第5話 目覚め

「坊ちゃまっ!お目覚めになられたんですねっ!」

ベッドの上で呆然としている俺に、メイドのアレクシィが飛びつく。


「ぃっ、痛っ、痛いっ!痛いってアレクシィっ!」

「あ、す、すいません、ワタクシったら!

あ、早くアルソン様にお知らせしないとっ!」

そう言うと、アレクシィは慌ただしく部屋を出て行った。


「いてて、アイツはまったく…。」

レインズの視線は宙を舞い、再び天井へ。

そうか、ここは病院か…。

それならこの、知らない天井にも納得だ。


レインズは不思議と落ち着いていた。

『やはり、あの爆発は夢じゃなかったのか…。』

恐らくあの爆発は、自身を狙った者の仕業だろう。

『一体誰が…。』

レインズは思考を巡らす。

『犯人は…アーモ公爵かウルス侯爵あたり…。』

事実、二人は第一王女のルーシアが他国に嫁いだ後、レインズとナルコシアの婚約を破棄するよう、国王に何度も申し立てていた。


『いや…そうではない…か。』

レインズは思い出す。

ルーシアが降嫁してから、貴族達の間ではレインズとナルコシアの婚約を良く思わない者ばかりになった。

『あのセレモニーはなんだったんだろうな…。』

レインズはナルコシアと並び、

王城のバルコニーで皆に祝福された日の事を思い出す。

『王国の盾だ剣だと、あれだけ持て囃しておいて、勝手なものだ。』

レインズは苦笑いする。

そして、大事な事を思い出す。


『そうだ、父上と母上はっ?!

同じ馬車に乗っていたのだ、傷一つない、と言う事はないと思うが…。』

レインズが両親の安否を気にしていると、

「レインズっ!目が覚めたのかっ!」

ノックもなしに義兄のアルソンが部屋へ飛び込んできた。


「義兄さんっ?なんでココに…?」

レインズの問いに答える事なく、

アルソンはベッドの横に駆け寄ると、レインズの右手を握り跪く。

「ああ…あぁ…よかった…。」

アルソンの頬に添えられたレインズの手に彼の涙が伝う。

「義兄さん…。心配をかけたようだね…。」

「ああ…本当に心配し…いや、そんな事はお前が目覚めてくれて帳消しだっ!」

アルソンは流れる涙を隠そうともせず、なおもレインズの手を握り締める。


「ちょ…痛いよ義兄さん…。」

「あ、ああ、すまんすまん、嬉しすぎてつい、な。」

慌ててレインズの手を離すと、アレクシィーから渡されたハンカチで涙を拭う。

「義兄さん、大げさだよ…。」

レインズはアルソンの大げさな喜びようがむず痒く、苦笑いする。


「大げさなものかっ!お前、3ヶ月も意識不明だったんだぞっ!?」

「さ…3ヶ月…。」

レインズは驚きに声を失う。

確かに随分寝ていたような気もしたが、3ヶ月とは信じられない。

ひょっとして担がれてるんじゃないかとも思ったが、

何度も頷いているアレクシィを見るに、ウソではないようだ。

しかし3ヶ月とは…。


「それであの、父上と母上は…?

一緒に爆発に巻き込まれたと思うんだけど…。」

アルソンはレインズの姉[レーナ]の夫で、隣のファルツ領領主の次男だ。

ファルツ領に住む彼がココにいる…それが意味する所。レインズには嫌な予感がしていた。

だが、確認せねば…。


「まあまあ、今はレインズも目覚めたばかりなんだし…。」

「そうですよ坊ちゃまっ!そうだ、まずはお食事を…いいお肉が入ったんですよっ!」

「ははは、アレクシィ、今起きたばかりのレインズに肉はムリだろうっ!」

「あ!私ったらっ!」

「ははははは。」

二人のわざとらしい『楽し気な会話』に、レインズは苛立ちを覚える。


「義兄さっ!ゴホッ、ゴホッ!」

「坊ちゃまっ!大丈夫ですかっ?!」

急に大声を出して噎せ返ったレインズに、アレクシィが慌てて水差しの水を注いで渡す。


「義兄さん…ちゃんと教えてくれ。父上と母上は?」

アレクシィに差し出された水を飲み、一息ついたレインズは改めて父母の安否を尋ねる。

アルソンもレインズの悲壮な表情に意を決し、

「わかった」と呟くと深呼吸し、

「…レインズ、落ち着いて聞いてくれ。

…義父殿と義母殿は事故の後…お前同様意識不明になり、今も眠り続けておられる。」


父母の安否を確認し、レインズは目を閉じる。

「…そうか…。だが…生きてはおられるんだな…。」

レインズの目から安堵の涙が零れる。

最悪の想像よりはマシだったことで、レインズは少し安堵した。

自分だって目覚めたのだ。父母が絶対に目覚めない、という道理はないだろう。


「領主の義父殿とその嫡男のお前が意識不明の間、

長女の婿の俺が、領主代理として領地の事は差配していた。

レーナは今、街に買い物に出ている。

お前の意識が戻ったんだ、帰ってきたら泣いて喜ぶぞ。」

「義兄さんが…ありがとう、助かったよ。

え?姉さんが買い物?なんで?」

他家へ嫁いだとはいえ、なぜ領主の娘が買い物など?


「それが…その…。」

歯切れが悪く、言いよどむアルソンに、レインズは焦れる。

「義兄さん…俺が眠っていたこの3ヶ月に何があったんだ?」

「…隠しても仕方ない。

実は…ウィンパルト家はここ、バルク領へと転封させられた…。」

「バルク領っ?!あの王国の果て、大魔森林のあるっ?!」


つづく

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