第14話【ウィル視点】
「うわ……俯いてたらオリヴィアそっくりだね。これなら誤魔化せる。僕は流石に分かるけど、国王陛下くらいは騙せそうだね。アイザックはどうかなぁ。婚約者の顔も判別出来ない無能なら本当に要らないよね」
オレがオリヴィアのフリをした事は何度もあるからな。これくらい朝飯前だ。
エドワード様は終始笑顔だ。だが、その笑顔が恐ろしい。オリヴィア付きの王城の侍女達が青い顔で震えている。
「その発言は不敬にならないのですか?」
「なるに決まってるでしょ。でも、ここに僕の発言が不敬だと思う人も、訴える人も居ない。君達が誰と繋がってるか、僕は絶対に誰にも言わないよ。だから君達も黙っててくれるよね?」
侍女達に笑いかけるエドワード様は美しい。だが、まるで悪魔の笑みだな。侍女達はすっかり怯えている。
「脅すのはおやめください。オリヴィア様が悲しみますよ」
「そうか。それは困るね。君達はオリヴィアに感謝してこれからも働いてね」
ひたすらコクコクと頷く侍女達。怖えな。さすが次期宰相と名高いお方だ。そんなエドワード様の笑顔が、オレに向けられる。
「ウィル。君はいつオリヴィアと親しくなったの?」
ゾワリとする。流れる汗が止まらない。落ち着け。しっかりしろ。こんな修羅場はいくつも潜ってきただろ。
オレとオリヴィアの関係は秘密だ。オレが貧民街を牛耳ってると知ってんのはオリヴィアとサイモンだけ。こんなガキがリーダーだなんて誰も思わねぇ。オレは貧民街出身でたまたま頭が良いから取り立てて貰っただけって事にしてある。本当は、オレに知識を与えたのはオリヴィアで、神父様を操ったのはサイモンだ。
だが、オレ達の関係を知られてはいけない。
オレ達の関係を疑われた時の為に、架空の設定を作った。
サイモンとオリヴィアが親しいのは問題ない。オリヴィアがサイモンの家を救った事はエドワード様なら知ってる。オレは、サイモンからオリヴィアの話を聞かされてオリヴィアを尊敬しているって設定だ。オレはサイモンの部下だからオリヴィアに信用された。それでエドワード様は納得する。
……納得、させる。
汚い大人達を騙しながらかろうじて生きてきたオレ達をオリヴィアは救ってくれた。
オリヴィアの為なら、命を失っても構わない。
まずはこの人を騙せ。オレなら、出来る。
「親しくないですよ。オレが勝手にオリヴィア様を慕っているだけです」
多く語ればボロが出る。聞かれた事にだけ答えるんだ。
「それにしてはオリヴィアの様子がおかしいよね? ウィルが寮に忍び込んでも受け入れてるなんてさ」
「オレはサイモンの部下です。オリヴィア様はサイモンを信用しておりますから、オレも信用して頂けたのでしょう」
「それは、おかしいね」
「どうしてですか?」
「サイモンの部下なら、彼を呼び捨てにするなんてありえない。サイモンは仕事に関しては厳しい。部下が自分を呼び捨てにするなんて許す筈ない。君とサイモンは対等だ。上下関係なんてない。それは、オリヴィアも同じだよね? 君達は学園に入る前から親しかった? 違う?」
「オレは学園で初めてオリヴィア様とお会いしました」
声は震えてないか? 顔に動揺は出ていないか? 見透かしたような目でオレを見つめるエドワード様は今まで渡り合ってきたどの大人よりも怖い。
「ならなんでオリヴィアはウィルにあんなに気を許してるの? オリヴィアが他人を心から信頼するまでには数年かかる。彼女は警戒心が強いからね。だけど、ウィルの事は警戒してなかった。学園で知り合ったのなら、気を許すまでの時間が短過ぎる。貴族は必ず銀食器を持ち歩いてるんだよ。ウィルから渡されたパン粥のスプーンは木だった。普通はスプーンを変える。でも、オリヴィアは食器を変えずにパン粥を食べた。オリヴィアはウィルが毒を盛るなんて思ってない。多分、婚約者のアイザックよりウィルの事を信用してるんじゃないかな。ねぇ、いつオリヴィアと親しくなったの? いつ、オリヴィアの信頼を勝ち取ったの?」
穏やかな笑みを浮かべるエドワード様。しまった……お貴族様は毒への警戒心が強いんだったな……。貧民街に来た時のオリヴィアはオレ達と同じ物を同じ食器で美味そうに食う。だから、忘れてた。
毒味したって嘘を言えば良かった。いや、この人にはそんな小細工しても無駄か。とにかく、オレとオリヴィアが恋仲じゃねぇかと思われるのがいちばんまずい。オリヴィアは、王太子が好きなんだから。
「いつ親しくなったかは言えません。ですが、オリヴィア様はアイザック様を裏切るような事はなさっておりませんよ」
「そんなの疑ってる訳ないでしょ。アイザックと違って、オリヴィアは婚約者を裏切るような真似はしない」
「ご理解頂けて嬉しいです」
「……まぁ、これくらいにしておくか。これ以上聞いても、情報は得られないだろうしね。オリヴィアに伝えておいて。僕はオリヴィアの味方だよ。だから、抱えてる事を教えてくれってね」
「承知しました」
この人は、敵か、味方か。
寮に戻るまでの僅かな時間に、なんとか見極めるんだ。うまくいけば、オリヴィアの助けになってくれる。敵なら、サイモンと組んで排除すればいい。
オレはエドワード様を隅々まで観察した。だけど、どうしても底が読めねぇ。
「そんなに警戒しなくて良いよ」
そう言って笑うエドワード様は、とても美しく、恐ろしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます