第十三幕 尾行の最中

 ユウゲンからハモンへの依頼は直ぐに来た。


 イチヨと共に外出してからハモンの家族の事は話していない。両親を失って一月ひとつきも経っていない娘が聞く話ではない。

 天涯孤独てんがいこどくで得られる仲間意識など二人とも求めていない。


 用心棒ようじんぼうの仕事を三日ほどけるのは問題に成らなかった。

 最近、白革羽織はおかきとつながりが有ると思われ後ろめたい者たちの客足は遠のいている。店周辺の治安ちあんは良くなったので遊女も娘たちも安心して働けるが売上の不安はまとう。

 たまに怖い用心棒ようじんぼうが不在というのは客商売として客入りに影響するらしい。


「てな訳で、人攫ひとさらどもは夕刻から夜に掛けて拉致監禁らちかんきん。昼間は商人にけて人を荷車にぐるまに隠し帝都の外に運んでるらしい」


 ユウゲンの姿では目立つと仮面や群青革羽織はかばん仕舞しまったゲン。

 彼に呼び出されたハモンは真夜中の西色通にしいろどおり入口で合流した。夜食に蕎麦そば屋で小腹を満たしながら事件のあらましを聞く。


 聞けば随分ずいぶんと手が込んでおり帝都南門の兵士も取り込んでいる可能性が高い。帝国が認める手形てがた持ち商人にけているらしいが幾度いくども人を運べば何処どこかで怪しまれる。

 ゲンの言い分を聞くに人攫ひとさらいは数回にわたり起きている。それなりの仕込みが行われたのは想像にかたくない。


 帝国が商人に発行する手形の重みが分からないハモンは下手な質問はしなかった。分からない事は分からないままで良いと割り切り自分の仕事に集中する。


さらわれる人員はこっちで手配したぜぃ。ま、良いおとりに成って貰おうじゃないの」


 ゲンの言葉にしたがい夜の帝都で小柄こがらな男の後を追う。色町から出てせまい路地を行く間に四人の男にかこまれ気絶させられた。

 こんな仕事までするのかと岡っ引きに同情したハモンだが、どうにも岡っ引きではないらしい。以前にハモンに喧嘩けんかを売った剃頭ていとう男スピアと同様の個人的な協力者なのかもしれない。


 陽がのぼり、人攫ひとさらども小柄こがらな男を荷車にぐるまに押し込み帝都の外を目指した。ゲンの言葉通り門番に何かが書かれた木板もくばんを見せて怪しまれる事も無く帝都の外に出る。


 人攫いが居ると分かってあらためもしないのかとハモンは嘆息たんそくした。

 同意する様にゲンも拳に力を込めている。帝都の治安維持ちあんいじほこりを持つ者としてのくやしさも有るのかもしれない。


「さって、こっから近場の山に入るぜい」


 ハモンにはいやおうも無い。

 帝都から東へ一刻一時間程の山に入るなりゲンがかばんから仮面と群青の革羽織を身に着けユウゲンとしての体裁ていさいを整える。

 ハモンは特に疑問を持たずこだわりが有るのだろうと思うだけだ。


「今更なんだが」

「うむ。奴等やつらのねぐらに入れば気安く話も出来ぬ。気がかりが有れば今の内に言うと良い」

「二人で事足ことたりるのか?」

「案ずるな。踏み込むのが我等われらというだけだ」


 安心する要素が見えないまま山に入った。ハモンの白革羽織が目立つので念の為にいで手にかかえる。

 帝都、街道、山と短時間で植物量の変化に鼻が反応しくしゃみをおさえ込む。鼻をつまんでの抑え込みにのど気道きどうが痛むが耐えしのぶ。


 木々きぎや草木のしげる森で音も無く歩き回るのは難しい。

 野犬や虫獣むしけものも無視できないがそれは人攫ひとさらい共も同じ事。

 四人全員が理法りほうを使えるらしく火や風で排除していった。山に入れば人目は気にしなくて済むと確信しているらしい。


 尾行びこうすれば理由も直ぐに分かる。

 木とつたと岩影が作る死角に洞窟どうくつが有り体格の良い男が小柄こがらおとりかついで運んでいく。

 木陰こかげからその様子をのぞかなければハモンもユウゲンも見つけられなかっただろう。


「聞きたかったのだが」

「無駄話か?」

「ここならば見つからんだろう。白の羽織に思い入れでも有るのか?」

「貰う予定だった」


 意味を成さない返答をしたハモンが白革羽織をかぶる。

 最低限、聞く者が悪い想像を掻き立てられる返しを意識したのは事実だ。

 ユウゲンも気持ちのい話ではないとさっしが付き肩をすくめて会話を打ち切った。


「今後も聞かぬ方が良いか?」

「そうだな」


 ユウゲンも無神経だと自覚しているらしい。ただハモンには遠回しな聞き方では通じないと判断して言葉を選ばなかった様だ。


 二人の見ている前で人攫ひとさらい共が洞窟どうくつに姿を消した。

 ぐに踏み込むのかとハモンがユウゲンを見れば首を横に振っている。


 そのまま半刻三十分とは言わない程度のときが流れ、ユウゲンが洞窟に向かうと合図を出した。

 先を行くユウゲンの後に続く形でハモンも洞窟に近付く。時を置いたのは何かしらの意図が有るのだろうと歩調ほちょうはユウゲンにしたがう事にする。


 つたが作る暖簾のれんくぐれば普通の洞窟だ。入口付近は陽光ようこうの届かぬ暗闇だが奥には陽が差し込む場所や松明たいまつが用意されている。けむりは岩の隙間すきまから外に出る様だ。


 そんな風に観察していたハモンはユウゲンの後に続き可能な限り足音を殺して歩く。

 ハモンの国で唯一ゆいいつ知る遺跡の様に洞窟が枝分えだわかれする事も無い。天然の岩で形作かたちづくられた洞窟は一本道で足元に気を付けていれば怪我の心配も少ない。

 人の往来おうらいが多い為か道の中央だけこけが薄かった。人の気配を感じない限りは中央を歩くのが良さそうだ。


 念の為に陽光ようこう松明たいまつの影で横道が隠れていないかも注意した。

 そんなハモンを見てユウゲンが感心している。


「慣れておるな。旅の経験か?」

「そんなところだ」


 国の遺跡に辿り着くまでの苦労を思い出す。

 見落とした横道から現れた虫獣むしけものアムリを何度も相手する内に刀がれ、最後にはさやで殴り殺し牙を奪って小太刀こだちの様に使ったものだ。


 腰にげる罅抜ひびぬき柄頭つかがしらに手を伸ばしでる。

 いずれ失う日が来る。

 失う為に旅を続けている。

 それでも手放したくない自分の女々めめしさにわらってしまう。


 半刻三十分も歩くと先を行くユウゲンが手振りで止まれと指示を出す。

 何事かと思いハモンもユウゲンの手振りに合わせて洞窟どうくつの先を見る。岩の隙間すきまの陽光でも、点々と設置された松明たいまつでもない光に岩肌いわはだが照らされていた。


 口の前に指を立てたユウゲンが小声で話す。


「奥を見る。此処ここで待て」


 ハモンはうなずくしかない。

 奥に進むユウゲンを見送れば、数歩でユウゲンが立ち尽くした。


 声を掛けて人攫ひとさらい共に気付かれる訳にもいかない。

 足音に注意してハモンもユウゲンの横に進み洞窟の奥、謎の光源を見る。


 細い木の板が規則正きそくただしく並んだ壁や床。障子しょうじの様な木枠の窓は硝子玉がらすだまと同じ材質に見える透明な板がめられている。


 その窓の外、青い空から真昼の陽光が洞窟に差し込んでいた。

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