第2話 地底に咲いた花

 俺は振り上げた斧を下ろした。目の前の機械人間アンドロイドは、微動だにしない。おそらく、外部情報信号の受信を自ら断ったのだろう。


「おい」

 ゆさゆさと、肩を揺さぶる。それにしても触った感触まで、生きている人間そのものだ。

「おいってば!」


 いくら揺さぶっても反応がないので、仕方なく、俺は再びを強制起動した。の瞳の奥、レンズの蓋が開いたのが見える。

 目を開いたは無言で俺を見つめる。情報処理が追い付いていないようだ。


「私を破壊する行為は、取りやめキャンセルされたのですか」

「そうだな」

「理由をお聞かせ願えますか」

「理由? ……気が変わったから」

「気が、変わった」

「いや、冗談だよ」

「じょうだん……」

「……参ったな。はじめっから、君を壊すつもりなんかなかった。さっきは、君に反撃の命令コマンドが仕込まれてるか確認するために、こわすしたんだ」


 はしばらく沈黙した後、了解しました、とつぶやいた。思わず笑いが湧き出してくる。


「不満そうだな」

「そうですね。これまであまり、経験したことのない状況です。『冗談』……習熟できるよう、努力します」


 俺は目の前の機械人間アンドロイドを眺める。は、人間が嘘をつくということを、まるで想定していないようだった。俺が機械人間アンドロイドを知らないと言えば素直に信じるし、まるで冗談も通じない。

 

「君の主人マスターの性格が分かるな」

「……申し訳ありません、理解できません」

「いや、独り言だ」

「ひとりごと……」

「あー、なんだ、特に意味のないつぶやきだ。たいていの人間っていうのはさ、こういう無意味な行動をするんだよ。そういう時は、無視をするのが一番」

「……了解しました」


 お互いうまくやっていくためには、だいぶ努力が必要なようだ。





 頭上に延々と続くらせん階段を見上げ、俺はため息をつく。下りはなんてことなかったが、これを昇るのは、大分ツラいものがある。


「しゃーねーよなあ、降りてきちまったもんは……」


 ここは地下数百メートルの地底シェルターだ。世界の終わり――終末戦争だとか、致死性の伝染病の蔓延だとか――を想定した、前時代の遺物。入り口も巧妙に隠され、100年もの間、誰にも暴かれずにひっそりとを守って来た。


 その時突然体が浮いた。

「ひえっ」

「人間は長時間の運動で疲労する。私がお運びするのが合理的です」

 頭の上から、人工音声の柔らかい声がする。次の瞬間には、俺は機械人間アンドロイドに小脇に抱えられたまま、恐ろしいスピードで階段を上がっていた。ありがたいが、何となく屈辱を感じる。

 気づいた時には、地上にいた。ロボットというもののパワーの恐ろしさを、改めて俺は実感する。


「ありがとな。君、本当に良くし……教育されてるよな」

 しつけられている、といいかけて、思わず言いなおした。何故だかにその言葉はふさわしくないように思ったからだ。


「おほめ頂き光栄です。――次の目的地はお決まりですか」

「うーん、まあ、何となくは」

「――お運びいたしますか」


 機械人間アンドロイドのクセに、の言葉には隠しようもなく懇願の色がにじんでいて、俺は苦笑いする。……かわいいんだよなあ、こいつ。


「俺と一緒に、来てくれるのか」

「――はい、許可していただけるのなら」


 今、この地球上で、まともに機能している機械人間アンドロイドだけだ。他のありとあらゆる電子頭脳は、「悪魔の子」ジョン・ウィラー博士の手によって、電磁攻撃とウイルスで破壊しつくされた。

 博士は狂人であったとされている。彼の行いによって、人類の文明や生活レベルは前史時代まで後退した。人類はすでに、電子頭脳の力を借りずに、自らの手のみで何かを行うことができなくなっていたのだ。

 今の俺たちが前史時代と違うのは、手元に、紙に記された叡智の記録の数々が残されていることだけだった。

 しかしとうとう、俺たちはを得た。

 博士にとってははなはだ不本意だろうが、は人類復興の希望となるだろう。


 あの地底の小部屋で、執念としか言いようのない丁寧さで梱包され保護されていた、最後の機械人間アンドロイド。博士の、矛盾のかたまり。おそらく彼の人生で唯一の、枯らすことのできなかった花。

 「悪魔の子」が唯一人間くささを見せた相手が、機械人間だった。これは、人類の一世一代の「冗談」なのだろうか。


 これだから、生きることはやめられない。

 俺は一人で大笑いする。隣の機械人間アンドロイドは、しばらく不思議そうに俺を眺め、やがて納得したように

 やはり、の学習能力の高さはハンパではないようだ。



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