第8話
医務室で休んでいると、理事長先生とウィルとサイモンが来てくれた。他にも、何名かの令嬢達が心配して訪ねて来てくれたわ。
「オリヴィア様、大丈夫ですか? あの女のせいですわよね? 安心して下さいまし、わたくし達がアイザック様に近寄らないように注意して参りますわ」
「駄目! やめて!」
わたくしは、人前で声を荒げた事はほとんどない。だからみんな驚いている。淑女としてはあるまじき行動だけど、そんな事言ってられない。
「あの子……ロザリー様に何もしないで。お願い……!」
必死で頼むと、令嬢達は顔を真っ赤にして了承してくれた。他の子達にも、わたくしの望みだから何もしないようにと伝えてくれると約束してくれた。
良かった、これでわたくしに巻き込まれて処刑されたりなんかしない。確認したけど、ロザリーに注意したり意地悪をしたりしてる子は居ないそうだ。だけど、そろそろ限界だったみたい。わたくしが可哀想だと、何名かの貴族達から不満が噴出していたらしい。
「では、わたくし達はすぐに皆様に伝えて参ります。今はまだ始業前、アイザック様とご一緒の間は何もしないでしょうから、今なら間に合います。本当に、それがオリヴィア様の望みなのですね?」
「ええ。ロザリー様に優しくしてあげて。わたくしはもう良いの。お願いだから、絶対にロザリー様に意地悪なんてしないで」
改めてお願いすると、真っ赤な顔をした令嬢達は急いで医務室から出て行った。
「良いの? あんな事言ったらアイザックは貴族達からなんて言われるか……分からないオリヴィアじゃないよね?」
「ならなんですぐ止めなかった。エドワードが止めれば彼女達は動かなかった。お前らが全員止めなかったから、彼女達はすぐに動いてくれたんだろ」
「先生だって止めなかったじゃないですか」
「俺は教師だからな。授業ならともかく、それ以外は生徒の意志を尊重する。間違ってると思えば言うけど、今回のオリヴィアの発言に教師として指導する事はねぇ」
「僕もそう思ったから止めなかったんですよ。だって、アイザックのあの態度はないですよ。オリヴィアが見限るのも納得します。とはいえ、オリヴィアが王妃になるのは決定ですけどね。ただ、今回の件でますます王家の支持は揺らぐでしょうね。ウィル、悪いけど明日から早速働いてもらうから」
「承知しました」
「待って! ウィルは寝てないわ。お願い、休ませてあげて!」
「オリヴィア……何で昨日まで休んでたのにそんな事分かるんだ」
「マーティン様は鈍いですね。ウィルは毎日オリヴィア様の様子を見に行ってたんですよ」
「私が行っても、追い返されていたぞ。平民のウィルが特別寮に入れる訳ないだろう」
「深夜に抜け出していましたよ。先生も薄々気が付いておられたでしょう?」
「サイモンは相変わらず鋭いな。まさか特別寮に忍び込んでいたとは思わなかったが、何か事情があるんだとは思っていた。お前ら2人が組んだら、抜け出すと分かっていても止められんからな。授業は真面目に受けていたし目溢ししたが、もうやるなよ。徹夜は成長を阻害する。次は強引に止めるからな」
「分かりました。バレているとは思いませんでした。見逃して頂き感謝します」
「本当はボクも行きたかったんですけど、ボクはウィルみたいに見つからず侵入なんて無理ですからね」
「サイモンなら、寮を出る前に俺が捕まえられるな」
「ですよねぇ。だからウィルにお任せしたんです。オリヴィア様が起きたと聞いて、ホッとしましたよ」
「こっちはともかく、オリヴィアの侍女にバレなかったのか?」
「オリヴィア様の侍女は不真面目ですからね。主人を心配せずにこれ幸いと寮を抜け出して遊んでます。オリヴィア様以外誰もいないから、見張りにさえ気を付ければ侵入は簡単でしたよ」
「……許せん」
「アイザック様を諌められなかった貴方様が仰いますか?」
「……う……それは確かにサイモンの言う通りだ。だが、そもそもオリヴィアが倒れたのはサイモンが余計なものを見せたからだろう」
「知らない方が幸せだとでも? オリヴィア様がどれだけ努力してたか、知らないとは言わせませんよ。エドワード様もマーティン様も当たり前にオリヴィア様を頼っておられますけど、アイザック様への愛情があったから出来たんですよ。それなのにあんな事するなんて……信用出来ない人が治める国に未来はありませんよ。ウォーターハウス商会はこの国からの撤退を検討しています。明日にでも、出て行ける体制を整えました。ああ、ボクを捕らえても無駄ですよ。ボクと連絡がつかなくなった瞬間に撤退する手筈は整っていますから」
サイモンの言葉に、ウィル以外の人達は真っ青になった。
「待て、国王はともかく、アイザックはまだ見込みがある。今日から俺が放課後にアイザックを指導する。だから、撤退はアイザックが卒業するまで待ってくれ」
「良いでしょう。理事長先生がそう仰るなら、もう少し待ちます。ただし、オリヴィア様の希望を最優先して下さい。あんな浮気男と結婚してお幸せになれるとは思えません」
「それはそうなんだけど、オリヴィアはアイザックの婚約者でなくなればきっと家から追い出される。貴族ですらなくなってしまう。貴族が平民になったら暮らしていけない。僕だってアイザックの行動は酷いと思う。けど、オリヴィアを守るには王妃になるしか……」
「確かにあの侯爵ならそうなりますね。仕方ない。先生に期待するとしましょうか。……いや、まずはオリヴィア様のご意志を伺いましょう。オリヴィア様はどうされたいですか? あの浮気者の更生を期待しますか? 先生がご指導下されば、少しは期待できるかもしれません。それとも、もうあんなヤツ捨ててしまいましょうか? それならボクとこの国を出ましょう。ご安心下さい。侯爵家より、いや、王族より裕福で自由な暮らしをお約束しますよ」
優しい笑みなのに、目は笑ってない。そんなサイモンを止めてくれたのはウィルだった。
「落ち着け。オリヴィア様も急に言われても困るだろ。彼女の望みはアイザック様とロザリーの邪魔をしない事だ。アイザック様は恋に溺れておられるが、先生が指導して下されば現実を見る事は出来るだろう。オレ達が今やる事は、そんな小さな事じゃない。分かるよな?」
「ああ、そうだね。浮気者達はオリヴィア様が望むなら放置で良いか。本当なら今すぐ2人とも……」
「さすがにそれ以上は言うなよ。ここには宰相様のご子息も、騎士団長のご子息も居るんだ。それに、先生だって国の運営に関わってる。お前の発言は不敬罪になるぞ」
「……失礼しました。怒りのあまり思っていない事を申しました」
「俺は聞かなかった事にする。サイモンは、オリヴィアが困る事はしないだろう?」
「僕も聞かなかった事にするよ。だから、撤退は待ってね」
「私は……サイモンを批判できる立場ではない……私がもっとしっかりと諌めていれば……こんな事には……」
「マーティン様は真面目ですね。貴方の立場なら、苦言を言うのが精一杯です。でも、ボクは貴方を責めた。単なる八つ当たりですよ。ボク、酷いですよね? もっとボクを責めて良いと思いますよ」
そんな事言われても、マーティンはサイモンを批判したり出来ない。黙って手を握り締めているだけだ。
重苦しい空気を変えたのは、先生だったわ。
「アイザックとは俺が話す。オリヴィアは今日はもう休め。寮に帰ってもゆっくり出来ないだろうから、医務室に居ろ。お前達もそろそろ授業が始まるから戻れ。休み時間なら、ここに来て構わないから」
先生の一声で、全員戻って行った。先生は、全員が戻った事を確認するとわたくしに優しく声をかけて下さった。
「みんなオリヴィアが好きで心配してるんだ。だから、今は身体を休める事だけ考えろ。元気になってから色々考えれば良い。心配するな。オリヴィアが悪くない事は分かってる。必要なら俺も証言するから、安心してくれ」
先生がわたくしは悪くないと言ってくれれば、王家の決定で処刑が決まってもすぐに実行されたりしない。わたくしは安心して……深い眠りに落ちていった。
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