第20話 あのときの賭けには種がある
「……あんまり変わらんな」
桃代がつぶやく横で、恵美はおかしくてたまらなくなってしまった。
「待って。そういうことなら、私も行くから」
「おーい、あたしの立場は?」
と、恵美の袖を引っ張る桃代。恵美は今日も、桃代と一緒に、各部屋を回る約束をしているのだ。
「ごめーん。でも、ちょっとだけだから。あ、何だったら、一緒に来ない?」
「津村がいるんだよねえ……」
「何だよ、それ。いちゃ悪い?」
津村は若干、いらいらしている様子。そんな津村をはぐらかすかのように、桃代はあっさりと答えた。
「うーん。今日はユキがクラスの展示にかかりきりになるって言ってたからねえ。一人でいても暇だし、行くわ」
今日の図書室は、すでにぼちぼちと客の姿があった。
「おお、これはこれは」
部長の園田は、大きく手を広げている。外見はいつもと変わらぬものの、珍しく、テンションが高いようだ。
「昨日に続いて二度目のお越し。歓迎しまっせ」
「何で、関西弁になるんですか?」
と、突っ込む津村も、何故か関西弁のアクセントになっている。
「深い意味はない。――と、新しい人がいると思ったら、いつか美術室で見かけた」
桃代に対して、顔を向ける園田。さすがに、彼女の名前までは知らなかったらしい。
「片山です」
桃代の方は、初対面のイメージからか、少し引き気味。
「意外と朝から、お客、来てるんですね。びっくりしました」
「きついね、縁川さんも」
悲しそうな表情をする園田。
「ところで、今日は、感想を言わせてもらおうと思って」
改まった口調になる津村。
「あ、いいね。待って、もう一人の部員、呼ぶから。おーい!」
いつもなら大声を出せない図書室だが、今日ばかりは違う。園田も大げさな身振りをまじえ、唯一の部員とやらを手招きする。
離れたところで反応を見せたのは、色白で小柄な女生徒。お下げを揺らして、駆け足で近寄ってきた。駆け足と言っても、歩く速度とほとんど変わらないようだが。
「えー、彼女は、一年の新倉
「あ」
短く声を上げ、口に片手を当てる一年生。恐縮したようにその全身が固くなるのが、傍目からでも見て取れた。
「……すみません。あの、私のせいで、ご迷惑をおかけして」
しばらくして、ようやく、新倉百合香は口を開いた。小さな声だ。
「何を気にしてんの」
おかしそうに言葉を返したのは、津村。
「身体、弱いって聞いたけど? あまり無理することないって」
「あ、ありがとうございます」
深々と頭を下げる百合香。その様子に、
「ま、過ぎたことはどうでもいいや。それより、感想、遠慮なく言わせてもらおうかな」
津村が言った。
「私も」
図書部の先輩として、恵美も笑顔を差し向けた。
昼前、美術部の展示に戻る途中で、津村が言い出した。
「あー、そうだったそうだった」
何やら、芝居めいている。
「どうかしたの?」
と、隣の彼を見上げる恵美。
「ちょっとね」
言いにくそうにしている津村。その目は、桃代へ向けられている。
「な、何よ。人の顔、そんなに見て」
「怒らないで聞いてほしいんだけど、話す前に、それを約束してくれないかなと」
「そんな約束、できません。気になるじゃない。早く言いなさいよ」
津村の申し出を簡単にはねつけ、先を促す桃代。
「やばいかなあ……。昼飯、おごる」
「何のこっちゃ? そう言えば昨日、お弁当は持ってこなくていいって、言ったらしいわね。恵美から聞いたけど」
「持って来ちゃってる?」
「持って来てないわよ。――もしかして……昨日の勝負が関係しているとか?」
昨日、津村と賭けをしたことを思い起こしたらしい桃代。
「ん、まあ、そうなんだけど」
「何か変ね。白状しろ」
そのやり取りに、最初はただただ見守っていた恵美も、くすくす笑い出した。
「何があるのか知らないけれど、津村君、もう言わなきゃ。でないと、いつまで経っても、ここを動けなくなるから」
「そうそう」
桃代も同調。
津村はしばらく口を閉ざしていたものの、直に喋り始めた。不承々々ではあったが。
「参ったな。実は、昨日の賭け、種があったんだよな。こっちが絶対に勝つ」
「――何ですってぇ?」
桃代の声が大きくなる。その表情は、怒っているよりも、むしろ、驚いているようだ。
「どうやったの? 例えアンケート用紙を数えていたとしたって、桃代に先に答えさせたんだから、確率は二分の一よ」
「そこが違うんだな。どうあがいても、俺の勝ちは動かなかった」
「あがく?」
「いや、それは言葉のあやで……。どうやったかは、食堂で説明するよ」
津村は、まるで逃げ出すように、歩を進め始めた。
「あ、待ってよ」
「早くしなって。すぐに満席になっちまうぞ!」
日当たりのよい席に陣取る三人。
「さあ、説明してよね」
勢い込んでいる桃代。
「何人がアンケートに答えたかを数えていたのは、間違いないんだ」
「でも、それだけじゃあ」
口を挟んだ恵美を、視線を向けて制する津村。
「あの時点で回答してたのは、十四人」
「ええっ、偶数?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます