第40話【マーティン視点】

「マーティン、ロザリー、これお祝いに作ったの。良かったら食べて」


「ありがとうオリヴィア! 嬉しいっ!」


アイザック様の祝いは、オリヴィアとロザリー様が作成したバウムクーヘンだった。更にオリヴィアは、我々の為に菓子を作ってくれていた。


ロザリー様は嬉しそうにオリヴィアに抱きつく。その途端、アイザック様以外の全員の顔が歪む。


「ロザリー、そんなに抱きついたらオリヴィアが苦しいから」


「そうね! ごめんなさい、オリヴィア」


「これくらい大丈夫よ。ロザリー、おめでとう」


オリヴィア、そこはアイザック様の気遣いを汲んであげてくれ。ロザリー様がオリヴィアから離れた途端、空気が緩んだ。


はぁ……。勘弁してくれ。私とエドワードもオリヴィアが好きだが、ウィルとサイモンのオリヴィアへの執着は私でもちょっと引く。


サイモンは、オリヴィアの好みを知り過ぎている。エドワードも大概だが、商人としてオリヴィアと長い付き合いのあるサイモンは、衣食住全てオリヴィアの好みで揃えられる。


だから、せめて住だけでも我々が関わりたくてエドワードと一緒にオリヴィアの住居を探した。さりげなく私やエドワードの家の近くにしたのはわざとだ。


家を見せたら、オリヴィアはとても喜んでいた。書庫はあるが、とても狭い家だ。もっと良い部屋があるだろうとエドワードと喧嘩をした。


だが、エドワードの読みは当たっていた。あまりに広かったら断るつもりだったとオリヴィアが言ったからだ。それは、サイモンが住居を用意しても同じだっただろう。


一人暮らしにちょうど良い広さで、書庫がある事が決め手だったらしい。以前の住人が残していった事にして、本棚にはオリヴィア好みの本をたくさん詰め込んである。


本は、私とエドワードの私財で揃えた。女性に贈り物をするなど初めてだったから本当なら直接渡したかったが、オリヴィアが受け取ってくれないかもしれないと思い、諦めた。本はそれなりに高価だから遠慮する可能性があるからな。


本棚の本は全てオリヴィア好みの上に未読の本だから、我々が用意した事は薄々察してはいるのだろう。だが、前の住人が残した物だと言えば断れまい。


嬉しそうに笑うオリヴィアの姿を見れただけで良いと思っていたのに、後日私とエドワードはお礼として手作りの菓子と刺繍入りのハンカチを貰った。私は剣と本が、エドワードは眼鏡と本が刺繍されていた。


これは、オリヴィアからのお礼なんだろう。嬉しくて、ハンカチは額に入れて飾ってある。


アイザック様は、王家はお金がないからと自らの私財でオリヴィアへの賠償をした。住居と生活費の支援でアイザック様の私財はほとんど無くなる。それくらい、王家にお金は無いのだ。


オリヴィアは賠償は不要だと言ったが、我々が説得して受け取って貰う事にした。


アイザック様は、それくらいしか詫びる方法がないと仰っていた。財産がなくなっても構わない。オリヴィアに出来る事はなんでもすると仰った。良かった。私が敬愛した主人は、やはり心根はお優しい方だった。エドワードが影でこっそり泣いていた。分かる。私も泣いた。


オリヴィアがクッキーを渡してくれる。アイザック様と先生以外の男達が、恨めしそうに私を見る。許してくれ。今回ばかりは私の特権だ。


きっと、いつものクッキーだろう。オリヴィアは約束を守ってくれていて、塩味のクッキーは私にしか渡さない。他の者とまとめて菓子をプレゼントされる時も、私だけは塩味のクッキーだ。


オリヴィアを好いている他の男達より、私は出遅れている。このクッキーを貰うと、優越感に浸ってしまう。情けない事だが、これが恋というものなのだろう。我が家は騎士の家系。本気で愛する者なら平民でも結婚する事がある。


既に父上には報告済みで、卒業と同時に婚約者の選定を始める予定だったが取りやめて欲しいと直談判してある。


父上は相手がオリヴィアだと知ると喜んだ。だが、可能性が低い事も分かっているようだった。卒業後半年だけは待つ。それまでにオリヴィアを口説けなければ諦めろと言われた。


時間はあまりない。だが、こうして菓子やハンカチをくれるという事は嫌われてはいない。


エドワードは着々と、周りから固めようとしている。だが、ことごとくサイモン達に邪魔されているようだ。


だから私は、正攻法でいく。それしか、出来ないからな。


ウィルも、オリヴィアが好きなんだろう。オリヴィアが一番心を許しているのもウィルのような気がする。いや……サイモンも、エドワードも気を許しているな……。やはり私が一番出遅れている。


オリヴィアは、平民になる事を楽しみにしている。私は次男だしいずれ家を出る。


彼女が嫌がる貴族とは距離を置ける。


だから……オリヴィア、私を選んではくれないか?

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