第5話

人のいない方を選んで進んでいくと廊下のどん詰まり、そこに大きな扉があった。


 なにか特別な部屋だろうか?


 後ろからは兵士の足音が迫っている


「………迷っている暇はない…か」


 俺は扉にそっと、そっと手をかける


 鍵はかかっていなかったようで壊さず開くことができた


「ここは…教会?いや、神殿?」


 十字架や神の像などはなかったが何故かそう感じた。高い天井には天窓があり、そこから光が差し込んで、なんとも美しい景色を作り出していた。きっと何もかも計算して作られているのだろう。


 そしてその光の中に一人の人影があった


「ニコライさん………?」


「あぁ…ケントさん、おはようございます。大丈夫ですか?」


 優しい笑顔、やはりニコライさんだ!無事だったんだ!


 ニコライさんがゆっくり近づいてくる


「………!ごめんなさい、近寄ったら……だめです。俺変なんです。さっきも兵士の人を………うっ」


 この吐き気が体調のせいなのか精神的なものなのか、もう分からなかった


「何も言わなくて結構ですよ。苦しかったですね。さあ、じっとしてください」


 ニコライさんは俺の制止を聞くことなく、この世界に来たときと同じように背中に手が当てた。


 じわじわと暖かさが広がって、気持ち悪さが消えていく。


「これで大丈夫ですね」


 安心した笑顔。安心させる笑顔ではなく…。


「……ありがとうございます。…ニコライさん、俺なんでここに呼ばれたのかはわからないんですが、もう戻りたいです!俺を元の世界に戻してください!」


 もうたくさんだ!こんな訳のわからない異世界なんて願い下げだ!


「それは不可能です。あなたはここへ落ちてきた。上の事など何も観測できていない私達が戻せようもありません」


「なっ…こういうのって普通使命?とか終わったら帰れるんじゃないの!?そんなの聞いてないよ!!」


「……………。」


 ニコライさんが顔を伏せる


「……俺がここにいること、なんで何も聞かないんですか…?」


「……………。」


 沈黙


「それはその人が全て知ってるからですよ」


 その答えは入ってきた扉の方からだった。


 茶髪女を先頭にわらわらと兵士が入ってくる


「………準備はできているよクオリ。私の力のありったけだ。」


「…ありがとうございます。でもまあ繰り上がりの神官長様だけでは心もとないので神官団の皆様よろしくおねがいしますね。」


「……え?」


 前にでてきた神官と思われる人たちが口々に呪文を唱えながら一斉に俺に向かい手をかざすと、俺の体はみるみる重くなり、立っていることすらできなくなる。


「ニコライさん………どうして?」


 俺はニコライさんの方を見る


「……あなたははじめからこうなる予定だったんです」


 ニコライさんが絞り出すように口を開く


「は?」


「私達がやることを許してくれとは言いません。あなたは私たちを恨んで良いんです」


 ニコライさんは泣きそうな、怒っているような、哀れんでいるような、そんな顔で俺を見ていた


 コツコツと後ろから足音が聞こえる。振り向くまでもない、あの化け物女だ


「そんな顔をするくらいなら初めから予定通りにすればよかったのよ。それに…」


 剣を振り上げる気配がするが、もう俺はピクリとも動けない


「恨むのなら、全部私なのだから」


 背中から胸に剣が突き抜ける。兵士の槍のときは全然通らなかったのに…


「っぐぅゴポッ…お、おれがっ何をしたっていうんだ……」


 服を赤く染め、口から血が逆流する


 ポタリ ポタリ


 胸元から見えた剣先から血が滴る


 体の中から熱が、命が消えていく感覚


「あなたは何も悪くない。利用価値のあるものがたまたまそこにあっただけ。それがあなただっただけよ」


「……いや…だ、母さん…父さん…あみ……………ニコライさん…」


 涙があふれる。一縷の助けを求めて伸ばした手も空を切った


「っ……」


 ニコライさんは、まっすぐ俺を見ている。そんな苦しそうな顔をするくらいなら目を逸らせばいいのに…


「…そうね。私も、そう思うわ」


 思っただけの事に、何故か返事が来た。


 勝手に俺の頭の中を読むんじゃぁない!


「ごめんなさい。でも不可抗力よ。」


 ぼやける視界、薄れゆく意識の中で俺は不思議なものを見た。


 床に落ちた俺の血がキラキラと光へと姿を変えていく


「…………?」


 気づけば手もだんだんと透けて光に変わっていく。


 これは何なんだ…?


「あなたは私の力になる。だからもう何も考えなくていいの。ただ私を憎みなさい。あなたを殺して糧とする私を。」


 光となることでこの少女の感情が流れ込んでくる


 それは強い強い怒り、悲壮、決意………


 一体何がそこまでこの少女を駆り立てるのか…


 ……自分が死ぬって時に何を考えてるんだバカ兄貴!…


 ……お前こそ人が死ぬって時に出てくるなクソ妹…


 そんなことを考えていられるのも、実はほとんど痛みを感じないからだ。ニコライさんかこのクオリって娘があんまり痛く感じないようにしてくれたのかもしれない。


「………。」


 どうやら正解のようだ。


 それだけは…ありがとうな。


「………見苦しい姿を見たくなかっただけよ」


 多分この少女は本当はやさしいのだ。


 メイドをしていたときも多分嘘は言っていなかった。


 最後に出してくれた水、飲んどけばよかったな…


 やがて体のすべてが光の塊となって行き、意識も霧散する。そして俺はここがどこかもわからず短い生涯を終えたのだった

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