第11話【マーティン視点】

「ウィル、これ美味しいわ。ミルクが甘くて優しい味がする」


嬉しそうにパン粥を食べるオリヴィア。オリヴィアの笑った顔を見たのは久しぶりだ。


いつも冷静で、優秀なオリヴィアが声を荒げた時は驚いた。


それも全て、アイザック様の為なんだろう。どうしてアイザック様がオリヴィアを冷たいと言うのか全く分からない。


彼女はいつも穏やかで、優しいのに。


オリヴィアの家は、あまり仲が良くない。父親はオリヴィアの事をまるで駒のように扱う。母親も、オリヴィアを大事にしている様子はない。社交の度に理不尽に怒鳴られたり、殴られているのを見た事がある。


酷い親に育てられたのに、オリヴィアは優しい。アイザック様の婚約者になってからは殴られる事はほとんどなくなったようで、良かったと思ったのを覚えている。


オリヴィアもアイザック様を心から慕っていた。王妃教育は大変そうだったが、アイザック様が薔薇を一輪差し出せば嬉しそうに笑って努力を重ねていた。


だが、我々が学園に入った辺りから、何かが変わり始めた。


オリヴィアは優秀で、仕事をしない国王陛下や王妃様、まだ勉強中のアイザック様に代わり仕事をして欲しいと文官達から嘆願があった。


アイザック様は国王陛下に言われるがままにオリヴィアに王家の秘密を伝える儀式を受けろと命じた。普通、結婚して半年ほどしてから受ける儀式を婚約者なのに受けとろ言うのだ。たまたま通りかかった理事長先生が止めて下さったおかげで事なきを得たが、楽をしたい国王陛下と確実にオリヴィアを王妃にしたい侯爵がオリヴィアを騙して儀式の場に連れて来た。私がアイザック様について行くと、儀式の用意がされていて驚いた。


アイザック様は、何も言わずに座ったのでご存知だったのだろう。


オリヴィアが拒否をすると、侯爵はオリヴィアを殴った。すぐに私が止めたので大きな怪我はなかったが、何故誰も止めないのかと腹が立った。アイザック様はオリヴィアの婚約者なのに。彼がやめろと言えば儀式も止まるし、オリヴィアが殴られる事もなかったのに。


優しかったアイザック様はもう居ない。それから私は、アイザック様と親しく話す事はなくなった。アイザック様はオリヴィアが仕事で学園に来ていないのをいいことに可愛らしい男爵令嬢と親しくなった。次第に、私が邪魔になったのだろう。席を外せと命令されるようになった。学園内なら離れても問題ないので離れるが、正直不快だった。アイザック様は、オリヴィアの事をどう思っているのだろう。あれだけオリヴィアが頑張っているのは全てアイザック様の為なのに。


アイザック様はオリヴィアに何もしない。


儀式を進める時も、アイザック様は黙って座っていた。オリヴィアが嫌がっているのに儀式は進んでいく。どうしようもないと私が諦めた時、エドワードや理事長先生が駆けつけて助けてくれた。


特に、先生は素晴らしかった。理路整然と国王陛下を宥め、王妃様を笑顔ひとつで納得させた。


学園の1年間は貴重な時間だから、仕事ばかりになるのと将来大きな影響が出て王家の仕事をする時に困る。だから秘密を教えるのは待って欲しい。そう言っただけなのに、何故先生が話すとうまくいくのだろう。伝説の賢王の話を持ち出し、国王陛下が好きな演劇に例えて上手く猶予を勝ち取った。


あの時のオリヴィアの嬉しそうな顔を見て、心底良かったと思った。


だけど、先生に対してヘドロのように重く、醜い感情を持ってしまった。どうしても処理出来ず、父に相談するとそれは嫉妬心だという。


聞いた事はあった。存在は知っていた。だが、こんなに苦しくドロドロとした気持ちだとは知らなかった。


決して良い感情ではないが、自分の中で消化出来れば自分を高めるきっかけにもなる。それだけ成長したという事だと父は笑ってくれた。だが、今後も騎士を続けるつもりなら決して嫉妬心を人にぶつけてはならないと釘を刺す事は忘れなかった。騎士たる者、理不尽な嫉妬心を人ぶつけるなどあってはならない。


それは、分かる。

この感情が良くない事も、先生にぶつけても失われるものでもない事も分かる。だが、父の言うように自分を高める糧になるとはどうしても思えなかった。


私には力がない。


先生のように身勝手な大人達を止められないし、エドワードのようにアイザック様を叱る事も出来ない。せいぜい、苦言を言うのが精一杯だ。


ウィルやサイモンのようにオリヴィアの好物を用意して労わる事も出来ない。


アイザック様のように、オリヴィアを守れる地位もない。


私にあるのは剣の腕だけ。今までは、それで良いと思っていた。だけど、今は足りない。そう思ってしまう。


剣の腕を磨いていれば満足だった。出来なくても、訓練を続ければ次第に出来るようになっていく過程が楽しかった。


だけど、オリヴィアを守るには剣の腕だけでは足りない。


私は初めて、力が欲しいと思った。

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