第18話

サイモンの用意してくれた宿でゆっくり休んで、朝食はサイモンとウィル、マリーと食べた。久しぶりに会ったマリーは大人の女性になっていて、お花のクッキーを持って来てくれた。以前食べた物より美味しかったわ。そう伝えたらマリーは泣いてしまった。


仕事が出来るのはわたくしのおかげだと言うのだ。そんな事ない。マリーの実力と努力をウィルが見つけてくれて、サイモンが認めてくれたからだと言ったら、わたくしは欲がないと叱られた。


ゲームでのわたくしは、こんなに優しい人達に何をしたのかしら。やっぱり、未来は絶対変えないと。


話すのは早い方が良い。わたくしはすぐに理事長先生を訪ねた。


「理事長先生、お話があるのですが……」


今日はお休みだが、理事長先生はいつも学園に居る。だから早々に寮に戻って、先生と話そう。そう思って理事長室を訪ねた。


サイモンとウィルは一緒に行くと言ったけど、わたくしはまだアイザックの婚約者。わたくしが2人のどちらかが好きだから婚約解消したいんだろうなんて噂が立てば危険だ。だから、仲良く話すのは誰も見てない時だけ。婚約を解消したら、昔みたいに仲良くしようと3人で話し合った。


入室を許可されたので扉を開けると、今最も顔を見たくない人が居た。


「オリヴィア……」


アイザックが立っていたわ。大量の書類が積み上がった机が見える。若干、顔色が悪いわね。


なんでここにいるの? 休みなんだからロザリーとイチャイチャしてれば良いのに。以前は、アイザックの顔を見れるだけで幸せだった。だけど今は、吐き気がする。


落ち着け。今はまだアイザックの婚約者なのだから、失礼があってはいけない。わたくしは、オリヴィアの人生で培った社交用の仮面を被った。


「ごきげんよう。理事長先生、アイザック様」


「……っ……」


どうして驚いているの? 先生まで固まっているわ。笑顔が引き攣っていたかしら? 最近いつも怒鳴られてたみたいに、冷たい目をしていた?


「オリヴィア……その……今まで……」


「なんでしょうか?」


アイザックがオロオロしている。こんな顔見た事ないわ。


「……私は……オリヴィアを裏切った……」


あーもう! 声が小さくて分からないわ! けど、裏切りってロザリーの事よね? あ、もしかしてロザリーが好きだからって婚約解消の宣言をしてくれるのかしら? こんなにモゴモゴ話をしてちゃ何を言いたいか分からないわね。こちらからさっさと話を進めてしまいましょう。アイザックも、その方が愛しいロザリーと堂々と学園生活を送れて幸せでしょうし。


「アイザック様はロザリー様とご結婚なさるおつもりでしょう? 今すぐ婚約解消して下さいまし」


これで家から捨てられて貴族ではなくなるけど、平民枠で学園に残れるか先生にご相談しましょう。学費は貴族なら入学時に全額納入だし、どんな事があっても返金は決してされない。


平民の寮に移れたら、ウィルやサイモンともっと話せるし、お友達も出来るかもしれない。


思ったより早く上手くいきそうね。良かったわ。


そう思っていたのに。アイザックは、ロザリーを愛している筈なのに。


「婚約解消はしない。王妃になるのはオリヴィアだ」


アイザックが苦しそうに宣言する。言っている意味が分からない。

じゃあ何?! ロザリーとは遊びって事?! 確かに見たわよ! 幸せそうに抱き合ってたじゃない! ロザリーの顔は見えなかったけど、アイザックの顔は見た。見た事ないような幸せそうな顔をしていたわ。だから、ショックを受けたのに。


わたくしにお飾りの王妃になれと言ってるの? この国は一夫一妻。わたくしが王妃になれば、ロザリーはどうなるの? 王が不貞しているなんてバレたら国は終わりだ。愛しているのはわたくしではなくロザリーでしょう? なんで、彼女を大事にしないのよ! わたくしに冷たいのはもう諦めた。けど、ロザリーにだけは誠実な人だと思ってたのに……!


「わたくしにお飾りの王妃になれと?」


声が冷たくなるのが分かる。けどどうでも良い。わたくしを冷たい女だと言ったのはアイザックだ。


「違う……! そうじゃないんだ……!」


「では、どのようなおつもりですか? わたくしを王妃にするなら、ロザリー様はどうなさるおつもりですか? 彼女を王妃にするおつもりだったから抱きしめて愛を囁いたのではないのですか? ロザリー、愛していると貴方様が幸せそうに微笑むお姿を確かに拝見致しましたわ。お疑いなら、マーティンに確かめて下さいませ。彼なら証言してくれます。わたくしはアイザック様から愛しているとお言葉を頂いた事はございません。当然ロザリー様が王妃。そう思っておりました。なのに、王妃はわたくし? ふざけないで下さいませ。貴方様はわたくしには冷たいですが、愛するロザリー様には優しいと思っておりました。今理解致しました。アイザック様にとっては、愛するロザリー様も、婚約者として尽くしたわたくしも取るに足らないどうでも良い存在だと。わたくし、心底アイザック様を軽蔑致しますわ。不敬罪で捕らえますか? わたくしを処刑しますか?」


アイザックは、呆然としている。


「そんな事しない。アイザックは反省して、王に相応しくなろうとしてるんだ」


「理事長先生は王妃に相応しいのは誰だと思われますか?」


「……それは……俺は、王妃に相応しいのはオリヴィアだと思う」


「そうですか。わたくしに愛されない夫婦生活を送れと仰るのですね。アイザック様は、わたくしと結婚してもロザリー様と逢瀬を重ねますわ。わたくしは冷たく、未来の国王陛下から一度も愛を頂けない女ですもの。もしかしたら、ロザリー様との間に生まれた子を王にする為に、殺されるかもしれませんわね」


「なっ……! 私はそんな事しない!」


「どうでしょうね? 愛は人を変えると申しますし……ああ、わたくしに仕事だけさせてロザリー様と愛し合うのですか? ロザリー様に失礼ですけど、楽は出来そうですわね。アイザック様はわたくしが働く事をお望みですものね。王妃にしないと仕事がさせられないから、表向きはわたくしを王妃にしようとなさっているのですか?」


「違う……そんな事しない!」


「……では、わたくしを牢に入れて一生仕事をさせるおつもりですか?」


「オリヴィア! 私をなんだと思ってる! そんな非道な事、する筈ないだろう!!!」


「だったら今すぐわたくしを解放して下さいませ!」


先生と、アイザックが言葉を失う。


「もう……限界なのです……わたくしはアイザック様を愛せません。アイザック様もわたくしを愛しておられない。そんな夫婦が国を支えるなんてあってはなりません……。王妃に相応しいのはロザリー様ですわ」


オリヴィアとして生きてきた16年。アイザックへの愛は揺るぎないものだった。前世を思い出さなければ、王妃はわたくしだと言われれば歓喜しただろう。だけど、わたくしは前世を思い出した。


アイザックがわたくしを愛していない事はずっと分かってた。だけど、貴族として生きるにはアイザックに縋るしかなかった。


けど、貴族という地位を捨てればわたくしにはたくさんの味方が居る。


アイザックとの結婚は、以前は絶対に叶えたい望みで、わたくしの希望だった。今は単なる罰だ。この男との縁が切れて欲しい。顔も見たくない。わたくしは心底、そう思った。


「先生へのお話はまた今度に致します。失礼致しますわ」


なんとか笑顔を貼り付けて部屋を出た。走り去るわたくしを追って来たのは、アイザックではなかった。

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