希望と夢を指し続ける……甘いと言われても

紫陽花の花びら

第1話

 これは狂気の沙汰だ。何が狂うとこうなるのか。

俺は焼け野原を見つめて立ち尽く為ていた。

 誰でもが持っていた筈だろう人生の羅針盤。生きる指針を持てと、偉そうな大人達や学校は俺らにそう教えていただろうが!

それが今はあの国が悪い。

そもそもあいつに責任があるとか、俺は関係ないとか言いたい放題。嘔吐を吐きかけてやりてぇよ。なに一つ文句も言えずに駆り出されていった命、命、命を返せよ! 親父を……夏弥を……返せ……返してくれよ。

「ねぇ、春この戦いが終わって、春と夏の間で雨が沢山降ったら、あの船で旅に出よう!」

「ああそうしよう。あの船も待ってるからな。俺たちの好きな所に行こ!」

 俺は十六才。親友の夏弥は二つ上だった。俺達は共に船大工の家に生まれ親父達も親友とくれば、もやは家族同然。毎日お互いの家を行き来為ていた。

 そんな中気がつけば段々と不穏な世の中になり、突然戦争が始まった。俺にはそうとしか思えなかった。

 暫くすると親父にとうとう召集令状が来た。親父は泣く泣く俺を夏弥の親父さんに頼んで出征した。それ以来俺は夏弥の家で世話になっている。

 俺の母親は、俺の命と引き換えに亡くなっている。だから親父は俺が可愛くて仕方ないが口癖だった。普段は鬱陶しくて聞き飽きていたが、今は一日も早く帰ってきてその言葉を聞かせてくれよ……親父。

 夏の親父さんは少し右足を引きずっている。五年前親父さんは、事故で足を悪くしていて召集から外されているが、親父さんは相当悔しそうだ。だが今となっては、不幸中の幸いだったのかも知れない。

 ただ、その事故で夏弥は母親を亡くしてしまった。だからこそ、お互いに支え合う気持ちが強くて、二家族は一層固い絆で結ばれていると思う。


 七月九日。その日は酷く蒸し暑かった事だけ覚えている。

 十九になったばかりの夏弥に召集令状が来た日。噓だ! 駄目だ! 行くな! 俺達三人は声をかみ殺し泣いた。親父さんは自分に行かせてくれと狂わんばかりだった。

 三日後、夏弥は笑顔を俺達に残し行ってしまった。

「春、親父を頼むな。必ず必ず帰って来るから。待っていてなっ! あの船で旅するんだからな!」

「判ってる。絶対帰ってこい! ここで待ってる。親父さんと一緒に」

 俺達の気持ちは何も変わってない。目標を定め歩き出す覚悟も出来ていたんだ。

 

ぶれてない! ぶれやしない!


 夏弥は学校の先生になりたいとずっと言い続けてた。希望と夢を分かち合える先生になりたいと。「勉強が出来て優しい夏弥にぴったりだ」

そう言うといつも照れ笑いする夏弥。

 俺は親父たちの後を継ぎたいんだ。水面が輝いている限り船は走るだんぞ。そして世界で俺にしか出来ない船を造る。それが俺の夢。

夏弥はいつだって

「春なら大丈夫。諦めない心と船を誰よりも愛しているからな」 

 と言ってくれる。

俺達の羅針盤は今も寸分の狂わず夢と希望に針は指してる。

 なのに、戦況が良くない事は馬鹿でも判る。どんどん学生さんが出征していく。お前らのぶれぶれの羅針盤は制御不能か。ぐるぐると早回り逆回り。とめられなかった羅針盤は誰にも修理為れず最早ほったらかし。

 そしてあの悪魔の爆弾がニ発落とされ狂った羅針盤は止まり、

戦いは終わった。

 それからは誰もが今日を生き延びるのに必死だ。機銃掃射が食糧難に変わり、どんどん人の心はギザギザに尖って行く。あ~怖いよ。今は誰の羅針盤で動いてる? 俺達は動かされている?。

「春……あの船は如何してる?」

「親父さん、もう少し為たら手をつけようと思ってるよ」

「今度見せてみろ。お前に教えたいこといっぱいあるんだ」

「うん!……嬉しいよ。凄く凄く嬉しい。夏はきっと帰って来るから! 格好良くして驚かせたいね」

「おお~そうだな……」

 それからと言うもの、俺達はあの船を直しに少し離れた作業場に通うようになった。

親父さんは、丁寧に丁寧にひとつひとつしっかり教えてくれる。

「春? 今はまだ生きるのにみんな必死だ。だけどなぁ、必ずまた川下りとか、屋形船で花見とか、そんな時が来るぞ。春よ……その時までに腕を上げときゃなんねぇよ」 

「お~よ! 頑張るからなっ!」

 それから二年の時は過ぎ、あちらこちらで復興、復興と叫ばれるようになると、親父さんの言う通り、ポツリポツリと発注が来るようになった。親父さんは泣いた。また仕事が出来ることに。

夏弥を想い、親父を懐かしみ……

俺達は空を見上げる。

こみ上げてくるな……こみ上げてくるな! 諦めてなんかいない。


 その日も親父さんと作業の事で色々話ながら家路に着くと、玄関に人影が。

「夏!」

俺は思わず叫んでいた。

その人影はヨロヨロと、それでも最後の力を振り絞ように走り寄ってきた。

「……た、ただいま親父!」

親父さんは抱き寄せると、

「ご苦労様……ご苦労様……お帰り夏……」

「……会いたかった。親父を有難うな」

「会いたかった……夏……」

奇跡か、いや希望と夢を諦めない俺達の羅針盤は絶対壊れっこ無いんだ。








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