記憶が戻った時から好きだったのかもね」
「オリヴィア……好きだ」
ウィルが、何も聞かずにわたくしにキスをしようとする。恐る恐る、わたくしの反応を伺っている。
「ウィル、大好き。愛してるわ!」
だから、強引にわたくしからキスをした。目を瞑る直前に驚いたウィルの顔が見えたけど、構わず口付けする。
待ってるだけなんてつまらない。
わたくしは悪役令嬢なんだから、もっと我儘に生きるわ。大好きな人を、絶対に離さない。
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