第28話

「サイモンは、店に荷物を取りに行ったんだ。けど、帰って来なくて……おかしいと思って様子を見に行ったら、店はぶっ壊されてて……サイモンは、衛兵に連れて行かれたって……」


「なんでよ!」


「まさか……父上か……?」


「どうい……」


アイザックに詰め寄ろうとするウィルを抱き締めて止める。さすがにまずい。エドワードならともかく、ウィルは平民。アイザックに手を出したら死刑確定だ。


「な、オリヴィア……なんで……」


「駄目。落ち着いて。ちゃんと話を聞きましょう。でないと、サイモンを助けられない。大丈夫、連れて行かれたのならサイモンは生きてるわ。殿下、ご説明をお願いします。どうして、サイモンが連れて行かれたのですか? なんの罪ですか?」


「罪などない。ウォーターハウス商会は儲けている。もっと金を取れるだろうと父上が言い出したんだ。だが、ウォーターハウス商会が怒って撤退したら困る。だから、大事な息子を人質にすれば良いと……」


「ふざけ……」


「ウィル、殿下と話しても無駄よ。それより、出来る事をしましょう。そこまで国王陛下が愚かだとは思いませんでしたわ。ウォーターハウス商会は、我が国では赤字経営です。それでも、民の為に商売をしてくれていたのですわ。殿下、御覚悟なさいませ。明日から民は飢える事になりますわよ」


「飢えるって……なんで……」


「え、本気で分かってないの? 僕、何度か忠告したよね?!」


「私でも理解しているのですが……ウォーターハウス商会が撤退したら、ほとんどの店は閉まります。我々は食糧も、生活物資も店で購入しますよね? 提供先がなくなればどうなりますか? 王都で自給自足している人など居ません。民が飢えるというオリヴィアの予想は現実になります」


「……アイザック……いくらなんでも現実が見えてなさすぎる。お前が着ている服も全て、ウォーターハウス商会の品だ。それに……」


「先生、ごめんなさい。殿下に説明してる暇はありませんわ。エドワード、早急にサイモンを助けるわよ。マーティン、騎士団に行って備蓄の確認と、孤児院と教会に警備を回すよう騎士団長に伝えて。近いうちに商店は全て閉鎖される。いや、きっともう閉まってるわ。サイモンに手を出されて、大人しくしてる人達じゃないもの。元々出て行くつもりだったんだから、準備万端だと思うわ。騎士団長にウォーターハウス商会が怒ってるから、最優先で街の警備に人を回すように頼んで欲しいの。先生は、学園を封鎖して下さい。学園は有事に備えて大量の備蓄をしてますから、卒業生が押しかけて来ます。誰一人入れてはなりません。誰の指示だと言われたら、わたくしの名を出して構いません。事が終わればわたくしは王太子の婚約者として行き過ぎた行為だと責任を追求されるでしょうけど、どうせ貴族をやめるつもりです。構いません。それより早くサイモンを助けないと……。ウィル、しっかりして! 貴方ならサイモンを助けられる」


ぼんやりしていたウィルの目に、光が戻ってきた。よし、これなら大丈夫。サイモン、待ってて! すぐ助けるから!


「先生、学園の封鎖は私の命令でした事にして下さい。オリヴィアの名では、言う事を聞かない者も居るかもしれません。私の名を出せば、黙らせられます。父上の次に権力があるのは私です」


「でも、そんな事したらアイザックの責任問題になるわ。身分を捨てるつもりのわたくしに全ての責任を負わせる方が効率的よ」


「駄目だ。何でもかんでもオリヴィアに押し付けられない。それに、私の名前の方が強い。今は出来る限りの権力を駆使して学園を守るべきだ。謝罪したい事も聞きたい事もある。分からない事も多い。私は、愚かだ。だが、民が飢えると聞いたら黙っている訳にいかない。オリヴィア、他に私が出来る事を教えてくれ」


「情報収集をお願いしたいわ。わたくしがサイモンと親しいのは皆知ってるから、わたくしでは情報収集出来ないの。国王陛下に逆らわず、上手く情報を集めて。アイザックの大嫌いな腹黒い交渉よ。たくさん嘘も吐かないといけない。出来る?」


「やる。父上の信頼を得た方が良いのなら、私は城から出ない方が良いな。得られた情報は誰に伝えたら良い? エドワードか?」


「エドワードは宰相様に現状を伝えて指示を仰いで。伝達役はウィルが適任よ。ウィル、頼める?」


「任せろ。オリヴィアはどうする?」


「わたくしは城に行くわ。ロザリーは学園から出ないで。おそらく、学園が一番安全よ。パニックにならないように先生とみんなを落ち着かせて。絶対なんとかしてみせるから」


「分かったわ。ねぇ、これってサイモンのバット……じゃなくて、あたしが視た未来にあった」


サイモンルート、大好きだったんだけど全てのルートをクリアしてないのよね。わたくしはルートを網羅せずに、気分で遊んでたから全ルートを知らない。サイモンルートのバッドエンドがヤンデレになると知ってるのは誰かから聞いたからだ。多分、友人か家族だろう。


「わたくし、その未来は視てないわ。教えて。出来るだけ詳しく!」


「分かった。あのね、サイモンが冤罪で捕まって、オリヴィアとあたしで協力して助けるの。地下牢に入れられてるわ。城の一番奥、王族以外は許可が必要なエリアに囚われてる。オリヴィアと一緒に助けたけど、間に合わなくて……その、結構酷い事されてて……サイモンは病んでしまうの」


ゾワリと背筋が凍る。この世界では、拷問なんて当たり前だ。捕らえられたサイモンがどんな扱いを受けるのか……想像に難くない。


「その時点のオリヴィアはアイザックと結婚してないよね?」


「はい」


「まだ王族じゃないのに王族以外は入れないエリアに自由に入れたって事は、儀式をしてるね。大丈夫、まだ連れて行かれたばかりなら拷問なんてされてない。少なくとも1日は牢に捕らえるだけだ。だから、今日中に助ければ良い」


エドワードが、眼鏡を押さえながら言う。彼の頭の中はフル回転しているだろう。


「そうね。ロザリーが視た未来だとわたくしは王妃よね?」


「うん、そうだよ。王妃になったオリヴィアと仲良くなったから。でも、ヤンデレだからさ……」


「オッケー、理解したわ。あとは言わなくて大丈夫よ。今はロザリーの視た未来の通りじゃないけど、囚われてるエリアはヒントになりそうね。アイザック、王族のみが入れるエリアを中心にサイモンを探して。万が一拷問なんてされてたらなんとか止めて欲しいの。でも、庇ったりしたら駄目。サイモンの敵になりきって」


「分かった。やってみる。だが、私の命令で釈放出来るとは思えない」


「ええ、囚われてる場所の情報だけで良いわ。無理はしないで、でないとアイザックまで軟禁されるわよ。サイモンを捕まえて凄いと陛下を褒める演技をして、国王陛下を全肯定して。辛いだろうけど、出来る?」


「やるよ。オリヴィアはいつもこんな事を

してくれてたんだよな……」


「反省は後にして。僕だって言いたい事いっぱいあるけど我慢してるんだから。先生、学園の馬を貸してください。マーティンなら、馬を使った方が早いよね。すぐ騎士団に行って」


「分かった。任せてくれ。みんなは馬車で戻って来るよな? それまでに城に戻っておく。アイザック様、城では護衛として私をお連れ下さい」


「その方が安全だね。マーティン以外の護衛は、国王陛下に情報が流れると思って会話に気を付けてね。ウィルを伝達役にするのはいいと思うけど、どうやるの?」


「わたくしの侍女のフリをしてついて来て。服を渡すわ」


「また女装かよ……」


「だって侍女に扮するのが一番動きやすいんだもの。仕方ないじゃない」


「そうだ! 思い出した! オリヴィアが連れてた侍女さんが牢屋の鍵を開けてくれたの!」


それ多分ウィルだわ。でも、ウィルが鍵開けを出来ると知られたくない。


「分かった。わたくしの侍女で、鍵開けが出来る子が居るわ。すぐ手配する」


「さ、急ぐよ。先生、事情は広めないで下さいね」


「分かってる。幸い、今外出してる生徒は居なかったと思う。確認して、生徒には分からないように封鎖する。ロザリー、生徒の様子を注視しておいてくれ。もし勘づいた者が居れば報告を。アイザック、王太子印を持っているか?」


「はい、先生が城に置くなと仰ったので、先程黙って持ち出しました」


「よくやった! 学園を封鎖する命令書を書いてくれ。印は肌身離さず持っておけ。落ち着くまでは印を手元に持っていないフリをしてくれ。俺や国王陛下、宰相様が印を渡せと言っても絶対に渡すなよ。俺が人前で印を渡せと言った時は、持ってないと言え。これから何が起きるか分からないが、その印は切り札になるかもしれん。頼むぞ」


「分かりました。命令書をすぐ書きます」


腑抜けていたアイザックも、真剣な顔で先生と打ち合わせをしている。アイザックが味方なら、サイモンはすぐ助けられる。


サイモン、どうか無事でいて……!

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