第35話【マーティン視点】
殺気が満ちた室内で、エドワードが口を開く。ウィルの目は見た事がない程冷たく、恐ろしい。
実戦を経験した事は数回しかないが、その時の敵の目と同じだ。普段の飄々とした様子は一切無く、エドワードと私に敵意を向けている。
「さて、そろそろ本音で話そうよ。敬語もなしで良いから。ウィルはサイモンの居場所を知ってるよね?」
エドワードは静かにウィルに微笑みかけた。ウィルの敵意など気にしていないように見えるが……僅かに手が震えている。
それはそうか。
先程から、ウィルの態度は恐ろしく冷たい。オリヴィアが居た時はまだ良かったが、彼女が退室した瞬間私達を睨みつけている。
あの眼は、命のやり取りをした事がある者の眼だ。
本気になった父上の眼と同じ。大人達と対峙して様々な経験を積んだエドワードでも、会話するのがやっとのはず。
だが、そんなそぶりを見せる事はない。私も恐怖はあるが、負ける訳にいかない。
「知ってる。といっても知ったのは最近だけどな」
「なんでオリヴィアに教えてあげないの? オリヴィアに嘘は吐かないんじゃなかった?」
「嘘は吐いてねぇよ」
「言わなかっただけって事かぁ。僕ね、なんとなく予想できてるんだ。サイモンは学園に隠れてるんじゃない? だって、他は全部探したのに学園だけ探してないもんね。誰も居ない女子の特別寮とかに居るんじゃないかな。オリヴィアしか居なかったから今は警備はない。けど、誰も入ろうとは思わない。君達にとっては馴染み深い場所だろうしね。ロザリーが公爵令嬢になって寮を移動してきたからバレた。そんなところじゃないかな?」
「正解だよ。嫌になるくらい頭良いな」
私も驚いた。エドワードは、どこまで理解しているのだろう。2人の会話に、割り込めない。
声だけは穏やかだが、雰囲気は剣呑なままだ。
「予想したのはさっきだけどね。今までウィルはずっと目の下に隈を作ってたのに、今日会ったら隈が薄くなってた。きっと、安心して眠れたんだろうなって思って。って事は、サイモンが見つかったって事だよね? 理事長先生は知ってるの?」
「いや、知らねえよ。ロザリーには口止めしてある。オレだって知ったのは昨日なのに、観察力ありすぎだろ。そこまで分かってんならなんでオリヴィアに教えねぇんだよ」
「ウィルと同じ事を企んでるからだね。1ヶ月前ならともかく、ここまできたら膿を出し切る方が良い。今日お会いしたら、ずいぶん陛下は怯えてたね。一体何をしたの?」
「あー……サイモンが言うには、贈り物をどんどん高額にしていったんだと。国家予算並みの宝飾品を贈ったらしい」
「それはやりすぎ。怖っ! それだけの物を用意できるって事でしょう? いくら鈍い陛下でも悪意があるって気付く。サイモンを返そうとか言い出さなかった?」
「あのオッサン、そこは強情でさ。拷問だけは勘弁してやる! とか言ってたらしいぜ。んで、こないだは偽物を贈ったんだと。開封した時は、やっと金が尽きたか! って叫んだらしいぜ」
「……それで終わりじゃないよね?」
「本物の贈り物を昨晩オレが全部回収しといた。子飼いの貴族に下げ渡したモノも全部な。残ったのは偽物の宝飾品だけだ。すぐに気が付いたみたいで、すっげえ怯えてるぜ。んな事されりゃあ監視が近くに居るって言ってるのと同じだからな」
「は? 宝物庫に入ったって事?」
「ああ。簡単だったぜ。子飼いの貴族の家は全部サイモンが手を回して回収したらしいけど、宝物庫は厄介だからな。オレがやった。安心しな。サイモンが贈ったモン以外は手を出してねぇよ」
「そういう問題じゃないんだけど……ウィル、君は何者? 確かに街の警備に重点を置いてるから城の警備はいつもより少ない。けど、宝物庫にはちゃんと警備が複数人居る。まさか……警備もサイモンに買収されてる?」
「買収なんてしてねぇよ。だったらわざわざオレがやる必要がない」
「本当?」
「さあな。オレが嘘を吐かないのはオリヴィアだけだ」
ニヤリと笑うウィルの笑みは凶悪だ。
「まあどっちでもいいや。どのみち、ウィル達が油断ならないのは分かってたし。これからもっと警戒するだけだ」
「もう城に用はねぇから勝手にしろよ」
「どうして城の構造に詳しいか聞いて良い? 宝物庫の場所は秘匿されてる。どうやって調べた?」
「連絡係になって城を出入りしてたからだ」
それは違う。私は、2人の会話に割り込んだ。
「宝物庫は王族に近しい者でないと場所すら知らない。私もアイザック様が宝物庫に行く時は警備の任を解かれる。エドワードもなんとなく場所を把握してるかもしれんが正確な場所は知らないだろう? 宝物庫の場所を知っているのは、警備を除けば王族か、王族の婚約者くらいだ」
だから、オリヴィアから情報を得たとしか思えない。だが、真面目なオリヴィアが機密情報を漏らす訳ない。
私の発言に、エドワードは目を見開いた。
「なるほどね。って事は……、オリヴィアとウィルの入れ替わりはずっと前から行われてたんだ。こないだオリヴィアのフリをしたのが初めてじゃないんだね」
「だから、頭良すぎんだよ! 言っとくけどオリヴィアは嫌がったぞ! いつも倒れそうになったらオレらが無理矢理休ませてたんだ! なんだよあの殺人的なスケジュールは! 計画立てたヤツ馬鹿じゃねぇの?!」
「馬鹿だね。安心して、もうすぐ失脚する」
「お、やるな。なら良いわ。時間かける割にクソみてぇな授業だったもんな。話もつまんねぇし、やたら高圧的だしよ。モルダー先生を見習って欲しいもんだ」
「あのレベルを求めるのは酷だよ。モルダー先生はこの国で一番優秀な教師だ。先代の理事長先生の仕事を間近で見て、技術と知識、心意気を受け継いでる。けど、学園生以外を教える事はない。だから昔から王族は学園の卒業を必須にしてるんだ」
「なるほどな。モルダー先生のおかげで、あのアホ王太子もちったあマシになったよな」
「そうだね。さっきも僕らの意図を察して動いてくれた。以前のアイザックならあり得ない。ね、どれくらいの頻度で入れ替わってたの? 全然気が付かなかったんだけど」
「社交は全部オリヴィアがやってた。後は、あんたら2人と一緒に居たのは間違いなくオリヴィアだ。お前ら、入れ替わりに気付きそうだったしな。王太子と一緒の時も一回も交代してねぇ。オリヴィアはアイツが好きだったんだから、一緒の時間を邪魔する訳にいかねぇからな。けど、既に学んでる事を教える授業は代わりにオレが出てたし、場合によっては知らねぇ事もオレが授業を受けた後オリヴィアに説明してた。あんな嫌味なババア共にオリヴィアが虐められんのは見てられなかったしな。その為に死ぬ気で勉強したよ。オレがオリヴィアになってる間は婚約者専用の部屋で寝かせてた。侍女は全部サイモンが買収してたからバレなかったろ?」
「とんでもない事するね」
「お前ら貴族様がオリヴィアを大事にすればこんな事しなくて良かったんだけどな」
「それに関しては本当に申し訳ない事をしたと思ってるよ。オリヴィアをアイザックの婚約者に推薦したのは僕なんだ」
「酔狂な事するなぁ。なんで好きな人と他の男をくっつけるんだよ?」
「……そうすればオリヴィアを守れると思ったんだ」
「好きな女くらい自分の手で守れよ」
「その通りだね。もう遠慮は要らないし、オリヴィアは僕が守る」
その瞬間、部屋の中に殺気が満ちる。やはり、ウィルは只者ではない。こんな殺気を操れるのは……。
「人殺しにオリヴィアは渡せない」
エドワードは、震えながらも真っ直ぐウィルを見つめている。
「……そうしなきゃ生きていけなかった。オレらは大人達の獲物だったからな。自分達が死なない為にやった。言っとくけどオリヴィアも知ってるから脅しても無駄だぞ。オレが最後に殺したのは、オリヴィアを襲おうとした男共だ。美味しい獲物を見つけて周りが見えてなかったから、隙を見て喉を裂いた」
「は……ははっ……それって子どもの時だよね。だからその年なのにそんなに……ね、それっきり人殺しはしてないの?」
「ああ。する必要がなくなった。オリヴィアがオレらを助けてくれるようになったからな」
「ウィルは、オリヴィアが好きだよね?」
「好きに決まってんだろ。お前らと同じだよ」
「オリヴィアの代わりに、死ねる?」
「当然だ」
「オリヴィアが視た未来が、疑問だったんだ。いくら儀式をしてても簡単に侯爵令嬢を処刑したりしない。全部かどうかは分からないけど、オリヴィアが自分が死んだと思ってるのは……代わりにウィルが死んでたんじゃないの?」
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