第12話

 

 急いで魔物学が行われる教室に駆け込むアイン達。

 教室の中で生徒達は着席を澄ませており、アイン達も空いている後ろの席に座った。


「ふぅ。ギリギリ間に合ったみたいだな」


「なんだか私達いつもギリギリだね」


「確かに式典の時もギリギリだったな......」


 肩で息をするアイン達。

 なぜいつも走ってばかりなのだろうか。


「み、皆さん間に合って良かったですね!」


 そう呟いたのは緑髪の少女。

 ベネットの発言に顔を合わせる3人。

 そして、お互いが同時に深い溜め息を吐いた。

 言葉には出さないが、皆考えている事は同じだろう。

 ベネット、君がそれを言うかと。


 突然教室の扉が開かれる。

 注目する生徒達。

 入り口から入ってきたのは何やら大きな荷物を抱える初老の男。

 ドンッと荷物を教卓に置き、教室を舐めるように視線を巡らせ口を開く。


「皆さん初めまして! 僕が魔物学を担当するゲジュラ・マーシマルさ! 気軽に先生と呼んでくれて構わないからね! イヒヒヒヒヒ!」


 教室中に響くゲジュラの大声。

 生徒達も濃い先生が来たなと感じているようだ。


「......おいアイン。何かヤバそうなのが来たぞ......」


「人は見かけによらないかもって言うし......もしかしたら凄い良い先生かもよ? って、アイン聞いてる?」


 ソフィアの声にはっとするアイン。

 己の思考を切り替え、友人達の方に向き直る。


「ごめん考え事をしてた。確かに見かけで判断するのは誤謬だ。でも油断はしない方がいい」


 そう言いながら衣住まいを正すアイン。

 そんな態度にごくりと喉を慣らし身構えるシルバ達。

 アインがそう言うなら警戒はした方が良いだろう。


「それでは授業を始めマス! 教科書の6ページを......」


 授業を始めるゲジュラ。

 アインは鋭い目付きで観察する。


 ゲジュラ・マーシマル。

 魔物学の先駆者スペシャリストであり、このディオラス大魔術学院の教師。

 魔物のみならず、その専門はヒト族にも及んでおり、生きた人間を拐っては秘密裏に人体実験を行っている外道──という噂を聞いたことがある。

 武器を携帯していない事を見るに、魔法武器術は好まず、杖と己の魔法でのみで戦う典型的な魔法使いタイプだろうと予想出来る。


「イヒヒヒヒ! 違いますねぇ! ケルベロスの魔石は心臓にはありません! では次に......そこの君!」


 ふと指を差されたアイン。

 心臓が一気に縮み上がるのが分かった。


「おや? どうしたんですか? もしかして聞いていなかったのですか? イヒ!」


「......失礼しました。ケルベロスの魔石は火炎袋に存在し、火炎魔法石と呼ばれています」


「ほう......それはなぜですかね~?」


「ケルベロスには脳が3つ存在し、その分あのサイズの魔物にしては魔石が大きい。そして三頭とも臓器を共有している為、魔石が他の魔物と比べて心臓外にあるのが特徴です。また、火炎袋で溶かされた魔石は炎の性質を帯びる事から火炎魔法石と呼ばれます」


「......素晴らしい! 教科書に乗っていないのによく答えられましたねぇ! と言う訳でこちらに火炎袋を用意しました! イヒ!」


 ゲジュラが透明のカプセルを取り出し、教卓の上に置いた。

 カプセルに入った真っ赤に燃え上がった呼吸器はまさしく火炎袋だ。



「あれってまさか......」


「昨日のケルベロスか?」


「ひぃ、ひぃ~」


 反応を示すソフィア達。


「昨日活きの良い物が入りましてねぇ~。こちらから火炎魔法石を取り出して貰おうと思います。所で君。火炎魔法石の取り出し方は知っていますか?」


「冷却魔法で少しずつ袋を冷やしながら取り出します。いきなり穴を空けると温度変化で魔石が割れてしまいますので......」


「ほう! 分かっているなら話が早い。早速やって貰いましょう!」


「僕は......」


 先ほどからやたらと絡まれる。

 もしかすると、集中していなかったのがバレていたのかもしれない。


 アインは考える。

 ここで火炎魔法石の摘出に成功すれば、少なからずメリットはあるだろう。


「分かりました。僕にやらせてください」


「......おいアイン。大丈夫かよ」


「おやおや友達が心配ですか? 大丈夫、失敗しても爆発して腕が失くなる程度で済むはずですよ。イヒヒ!」


「大丈夫だ。失敗はしないよ」


 アインは教卓の前まで移動する。

 目の前には作業台に置かれた火炎袋。

 ゆっくりと手を翳し魔法を唱える。


熱を奪えフリーズ


 静かに見守る生徒達。

 アインは首筋に嫌な汗をかく。

 真っ赤に脈打つ袋が少しずつ黒くなっていく。


 失敗すれば爆発。

 良くて右腕が吹っ飛ぶくらいか。

 そんな気持ちがアインの神経をすり減らす。


 時間にして十分ほどだろうか。

 火炎袋が完全に黒くなった。

 ゆっくりと袋を剥ぎ、中から赤色の石を取り出した。


「......出来ました」


「素晴らしい! 素晴らしい! 爆発した時の事を考えていましたが杞憂だったようですねぇ! 皆さん大きな拍手を! イヒヒヒヒヒ!」


 鳴り響く拍手。

 アインはどっと額に汗をかく。

 初めての試みだったが上手くいったようだ。


「君、名前は?」


 初老の男がじっと黒髪の少年を捉える。

 アインは一呼吸置き、口を開いた。


「アイン・フォーデンです」


「フォーデン。聞いたことがありませんねぇ! しかし、覚えておきましょう」


 緊張感を保ったまま席に戻るアイン。


 ──迂闊だった。

 ここは魔法学校の中でもさらに厳格なディオラス大魔術学院だ。

 授業中何中において考え事など許されるはずもなく、まだ授業が初回だった事に救われた

 こんな事ではいつボロが出るか分からない。


 今後は気をつけよう。


 その後、何事もなく授業は進み、終了の鐘がなった。






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