第十九幕 大群の中

 城壁から矢の雨が降った。

 地上からでも目視出来る距離まで帝都に寄った野獣や虫獣むしけものの群に降り注いだ。


 群の先頭集団が矢に貫かれて数を減らす。

 軍人たちは静かなものだが傭兵たちは興奮して声を上げた。


 続けて弓隊が二射目を放つ。

 軍隊行動の素人しろうとでも三射目は無いと分かる距離だ。


「総員、抜刀!」


 横に広く展開する軍人たちへ等間隔とうかんかくに立つ指揮官が指示を飛ばす。

 最初に群と当たるのは軍人たちで、獣の群を相手にするならば直ぐに乱戦に成る。

 傭兵や岡っ引きが参戦するのは乱戦が始まってからだ。


 だからと言って武器を抜くのが遅くて良い訳ではない。軍と群が接触すれば十秒程度で傭兵と岡っ引きの出番だ。


 ハモンは罅抜ひびぬきを抜いた。

 隣ではユウゲンと部下二人が十手じってを抜いている。


「突撃ぃ!!」


 指揮官の号令を合図あいずに軍人たちが雄叫おたけびを上げて群に突っ込んだ。

 小型の虫獣や野犬が数匹宙に跳んだ。

 自発的に、軍人に切り飛ばされて、宙を舞う。


「岡っ引き、傭兵共、出番だ!」


 獣の群は軍隊の様に組織的な行動をする事は無く直ぐに乱戦が始まる。

 乱戦ではあるが敵味方の区別で困る事は無い。

 人は全て味方、それ以外は全て敵だ。


 数人の軍人が野犬に首を噛まれ、数匹の虫獣に押し倒されて生きたまま喰い殺される。

 軍人たちの刃やつちも野獣や虫獣を斬り裂き砕いていく。

 地面に動物的な鮮血と昆虫的な体液がらされて混じり合う。


 ハモンもその乱戦に突っ込んだ。

 軍人の足元をまわ百足むかでの虫獣アムリを斬り飛ばす。

 野犬の顔面を脛当すねあてで蹴り上げ両断する。


 突っ込む前から分かっていたが群が大き過ぎて規模が把握はあくできない。殲滅せんめつするにも骨がれそうだ。

 だが群が帝都に到達する前に迎撃できたのは幸運だった。こんな大群たいぐんが帝都で民間人の中にまぎれれば武器が有っても戦えない。


 軍人たちの隙間をう様に猿と蛇が迫る。

 罅抜びひぬきを横に振って猿の首をね、蛇の牙を左足の脛当で受け止める。手首の動きだけで刃を返し蛇の頭を断った。


 いのししが軍人を突き飛ばしてハモンの右側から迫る。

 口の両端から突き出す牙が邪魔で正面からの刀や槍は弾かれてしまう。その為に各所で猪の対処に数がかれてしまっていた。

 そんな一匹がハモンに突っ込んできている様だ。


 ゆるい動作で猪に対し右半身で向かい合う。

 下からの突き上げを狙ってか猪があごを引いて牙の先端をハモンに向ける。疾走しっそうしながらも顎を振り上げて牙をハモンの腹部目掛けて突き上げた。

 その牙をかわす為に体を右にらす。罅抜ひびぬきは横に両手で構え、猪の突進を正面から刃で受け止める。

 異常な切れ味を発揮する罅抜ひびぬきが牙も剛毛ごうもうも存在しないかの様に猪の肉を裂く。


 走る勢いのまま擦れ違っていく猪がハモンの背後で倒れた。わらの様に牙や胴が断たれ、倒れる拍子に血やはらわたが地面に零れ落ちる。

 あまりに静かな討伐とうばつに周囲もハモンが猪を切ったと気付かない。


「はあああああっ!!」


 周囲を鼓舞こぶする様に雄叫おたけび上げたユウゲンが近くに居た。

 左拳を猪の横腹に叩き込めば途端とたんに内側から弾け飛ぶ。肉片はどれも異様に鋭い刃物で切られた様に成っており何かしらの理法りほうを使っていると分かる。


「猪はそれがしが叩く! 無理をせずに足止めにてっしろ!」


 その言葉で猪を相手に腰の引けていた軍人や傭兵たちが士気を取り戻した。

 余程よほどユウゲンを信頼しているのか部下二人の士気は高いままだ。


 猪の血肉を振り払っていたハモンに別の獣が迫る。

 妙に狙われている気もするがこれだけの乱戦で周囲を観察する余裕は無い。

 地面を這い寄る虫獣アムリは五体。刀である罅抜ひびぬきで同時に対処するには数が多過ぎる。


 足元に転がる槍を蹴り上げて左手で掴む。ただの棒として横向きのまま先頭の二匹に投げ付けた。

 殺す事は出来ずとも重さでひるませる事は出来る。頭部や腹部に衝突した為に動きのにぶったアムリの頭部を断ち、もう一匹を踏み付けた。

 飛び掛かる三匹目を正面から両断し、踏み付けにした二匹目を四匹目へ蹴り飛ばす。

 足に絡み付こうとする五匹目の頭から二関節目を斬り飛ばした。流れる様に踏み込み衝突して動きの鈍い二匹目と四匹目を斬り殺す。


 拾った槍の横には軍人に死体が転がっていた。

 首には深い噛み傷が有り野犬や猿に組み付かれての絶命だった様だ。


「た、助けてくれ!」


 悲鳴を聞いて背後へ振り返れば見知らぬ岡っ引きの左腕にはち巨虫きょちゅうビズが噛み付いていた。

 人間大の女王蜂とおす護衛ごえい四匹で群を作る虫獣だが今は単体。群れからはぐれて単独行動するビズが居る事に目を見開いてしまう。


 驚愕は振り切って岡っ引きに組み付くビズに踏み込み切断する。

 ただ岡っ引きも痛みと恐怖から腕を振っていた為に人差し指まで切ってしまう。

 指を失った喪失感に悲鳴を上げる岡っ引きへ胸中きょうちゅうで謝罪しつつハモンは直ぐに跳び退いた。


 何故か虫獣たちが手負いの岡っ引きを無視してハモンに迫る。

 舌打ちして、仕方なしに左手を正面にかざし回転する。同時に中指に嵌めた鎧の理装りそうから火を噴き出し、自分の周囲に火を撒いた。

 火に巻き込めたのは四匹。囲んだ状態から一斉に噛み付かれていれば確実に死んでいた。


 腕の痛みに尻もちを着いた岡っ引きを引きって帝都の城壁方面へ後退する。

 負傷者の退避を手伝っていると理解して軍人や傭兵たちが後退を支援してくれる。


「くっそ! 何だこいつら!?」

「血の匂いにかれてやがるのか!?」


 やはり後退するハモンか岡っ引きへの獣たちが殺到さっとうしているらしい。支援してくれる者達が獣達の圧に悲鳴を上げた。

 急いで負傷者を乱戦の外に投げ放ったハモンも戦場に戻る。

 数人の傭兵と互いの死角を潰す様に構えるが、矢張りハモンに狙いが集中した。


 ハモンは現状では無傷で血の匂いはしないはずだ。

 戦闘の高揚感こうようかん怪我けがを自覚できていないのかと疑ったがそんな事は無い。


 何とか周囲の獣を減らせば最後には男たちよりも頭二つ大きな百足むかでの化物、巨虫ガムリが残った。

 巨体を活かした尾の薙ぎ払いが有る為に盾も無しには囲めない。

 北の村で討伐した時と異なり盾となる木は無い。下手に飛び回れば周囲に被害が出て帝都の防衛戦力が目減りし、イチヨが危険にさらされる。


「はあああああああああっ!!」


 そう思っているとガムリの背後から何かが飛来ひらいどう粉砕ふんさいした。

 上半身と下半身に分かたれた肉体の内、頭部の有る側はまだ動いている。その頭部はハモンを狙って地面を這うが、傷により動きがにぶく成っている為に対処は容易たやすい。

 正面から踏み込んで罅抜ひびぬきを受け止めようとした牙を無視して両断する。


「む、ハモンか。相変わらず馬鹿げた切れ味だな」

「ユウゲンか」


 仮面の岡っ引きユウゲンが異常な跳躍力ちょうやくりょく膂力りょりょく発揮はっきしてガムリを粉砕したらしい。右手の十手じっては使い潰したのか半分程で折れている。

 厄介やっかいな巨虫を倒したユウゲンを傭兵たちがたたえる。

 確かに少しの間が出来ていたので息を整える意味でも悪い話ではない。


 周囲を見れば軍人たちの中でも役職持ちらしい派手なかぶとかぶる者達が理法を使っている。部下たちで獣を囲ませて火を撃ち込んだり、地面に粘性ねんせいの液体をいて獣たちを足止めしたりと活躍は様々だ。


「おう坊主やるじゃねえの。俺らの傭兵団に来ねえか?」

「おいおい、岡っ引き助けるの見てねえのか? 御上おかみに成るなら応援するぜ」


 息を整えて軽口を叩く傭兵や岡っ引きに肩をすくめるだけだ。

 どちらも今のハモンには魅力みりょくが無い。立場や人の輪は目的にそぐわない。


 罅抜ひびぬきに付着した獣たちの血肉を振り払う。

 野獣の牙や剛毛、虫獣の甲羅こうらや針を幾度いくども断ち切った直後だというのに刃毀はこぼれ一つ無い。


 周囲では使い潰された刀や槍を離れた獣に投擲とうてきしている者も多い。そしてハモンを見てまだ同じ刀を持つ事に首をかしげている。

 次第に欠損けっそんの無い罅抜ひびぬきに気付き目を丸くした。


「国宝と呼ぶべきか妖刀と呼ぶべきか悩む所だな。その刀を振るうと知れただけで家臣かしんにと求める貴族も多いだろうに」


 めるけなすは片方にして貰いたい。

 ユウゲンの言葉に思う事はそれだけだ。


 大群は多少減ったのだろうが未だに見渡す限り獣だらけだ。

 東の山を見れば、黒煙が止む様子は無い。


 ふと直前に見た地形との相違そういに気付く。

 砂煙に隠れて見辛いが遠目に見える山々の連なりに別の物が混じっている様に感じた。東の山が爆破によって形を変えたのが黒煙の減少により見え始めたのかと思えば違う。

 砂煙の中で目を細めて見る。違和感を覚えた地形は黒煙が上がっている山から少しれた方角だと分かる。


「巨獣か」


 人の体格を超える虫獣が巨虫きょちゅうならば、人の体格を超える野獣は巨獣と呼ばれる。

 城壁の上から大群を見つけた物見ものみの言葉を思い出す。


 大の男二人分の身長を超えた山を思わせる巨体。

 口の端に生える牙は四本。


 詩人はうたう。

 その歩みは岩を砕き、大地を踏み潰し、一度ひとたび暴れれば山すらならす。


「オオクニだと!」

「砂煙に隠れてやがった!」

「帝都均衡きんこうに出るなんて聞いてないぞ!?」

「山崩し相手に邪魔が多過ぎる!」


 人の体格を超えるという定義は同じでも百足むかでの巨虫ガムリと山崩し巨獣オオクニはまるで討伐とうばつ難度が異なる。

 巨虫ガムリは十の兵士で囲み疲弊ひへいさせて殺す。


 だが巨獣オオクニはそれでは殺せない。

 悲鳴を上げる者達はそれが分かっている。


 剛毛と岩の様な皮膚ひふに刀も槍もはばまれる。

 数十人で囲み続け、幾人もの犠牲を即時に入れ替え、オオクニに不眠不休の消耗戦を三日三晩強いる。


 周囲の野獣や虫獣まで相手にしては不可能な討伐方法だ。

 だからこそ軍人たちも悲鳴を上げる。


「総員、構えろ!」

「ここで止めねば壁を砕かれるぞ!」

「敵はオオクニ!」

此処ここを死地と心得よ!」


 指揮官たちが怒号どごうを飛ばす。

 合戦かっせんと呼んで差しつかえない乱戦の最中でも良く通る声だ。


 よく見ればオオクニの周囲には猪や野犬と言った野獣たちが付き従っていた。

 猿や狼の群を連想させる動きからもオオクニがこの群の中心らしい。


 容易たやすくはない本丸を相手に、ふとハモンはオオクニと目が合う錯覚さっかくを覚えた。

 より正確に言えば、オオクニに見られていると感じた。


 巨獣が吠え、周囲を囲う野獣たちがハモンに向けてゆったりと歩き始める。


 錯覚ではなかったのかとハモンは息を吐いた。

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