【怖い商店街の話】 ケーキ屋

真山おーすけ

ケーキ屋

それは、12月の半ば頃。私は友人のカンナに頼まれて、商店街の入り口にあるケーキ屋でアルバイトをしていました。カンナは元々そのケーキ屋で働いていたのですが、店長さんが腰を痛めてしまい一ヶ月ほど入院することになり、ちょうど12月の多忙時期とあって、どうしてもと私が販売を頼まれたわけです。カンナは調理場でケーキを作っていました。クリスマスケーキの予約時期とあって、店は想像以上に忙しい。


ショーケースの中のケーキはすぐに売り切れるため、カンナはめったに調理場から出てくることはありませんでした。


夕暮れ時、一本の電話が鳴りました。


電話に出ると、相手は中年の男性のような声でした。携帯を外からかけているのか、電波がとても悪くて何を言っているのか聞き取れませんでした。そのうちに電話が切れてしまって、一本目で得られた情報は相手が男性ということぐらいでした。


少ししてまた電話がかかってきました。一本目よりは言葉の端々が聞こえて来ましたが、やはり電波が悪くて雑音が多くて、途中で切れてしまいました。


けれど、それが何度も続いていくうち、途切れ途切れの言葉を繋げていくと、ようやくクリスマスケーキの予約だということがわかりました。


しかし、その日はそれ以上の電話は来ず、予約を起こすことはできませんでした。


翌日も、何件かのクリスマスケーキの予約電話は来ましたが、あの男性からの電話はありませんでした。


きっと別のケーキ屋で予約したのだろうと私は思ったのですが、書きかけの予約伝票は捨てずにいました。


その数日後、またあの男性から電話がかかってきました。


相変わらず携帯の電波が悪いのか、会話は途切れ途切れに聞こえました。何とか情報を聞き出そうと、私は努力しましたが、肝心なところで切れてしまうのです。私は少しイライラしてしまいました。


それを察したのか、またかかって来た電話では、何度も途切れた謝罪が聞こえてきました。


途切れ途切れの会話を繋げていき、ようやく12月24日の夜6時にクリスマス用のチョコレートケーキの予約を受けることが出来ました。


ただ、名前を尋ねた時に、「〇島」と〇の部分が聞き取れませんでした。


しかし、相手の男性は「よ…し…お願……ま…」と言って電話を切ってしまったのです。仕方なく、私は予約の伝票に「〇島様」とケーキ名を書き、予約が受けられたことに安堵していました。


クリスマスが近づくにつれ、駆け込み予約が増えていき、店はますます忙しくなっていきました。


カンナも毎日悲鳴をあげながらケーキを作っていました。


予約は23日から受け渡しが始まり、カンナが早朝から作った予約のケーキの箱がガラスケースや冷蔵庫に並び、受け取り時間になると予約伝票とともに、一つ一つ減っていくのでした。


24日は大忙しで、前日の夜から準備をしているようでした。


カンナは予約があったケーキをすべて作り、私はそのケーキを予約したお客さんにお渡ししました。そして、あれだけあったたくさんの予約ケーキが、夕方には残り数個となっていました。その中で、例の〇島さんのチョコレートケーキも残っていました。


空もすっかり暗くなり、残った予約のケーキも仕事帰りのお客さんが引き取りに来ました。


そして、残ったのは〇島さんのチョコレートケーキだけ。時計を見れば、店の閉店の時刻が近づいていました。いたずらだったらどうしよう。後払いで受けてしまった予約で、私は焦りました。


その時、店の自動ドアの前でこちらを見て立っている、ブラウンのスーツを着た中年の男性に気づきました。本当なら自動ドアの前に立てばドアが開いて、店内に開閉を知らせる音が鳴るというのに、自動ドアは一向に開きませんでした。


故障したのかと思い、私が自動ドアを手動で開けようと近づくと、自動ドアは私を認識して開きチャイムが鳴りました。男性は店に入って来て、予約ケーキが一つだけ置かれたショーケースの前で立ち止まりました。


「いらっしゃいませ」


私は頭を下げながら、ふと横を通り過ぎる男性の服に目をやると、泥や砂で汚れていることに気づきました。靴も泥だらけでした。


「すみ…せん」


今にも消え入りそうな声で、男性は少し顔を振り向かせ私に言いました。左手には携帯電話を持っていて、声を聞いた時に例の電話の人だということが、なんとなくわかりました。


「は、はい。少々お待ちください」


私は慌ててレジの方へ向かいました。


「……〇島です」


こんなに近くでも、〇の部分が聞き取れませんでした。


「ご予約のチョコレートケーキでお間違えありませんか?」


男性は頷き、ポケットから出したものをショーケースの上に置かれたキャッシュトレイの上に置きました。それは、二つ折りになった千円札が三枚でした。


「お会計失礼します」


そう言って、その二つ折りになった紙幣を手に取って広げると、その紙幣にはべっとりと血と泥がついていました。私は思わず、その紙幣を床に落としてしまいました。


「し、失礼しました」


私は床に落ちた血の付いた紙幣を拾い上げて、レジには入れずにカウンターの横に置きました。


そして、箱をショーケースの上に置き、確認のためにチョコレートケーキを男性にお見せしました。


すると、さっきまで無表情だった男性の口元が、一瞬だけ綻びました。


「こちらでよろしいですか?」


私の問いに、男性は小さく頷きました。


「袋にお入れしますので、少々お待ちください」


私はチョコレートケーキの箱を作業台に移し、箱の開閉口にシールを貼ったり、袋に入れたりしていました。


「お待たせしました」


そう言いながら、チョコレートケーキを入れた手提げ袋を持って振り向いた時、男性の姿が消えていました。自動ドアが開いた音も、気配すらもなかったというのに。私は手提げ袋を持ったまま、店の外に出ました。


自動ドアが開いた時、やはりドアの動作音とチャイムが鳴りました。


そして、店の外を見回しても、〇島さんの姿はありませんでした。


私は戸惑いなら、店の中に戻りました。


すると、カンナがちょうど厨房から出てきました。手提げ袋を持って立っている私を、不思議そうな顔で見ていました。


「どうしたの?」


「今、チョコレートケーキを予約したお客さんが来たんだけど、包装しているうちに居なくなっちゃって」


「その予約したお客さんって、誰?」


「それが、電話予約だったんだけど、電波が悪くて結局名前がよく聞き取れなくて。何とか島さんっていう、60代ぐらいの会社員っぽい男性だった」


「そっか。ごめん、忙しくて教えるの忘れていたよ」


カンナは帽子を取ると、その男性について話し始めました。


その人の名前は綱島さん。入院している店長の話では、綱島さんは昔からの常連さんで、誕生日や記念日にはいつも電話で奥さんが好きなチョコレートケーキを予約していたそうです。とても仲が良いご夫婦で、日曜日になるといつも二人で商店街を歩いていたそうです。


ある年の12月の半ばのこと。見習いとして働き始めたカンナは、綱島さんからの電話でクリスマスケーキの予約を受けました。チョコレートケーキを予約する人が少なくて、カンナはよく覚えていたそうです。


引き渡しは、12月24日の午後6時。当日、予約を受けていたケーキが、午後から夕方にかけて一気に引き取られていきました。


そして、午後6時になる頃には、残りあと2個となりました。少しして、そのうちの1個を若い男性が引き取りにきました。残ったのは、綱島さんのチョコレートケーキだけ。


けれど、いつまで経っても綱島さんは引き取りに来ず、店長は綱島さんの携帯に電話をかけました。


しかし、電話は繋がりませんでした。結局、綱島さんは店に来ないまま、その日は営業を終えました。


その翌日、店に一本の電話が入りました。それは綱島さんの奥さんからで、旦那が会社の帰宅中に亡くなったということでした。奥さんは忙しい中で、クリスマスケーキのキャンセルと、後日キャンセル料をお支払いしますと言っていましたが、店長の計らいでキャンセル料はなくなりました。


お悔やみを告げると、奥さんはお礼を言いながら泣いていたそうです。


そして、その翌年からあの予約電話が来るようになったそうです。最初はまるで聞き取れず、店長も苦労したそうです。私と同じように途切れ途切れの情報を繋ぎ合わせて予約を受けたのですが、店長もまた私と同じで〇島としか、名前が聞き取れなかったそうです。


ですが、12月24日の夜6時過ぎ。店の前に現れた男性を見て、店長は驚きました。亡くなったはずの綱島さんが立っていたからです。スーツは汚れ、足元は泥だらけ。血の付いた紙幣を受け取り、クリスマスケーキを包装している間に綱島さんは消えてしまったそうです。それに、何故か血の付いた紙幣までも消えていました。


翌年、また同じようなことがあり、店長は綱島さんの奥さんに相談したそうです。


すると、綱島さんの奥さんは何度も謝罪しながら、店にやって来てチョコレートケーキを買って行きました。


「あの人が、私のために予約してくれたケーキ。来年ももしあの人から予約の電話が来ましたら、お知らせください。私が買いに参りますので」奥さんはそう言ったそうです。


それからも毎年、12月半ばになると綱島さんから予約の電話があり、奥さんが取りに来るのだと、カンナは私に教えてくれました。私はレジの横を確認すると、血のついた紙幣はなくなっていました。


カンナは綱島さんの奥さんに電話をかけると、三十分ほどして穏やかそうな奥さんがやってきました。


「毎年、ご迷惑かけてごめんなさいね」


そう言って、チョコレートケーキを買って行きました。


クリスマスケーキは大きくて、一人で食べきれるのだろうか、と余計な心配をしていると、カンナは「心配いらない」と言いました。


クリスマスイブには息子夫婦と孫が家に遊びに来て、孫も大好きなチョコレートケーキを囲んで楽しく過ごし、その一番いい席には綱島さんの写真がいつも飾られるそうです。

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