転封貴族と9人の嫁〜辺境に封じられた伯爵子息は、辺境から王都を狙う〜

HY

プロローグ

第0話 プロローグ

ーなぜ、こんな事に…。

レインズ・ウィンパルトは泥だらけで地面を這う自分に問う。


簡単な討伐のハズだった。

領民に聞いていた討伐対象は『少し大きなスライム一匹』。

ソレが時たま、森の出口近くまで来て迷惑だ、せひ討伐隊を、と領民が訴えてきたのだ。

事故で隻腕隻眼になったとは言え、

数々の武勲でかつては[王国の盾にして剣]と呼ばれた自分だ。

たかがスライス一匹、討伐なんて御大層なコトじゃない…。

そう思って身の回りの世話にと、

メイドを一人連れただけで[大魔森林]に足を踏み入れたのだがー。


「アレクシィ、確認だ。スライムの弱点は?」

「はい、火です。

スライムは体がほぼ水なので、剣の攻撃が効きにくいです。

核を一発で斬れればいいですが…。動きまわるスライムの小さな核を斬るのは大変です。

なので、体が水なのを利用して、火魔法で蒸発させますっ!」

「うん、その通りだ。ちゃんと予習してきたな。」

「ありがとうございますっ!」

レインズに褒められ、アレクシィと呼ばれたメイド服の少女が嬉しそうに笑う。


「そうなると、火魔法の得意な坊ちゃまなら、

スライム討伐なんて楽勝ですね。」

「ああ、そうなるな。」

そう言って、俺は得意げに掌に小さな火の玉を生み出す。

「わぁ…何度見ても魔法って不思議ですねぇ…。」

アレクシィは感心して火の玉に見入っている。


この世界では魔法を使える人間はごく一部で、全て貴族として爵位を有している。

神代の時代、神や精霊と契った者の子孫として敬われている。

だが、人間は魔力量が少なく、レインズのように自由に魔法を使えるのは、貴族の中でもほんの一握りだ。


逆に、貴族以外で魔法を使える人間は、獣人族や魔族との混血として差別され、特に魔族との混血とされた人間は忌み嫌われている。


「この火の玉なら、スライムなんて一撃ですねっ。」

「ああ、そうだな。領民の話では少し大きいって話だったから、

一撃とはいかないだろうがな。」

「その時は私が松明で追撃しますよっ。」

アレクシィが『えいやっ』と、火の着いていない松明を振り回す。

その姿は中々堂に入っている。さすが、幼少の頃より共に剣術を習っていただけはある。


「では、スライム退治で気をつけるべきコトはなんだ?」

「え?気をつけるコト…。敵の水魔法ですか?

あの、ピュッて飛んでくる。」

アレクシィが口から水が飛び出すジェスチャーを。

「そうだな、あれは当たるとなかなか痛い。それにねとねとして気持ち悪いんだ。」

「うわぁ、それはイヤですね…。」

アレクシィが顔をしかめる。


「他には?」

「他…スライムの攻撃って、体内に獲物を取り込むんですよね?」

「ああ、ウサギなんかを捕食して、溶かして消化するんだ。」

「じゃあ、私たちみたいな大きなのは、取り込めませんね…。」

「そうだな…戦場で千切れた兵士の首を取り込んだスライムを見た事が…。」

「ぎゃーっ!やめてっ、やめてくださいっ!!」

生首入りスライムを想像したのだろう。アレクシィが悲鳴を上げる。


「はは、敵の攻撃に気をつけるのは当然だろう。

正解は[天気]だ。」

「てんき?あっ!」

不思議そうな顔をしたアレクシィだったが、すぐに気付いたようだ。


「そう、雨の日だと火魔法はまともに使えないし、

当然松明も役に立たないからな。」

「なるほど…。つまり、今日なんかはスライム退治日和ってコトですねっ!」

「そうだな。」

俺達は空を見上げる。

真っ青で抜けるような青空には雲一つない、快晴だ。


「天気も魔法も松明も!

準備万端、抜かりなしですね!」

「ああ、そうだな。」

盛り上がるアレクシィには悪いが、スライム如きに準備万端…。

『俺も落ちぶれたものだな。』

レインズは心の中で自嘲する。


「さて、これで俺に何かあっても、一人でスライムを退治できるな。」

「わかりましたっ!ワタクシが坊ちゃまをお守りいたしますっ!」

アレクシィが胸をドンと叩く。

「はは、それは頼もしいなっ。

それでは、俺は後方でお茶でもしていよう。」

「えーっ、それはさすがに…。」

ついさっきまで、そんな軽口を叩いていたハズなのに…。


今、目の前にいるスライムはどうだ。

その大きさは“少し”なんてものじゃない。

今まで見た事もないその巨大な威容は、

神話級、レジェンダリースライムとでも呼べば良いのか?


「坊ちゃまっ!ここはワタシが食い止めますっ!

御屋敷に戻って、応援をお願いしますっ!」

泥に足を取られ、立ち上がることもままならないレインズの前で、

[身の回りの世話]に連れてきたメイドが短剣を構えてスライムに対峙する。


地面に這うレインズの目の前のメイドの足は、恐怖でガタガタ震えている。

しかし、彼女は主を守るため、震える足で巨大なスライムに立ち向かっている。


『俺は…なんと無力なのかっ!』

彼は残された右手の掌を見る。

あの日、あの事故の日から、

彼の手からいくつもの大切なモノが零れ落ちた。

戦場での活躍も、領地も、両親も、婚約者も…。


そして今、身を挺して自分を守る忠臣の命も、彼の掌から零れ落ちようとしているー。


「これ以上…これ以上誰も、何も…っ!!!」

レインズは自慢の片手剣を杖代わりに立ち上がる。


「坊ちゃまっ!御退き下さいっ!」

「ばかっ!お前一人守れずに、何が王国の盾かっ!

それに…お前がいなければ、誰が俺の世話をするんだっ!」

「…坊ちゃま…。」

顔を背けながら叱りつけるレインズ。

そのレインズに叱りつけられたメイドが嬉しそうに笑う。


「坊ちゃま…ワタシは…アレクシィはこれからも、

いつまでも、坊ちゃまのお世話をいたしますっ!」

メイド、アレクシィの心強い言葉に、レインズも無言で力強く頷く。


「いくぞ、アレクシィーっ!」

「はいっ!坊ちゃま!」

二人は並んで剣を構える。

お互い、最後はお互いの盾になる決意を胸にー。


つづく

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