タマゴたちはF&M賞の下に集う
小石原淳
バトンを受け取ったら
第1話 落ちると落ち込む
選考会の日の夜。ひどく冷静な声で、その言葉を伝えられたとき、すぐには信じられなかった。
F&M文庫の発売日。文庫の挟み込みで、自分の落選を確認したとき、現実を認めざる得なかった。
そして、雑誌『アウスレーゼ』の発売日。掲載された選評を読んだとき……。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
決定! 第二回F&M賞
229編の応募をいただいた第二回F&M(ファンタジー&ミステリー)賞
は、以下の六作品を最終候補作として選出しました。
「 占 術 師 」 神林大葉 (かんばやし おおは)
「 水 晶 の 柩 」 篠木陸 (ささき りく)
「 風にのせたメモリー 」 手塚美久 (てづか みく)
「 白 の 六 騎 士 」 堂本浩一 (どうもと こういち)
「僕はこの星で殺された」 新崎彩香 (にいさき あやか)
「 夢 幻 物 語 」 藤井恵津子(ふじい えつこ)
九月十五日、亜藤すずな、甲賀明日夫、桜井美優、杠葉純涼、蒲生克吉の各
氏による選考会が開かれました。その結果、以下の四作品を選出しました。
大賞
「 占 術 師 」 神林大葉(かんばやし おおは)
「僕はこの星で殺された」 新崎彩香(にいざき あやか)
佳作
「 水 晶 の 柩 」 篠木陸 (ささき りく)
「 白 の 六 騎 士 」 堂本浩一(どうもと こういち)
選考の詳しい模様については、次ページから掲載しています。
また、受賞作四編については、当文庫から順次、刊行していく予定ですの
で、お楽しみに。
引き続き、第三回も募集しています。締め切りは****年の六月三十日。
楽しいお話、恐いお話、哀しいお話等など、自信作を待ってまーす!
<(前略)……
藤井さんの「夢幻物語」は、正統派ファンタジー。応援したくなる主人公の
青年は、性格設定の勝利です。西欧中世風と中国中世風を融合しようとした努
力が垣間みられ、これも興味深かったです。ただ、単なるいいとこ取りに終わ
っている観がなきにしもあらずで、より自然な形で二つの世界をつなげられる
と、もっとよかったのではないでしょうか。
……(後略)>
<(前略)……
「夢幻物語」。純粋なファンタジー物の本作は、それなりにまとまっている。
青年剣士が愛する人を救うため、冒険の旅に出る。このありがちなストーリー
を読ませる腕は、新人とは思えないほどだ。しかし、ファンタジーとミステリ
ーのボーダー上にある作品が多かった中では、不利であった。何か特色を打ち
出すか、捻りを加えると、格段によくなる。
……(後略)>
<(前略)……
読んでいる間、ずっと引き込まれていたのが「夢幻物語」。読み終わった直
後、確かに満足して原稿を置いた。にもかかわらず、時間が経って、冷静にな
って考えてみると引っかかり始めた。難点はないのだが、これ!という突出し
た特色もないのでは、新人としてはマイナスイメージ。既成作家にない何かを
掴んだとき、この人は大化けするに違いない。エールと思ってほしい。
……(後略)>
<(前略)……
「夢幻物語」の藤井さんの文章力は、新崎さんのそれに匹敵する。こと、話
の運びぶりと女性の書き分けに関しては、藤井さんは新人離れしてると言えま
す。当然、話も面白く読めました。が、それっきり。本作の舞台その他が今ま
で書かれすぎているせいか、どこかで読んだような物語という印象だけが残っ
てしまった。新人らしい目新しさを身につければ、鬼に金棒でしょう。
……(後略)>
<(前略)……
いかにも本誌読者が気に入りそうなのは、「夢幻物語」。充分に水準に到達
しており、そのまま本にできそう。でも、それは、既成作家が書いたなら、と
いう条件付きなのです。もちろん、作者の意図はともかく、群雄割拠のフィー
ルドで勝負した心意気は買いますよ。でも、素人からプロとして飛び出すには、
ちょっとパンチが足りない。書ける人だと思いますから、もっと斬新な作品を
期待。
……(後略)>
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
しばし、じっと誌面を見つめる。やがて、自然に、溜め息が出た。少し、鼓動が早くなったような気がする。左手を胸元にやり、気持ちを落ち着かせる。
一読しただけでは納得できなかったし、全てを飲み込めたとも言い難い。
“藤井恵津子”は、『アウスレーゼ』十一月号を丸めるように掴むと、急ぎ足でレジへ向かった。
1
机に突っ伏していたら、不意に、後頭部に衝撃を感じた。
「痛いなぁ、もう」
顔を上げ、振り返ると、
「何するのよ」
「あら、生きてたか。てっきり、死んでるのかと思って」
「倒れている人がいたら、あんたは後頭部をはたいて、生きているか死んでいるか、確認するのか?」
「幸か不幸か、そういう場面に出くわしたことがないから、分からん」
「あのねえ、今の私は、すっごく落ち込んでるの。無用な手出しは怪我の素よ、覚悟しといて」
「おー、恐いな。で、何を落ち込んでいるんだ?」
「ぅるさいなぁ。……例の、落選よ」
「何を今さら。ずっと前に、分かったことじゃないか。最後まで行って落とされるとは、つくづく運がないのぉ、とは思ったが」
嫌な言い方をしてくれる。しかし、無視する訳にもいかず、私は仕方なしに続けた。
「これよ、これ」
さっき放り出した雑誌を、指で示してやる。
「何じゃこりゃ。『アウスレーゼ』って、確かドイツ語で、高級なぶどう酒のことだっけ」
私と同じく、第二外国語にドイツ語を選択している優は、覚えたばかりの知識を披露した。
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