異端の魔術師

山野エル

プロローグ

 生い茂った木々が飴細工のように音を立てて折れひしぐ。鳥たちが悲鳴をあげながら青い空に逃げ出していく。森を破壊するのは巨大な石の塊……それも人の形をしている。


 まるで水を掻き分けるようにして木をなぎ倒していく。その巨躯に載っかった丸い石の頭には目も口もない。ただゴツゴツとした岩肌が陽光の中で凹凸の斑を見せるだけだ。


 近くに小さな村が横たわっている。石の怪物は緩慢な動きで、しかし真っ直ぐと人々の営みのもとへ向かっていた。


 村の低い鐘楼のてっぺんで肝を冷やした男が懸命に鐘を鳴らす。ガラーンガラーンという響きが家々をノックする。


 普段、警鐘など聞き慣れていないせいだろう、村の住人たちはただ呆然と鐘が鳴るのを聞いて、所在なげに空を仰ぎ見る。そこに答えはないのに。


「逃げろー!」


 どこからともなく聞こえる声と共に、村の周縁部にある家がバリバリと蹂躙される音が届く。


 逃げ惑う人々が見たのは、人を縦に三、四人並べたほどの背の高さを持つ巨体だ。胴体は大きな木の幹のよう。それが生気なく家々を潰し回る様は、地上に降り立った破壊神のようにすら見えただろう。


「おばあちゃんが……!」


 潰れた家を指差して叫ぶ女性の声は、次の瞬間には石の怪物の足に下敷きにされて掻き消えた。石の怪物は家屋や声を上げるものすべてを砕いていった。あまりの恐怖に地べたに萎え座り込む者は残らず大地に帰す。逃げ惑う者は家の倒壊に巻き込まれたり、明確な攻撃を受けて虫のように潰れてしまう。


 ほんの少し前まで平穏そのものだった村は、息つく暇もないまま殺戮の舞台へと変貌した。


 村人たちにとって不幸だったことは、村の背後を切り立った崖に囲まれていることだった。逃げ場を失った人々はなすすべもなく、生まれ育ったこの村で息絶えた。そこに墓標を立てる者もいないかもしれない。


 石の怪物に追い詰められ、断崖の淵に踵を寄せる少女が一人。さきほどまで辺りにあふれていた悲鳴はもう聞こえない。死を覚悟した少女が思わず足を滑らせて崖から身を投じてしまう。彼女のかすかに息を飲む音だけがそこに残り、その小さな体は谷底に消えていった。


 石の怪物は消えた少女に興味を寄せることなく、背を向けて村の方に身体を向けてゆっくりと足を運んでいった。

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