悪役令嬢とヒロインは手を組みました

みどり

第1話

「オリヴィア、長い間ありがとう。こんな事になってしまって、本当に申し訳ない」


「いいえ、陛下に心から愛する方が出来て本当に良かったですわ。わたくしは今この瞬間から貴族ではなくなってしまいますので、もう2度とお会いする事はありませんが、どうかロザリー様とお幸せに」


「私はみんなから叱られるまで君が長年尽くしてくれていた事にも気が付かなくて……せめて君を絶縁しないようにと何度も侯爵に申し入れをしたんだけど、だったらオリヴィアを妃にしろと言うばかりで……」


「王家の決定は、絶対。わたくしに逆らう術などありませんわ。それに、父の決定も絶対です。陛下の婚約者でいられたおかげで、わたくしは今まで捨てられずに済んだのですから感謝しておりますわ。学園を卒業してしまえば、仕事はありますから生きていけますのでご安心下さいませ。わざわざ住居まで手配して下さり、心から感謝しております。それから、こちらは父の悪行の全てを記してあります。正義感の強い貴方様ならば必ず正しく使って頂けると信じておりますわ。最後になりましたが、ご結婚とご即位を心から祝福致します。おめでとうございます」


「この状況でお祝いを言うなんてオリヴィア様はお優しいですね。安心して下さい。オリヴィア様の仕事はたくさんありますから。我が家はロザリー様を支持しております。万が一にでも彼女が冷遇されれば、今後は王家との取引は致しませんのでそのおつもりで」


国の物流の大半を担っている大商会の子息、サイモン・ウォーターハウスが冷たく言い放つ。


「分かってる。私は一生ロザリーを大事にするよ」


「おや、無礼だとは仰らないのですか? お父上のように私を地下牢に入れたりなさらないのですか?」


「そんな事をしてもサイモンを捕らえる事は不可能だ。以前もいつの間にか脱出していただろう。私達の信頼は失われた。オリヴィアは王家の決定は絶対だと言ったが、今は従う貴族はほとんどいない。父は逃げたし、母は寝込んでいる。皆のおかげでかろうじて私が王になれただけだ。今ウォーターハウス商会が国から手を引けば、私は確実に王ではなくなる。命すら危ういだろう。なにせ、物資の8割はウォーターハウス商会に頼っているからな」


アイザックの言葉に、サイモンは恭しく頭を下げる。


「賢王が統治している国は豊かになるでしょう。豊かな国には、商人が欠かせません。どうか、ウォーターハウス商会を今後ともご贔屓下さい」


今後も取引をする。その宣言にアイザックはホッとしている。もう、そういうのが駄目なのに。感情を読み取られると、良いように操られてしまう。


アイザックは優しく真面目だけど、腹の探り合いは苦手だ。だから、アイザックが苦手な腹黒い社交は全てわたくしが担っていた。人の裏を見過ぎて、辛かったわ。


だけど、愛する婚約者の為に必死で努力した。なのに何とかこなせるようになった頃、アイザックが言ったの。わたくしは変わった。冷たくなったってね。そして、学園で出会った男爵令嬢のロザリーに恋をしたわ。


「陛下が再び浮気をしたら、私は護衛を辞めます」


先日卒業し、正式に護衛騎士となったマーティン・ジョー・ピーチがキッパリと言い放つ。


「僕も側近を辞めるよ。ってか、王から引きずり下ろすから。これだけ尽くしたオリヴィアを捨ててまで貫いた愛なんだから、生涯ロザリー様だけを愛するに決まってるよね。でないと、国民に示しがつかない。みんなが祝福してるのは、オリヴィアが上手くやってくれたからだって分からない程、我らが国王陛下は馬鹿じゃないよね?」


宰相様のご子息で、秀才と名高いエドワード・リー・ケントが眼鏡を押さえながら言う。彼はわたくしとアイザックの婚約解消に反対したわ。わたくしが居ないと、国家の運営がままならないとね。


だけど、最後にはアイザックとロザリーが結婚する為に根回しをしてくれた。エドワードの力添えがなければ、こんなにスムーズにアイザックとロザリーは結婚出来なかったわ。


アイザックの父親、前国王は政治がとても下手だった。汚職も蔓延していた。貴族や民衆の支持を失い身の危険を感じた前国王は逃げ出した。甘い汁を吸っていた人達も一気にいなくなったわ。


なんとか国を守ったのは、真面目に国を憂いていた僅かな人々だった。宰相様はその筆頭だ。エドワードは、学園に通いながら宰相様を支えていた。人材不足だった城がなんとか回るようになったのは、エドワード達の力が大きい。


「お前達は卒業したばかりだ。成人したとはいえ、まだ若い。ちゃんと大人を頼ってくれ。俺は、アイザックなら立派な王になると思ってる。頼りにしてるぜ、国王陛下」


国王になったアイザックに教師として最後の教えをくれたのは学園の若き理事長、モルダー・プロクター先生だ。学園生活の1年間で、とてもたくさんの事を学んだ。先生は自ら教鞭を取り、寮監もやる。教育に全てを捧げている素晴らしい教師だ。


彼らは、乙女ゲームの攻略対象者。

わたくしは悪役令嬢。


シナリオとは違うけど、わたくしは予定通り婚約を解消された。父はあっさりわたくしを勘当したから、面倒な貴族ともおさらばだ。慰謝料として住む家と当面の生活費を頂けた。それで充分だわ。


わたくしとヒロインであるロザリーの望み通りの結末。これでシナリオもおしまい。わたくしは、自由を手に入れた。


だから、学園を卒業して寂しいけどのんびり暮らそうと思っていた。それなのに、これはどういう状況なの?!

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