第十四幕 木造遺跡の中

 ハモンとユウゲンは見た事も無い木造の通路に踏み込んだ。

 窓から差し込む陽光ようこうが気に成りハモンが窓に手を伸ばす。

 硝子がらすの板など見た事が無い。それでも硝子の板が豊富ほうふに使われた遺跡だと受け入れなければ始まらない。


 触れると手に返る硬く冷たい感触。指の腹が板の形に合わせて沈む。

 窓枠まどわくに触れれば、木目もくめの感触が無い。洞窟どうくつ内に特有の湿しめった冷たさではない。

 煉瓦れんが建築で使われる隙間すきまめの粘土ねんどの様に熱を感じなかった。

 引戸ひきどの様に横へ動かす事も出来ず窓の形をしているだけの様だ。


「見た目通りの形ではないな」

「何? どういう事だ」


 ハモンの背後で腕を組むユウゲンに木目の感触や窓枠の温度の違和感を伝える。

 するとユウゲンも複数の木板もくいた規則的きそくてきに組まれた壁に触り、木板の隙間の感触が無い事に気付く。


まぼろしとでも言うのか? 面妖めんような」

撤退てったいか?」

「馬鹿を言うな。異常事態では有るがそれがしの為に危険をおかした者を捨て置く訳にはいかぬ」


 木造の通路は障害物も無く奥に続いている。

 通路には引戸ひきどが点々としており、途中に横道が一つ、最奥さいおくには木造の扉が見えた。扉は遠目とおめには引戸ではなく開閉かいへいする形状の様だ。


 木造の床をブーツで踏めば足音を完全に殺す事は出来ない。

 足音はあきらめ二人は奥を目指し歩き始める。


 最初の引戸に手を掛ければ、廊下と同じ木板もくいたを組み合わせた部屋に成っていた。部屋の中には木造の机と椅子が十程並び、全て部屋の壁に埋め込まれた黒板こくばんに向けられてる。また黒板の前には並ぶ机と椅子以外は無い。

 黒板と真逆の壁にはたなが有り机と同じ数に小分けにされていた。各棚の下には金属板きんぞくばんが打ち込まれ『一』『二』『三』と番号が振られている。


 何の部屋かも分からず、唯一ゆいいつ思い付くのが寺子屋てらこやの様な読み書き算盤そろばんを教える施設だった。

 机や椅子に手を伸ばしてみれば、やはり見た目にはん木目もくめが無く温度も感じない。

 椅子は木造とは思えぬ程に軽く、見た目通りの材質でない事は通路の壁と同様らしい。

 机は岩の様に動く気配けはいが無い。脚と床の隙間すきまを観察し指でなぞれば見た目に反して机と床は一つの物体の様だ。


 人攫ひとさらいと教育施設の関係が読めずにユウゲンがひたいに手を当てている。この施設に集団で奇襲きしゅうを掛けるならば後続こうぞくの者達に何と説明するのかと頭をかかえているらしい。


 人攫いや被害者ひがいしゃの居ない部屋に用はない。

 人影が無い事を確認しながら通路に戻り、念を入れて全ての部屋を見る。

 横道を見れば机や椅子がまれた物置の様だった。


 ふと横道を過ぎて寺子屋てらこやもどきの部屋を見て、匂いに気付く。


「ユウゲン、木の匂いがしない」

「何? ……ふむ。手触てざわりもそうだが、やはり木造ではないのか。だがこの感触かんしょく、何で出来ていると言うのだ?」


 先程から二人ともこのまぼろしに敵意を感じない。

 人攫ひとさらいが理法りほうを使う事は分かっている。それでも火や風と言った単調たんちょうな物だけだ。この様に施設全体に幻を掛ける理法が可能だとは思えず、また意図が読めずに首をかしげてしまう。


 順当じゅんとうに探索を進めつつ、何も見つからない徒労感とろうかんから気がゆるむ。それでも最奥の扉が近付けば自然と気が引きまった。

 最奥の部屋に入る前、人骨の絵や昆虫の標本ひょうほんが並ぶ不気味な部屋でユウゲンがハモンに声を掛ける。


「今の内に聞いておくが、貴殿きでんが左中指にめるよろい理装りそうで良いのだな?」

「ああ」

「何が出来る?」

「火球だ」

「良いだろう。それがしは風のやいばが使える」

無手むてに見えるが得物えものは?」

十手じってが有る。余程よほど強者つわものでない限り素手すでだがな」


 先日の大捕物おおとりものの身体能力を思えばハモンも納得出来る。正しく鍛錬たんれんを積んでいれば貫手ぬきてで人体をえぐる事も可能だろう。


人攫ひとさらいの生死は?」

わぬ。それがしは最低でも一人らえるが貴殿は可能な限り派手はでに暴れ数を減らしてくれ」

ぞくの人数は?」

「分からぬ」


 ハモンは思わず嘆息たんそくした。

 相手は最低でも四人。その四人は火や風の理法を使う。

 分かっている事はこの二点だけとユウゲンは言う。剣士として命をける事にいなは無いがあきれは隠せない。


 ユウゲンも無茶むちゃを言っている自覚は有るらしく肩をすくめている。

 彼にとってこの程度の無謀むぼうは日常らしい。

 仲間が少ないのは無理も無いとハモンは半目に成ってしまう。


 通路に出て、開閉かいへい扉の前で息を吐く。

 ここまで人攫ひとさらいも被害者も見ていない。この先に敵が居ると見て良いだろう。

 突入の緊張感をほぐす様に肩を回し、ハモンは罅抜ひびぬき柄頭つかがしらに手を乗せた。手に馴染なじむ感触に口角くちかどが吊り上がり自然と笑みを浮かべてしまう。


 そんなハモンに気付いたユウゲンが不信を覚えたらしい。扉の取っ手に手を掛けて眉をゆがめている。


「人斬りのたぐいではあるまいな?」

肉断にくだちの手触てざわりは好かん」


 馬鹿を言うなとハモンが半目に成ればユウゲンも渋々しぶしぶと納得したらしい。

 確かに刀に触れて笑みを浮かべる者を見れば不安も覚えるだろう。


 不信に目をつむったユウゲンが扉を引き開く。

 扉の奥もやはり木造もくぞうだった。

 今までの個室とことなり机と椅子は向き合って設置されている。扉から見える机と椅子は横向きに置かれている様だ。


 そんな部屋の奥、窓と同様に硝子がらすの様な透明な壁が有る。

 硝子壁の奥だけが木造ではない。

 継ぎ目の無い真っ白な壁、ハモンの知る遺跡の様子に酷似こくじしている。

 椅子と寝台しんだいの中間の様な台が二つ置かれていた。


 硝子壁の手前、机や椅子に座る人攫ひとさらいだろう者たちが居る。

 数は六。全員が白装束しろしょうぞくまとい、机の影に小柄こがらおとりの男が見えた。


 ハモンは踏み込んだ。

 室内を観察する余裕は脳内から消し飛んでいた。

 ただ最速で扉に近い白装束に肉薄にくはくし、居合い抜刀ばっとうにより一人目を斬る。侵入者に驚愕きょうがくした白装束の右脇腹みぎわきばらから罅抜ひびぬきを通し、左肩に向けて切断する。


 余裕の見えないハモンにユウゲンも直ぐに室内に踏み込んだ。罅抜ひびぬきが見せた切味きれあじ、ハモンの背に宿やど怒気どき尋常じんじょうならざる物は感じるが今は横に置く。


 切断された白装束の肉体の隙間からハモンの顔を見た生き残りが目を見開みひらく。

 突然の侵入者と現実味の無い蛮行ばんこうに悲鳴が上がる。


「あれは付喪神つくもがみか!?」

「知るか!」

「北の支部が存続不明だったはずだ!」


 最低でも四人は理法りほうを使う筈だが誰一人ハモンに反応出来ていない。

 残り五人の白装束へハモンが迫る。

 手近てぢかな一人の首に罅抜ひびぬきを突き刺し、空いた左中指の鎧から火球をもう一人の胸に飛ばす。

 刺した罅抜ひびぬきを横に振り抜いて首を飛ばす。着弾した火球がぜて胸から手足と頭部が千切ちぎれ飛ぶ。


 室内に二人分の血がかれ、鼻を突くにおいに残った三人が腰を抜かした。

 その内の一人にユウゲンが跳躍ちょうやくする。ハモンに皆殺しにしてしまう前に、せめて一人は確保する算段さんだんの様だ。

 狙っているのは部屋の最奥に居る白装束。

 ハモンが四人目を切り伏せる間に首をつかんで引き倒し後頭部を床に叩き付け気絶きぜつさせた。


 残るは一人。

 ハモンの顔に冷静さは見られない。無表情だが確かな激情げきじょういだき皆殺しの為に動く。


 ただ最後の一人は五人が無力化される間に反撃の体勢を整えていた。

 右手首の腕輪をハモンに向ける。白装束の指先に火がともり、ハモンに向けて投射とうしゃされた。

 今まで何度も虫獣むしけものや野獣を遠距離から排除はいじょしてきた必殺の理法だ。男の顔には自信に満ちており、始めて人へ向けたのか少しの恐怖が見えた。


 そんな火矢を罅抜ひびぬきが正面から断つ。

 上段から振るわれた刀身が火を左右にかち、白装束の腹部に刃が刺さる。


「馬、鹿な」


 大の男の体を切断し、首をはねね、飛来ひらいする火矢ひやすらかつ。

 何者の干渉かんしょうによっても欠損けっそんを受け付けぬ異常な刀。


 ただ硬いだけでは説明出来ぬ現象げんしょうを引き起こす罅抜ひびぬき

 腹を刺された白装束の男が宝を見つけた様にその刀身を掴む。


れるな」


 刀身を横に振り抜き腹を裂く。

 刻まれた切口からはらわたと血がこぼれ木に見えるだけの床をよごす。


 白装束は全員が倒れた。

 それでも木造の通路、部屋に変化は無い。

 このまぼろしは白塗装が起こす物ではない。


 ユウゲンがそう確信する中、ハモンは彼が気絶させる白装束への殺意をこらえるのに必死だった。


 にらみ合い、示し合わせ様に息をく。

 気絶した男への殺意を収めたハモンは罅抜ひびぬき付着ふちゃくした血肉を払い納刀する。


 びると忠告ちゅうこくしたなユウゲンだが、ハモンの顔を見て言葉を飲み込んだ。


あらためるのだろう?」

「ああ。殺すなよ」


 ハモンをいさめるユウゲンが革羽織の裏からなわを取り出た。気絶した男の手を背に回してむす拘束こうそくする。


 さらわれた人々の行方ゆくえを調べる必要が有る。

 ユウゲンの疑念ぎねんこもる視線。ハモンはそれを受け止めるしか出来なかった。

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