第十一幕 決闘の最中

 男が突き出す槍の切っ先は剣の間合いをゆうに超える。

 しかし、間合いが広いという事はふところの手札が限られる事に繋がる。また突きという攻撃の性質上、攻撃範囲は非常に小さく姿勢も前に倒さざる負えない。

 その為、受け手が突きをかわしつつ前に出る事が出来れば拳法や刀剣の間合いに持ち込める。


 ハモンの前進は剃頭ていとうの男がそう考える様に誘導するものだ。


 迫る槍の穂先ほさきが体の横を通り抜ける様に上体を右へらした姿勢。

 そのハモンを追って男が突きの狙いを変える。一度体を逸らしてから更に体を逸らせる程の間を与えない素早くも的確な肉体操作だった。


 帝都いち自惚うぬぼれる程度の腕は有るらしい。


 そんな風に思いながらハモンはベルトからさやごと罅抜ひびぬきを出した。

 つばさやひもで縛っている為に抜刀は出来ない。それでも右手でつかを握り居合いの様に引き抜く。


 男が笑みを浮かべるのが見えた。恐らくハモンの居合いは間に合わないと確信しての事だろう。

 仮に槍を迎撃げいげきするとしても巨虫きょちゅうガムリの穂先ほさき、迎撃ごとえぐり取れるという目論もくろみも有るかもしれない。


 その穂先へ、罅抜ひびぬきの柄頭を叩き付けた。


「なっ!?」


 驚く男にハモンは納得する。

 普通の刀ならガムリの牙で迎撃ごと喰い破れると考えるのは間違っていない。

 ただ罅抜ひびぬきは普通の刀ではない。刀身が刃毀はこぼれしないばかりか本来は整備用に分解出来る程度の強度しか持たない柄やつばまで変化を受け付けない。

 言ってしまえば鍔や柄、刀身まで含めて一個の岩石の様な性質を持っている。


 驚く事に納得は出来るが、驚いて硬直こうちょくするのは見逃せない。

 正面、少し下から攻撃の勢いが乗る前の穂先ほさきを叩いた。男は姿勢を上にらせている。

 その隙に前進して剣の間合まあいに入り、ベルトから引き抜いた罅抜ひびぬきで鞘のまま男の脇腹わきばらを打った。


「ごふっ」


 息を吐き出した男が前屈みで脇腹をおさえるのに合わせ顔面をブーツの爪先つまさきで蹴り上げる。咄嗟とっさに片手でふせがれたが衝撃は殺し切れていない。


 有効、けずり。

 適当に相手の体力をはかり前二打をそう評価する。

 苦しみ方を見る限り有効が五つも重なれば戦闘不能として拘束こうそく出来そうだ。


「参った!」

「……は?」


 いきなりの宣言、片手は完全に戦意喪失と頭上に上げられている。

 ハモンの油断を誘う為かという疑惑は有る。

 首に切っ先を突き付け距離を取る様、あごで指示すれば素直に従い下がって行く。槍に向けて視線を向ければ穂先ほさきを外し三昆節操さんこんせっそうが分解される。

 後腰にベルトでも有るのか三昆節操と穂先を仕舞い完全に無手に成った男が下がって行く。


「覚えてろっ!」


 お約束な捨て台詞ぜりふいた男が西色通にしいろどりから去って行く。

 呆気無あっけない以上に意味が分からずハモンは困惑してしまう。西表楼いりおもてろう遊女ゆうじょと娘が喜ぶ姿を見て気を取り直し、罅抜ひびぬきをベルトに戻して店に戻る事にした。


 ハモンが暖簾のれんくぐれば勘定場かんじょうばの裏からイチヨが出てきていた。不安そうではあるが昨日さくじつの様に取り乱す直前という程ではない。

 ハモンが彼女の頭に手を乗せて軽くでてやれば落ち着いたのか顔をほころばせる。直ぐに男客の目に触れない様に勘定場の裏に戻って行った。

 ハモンのイチヨが妓楼ぎろう仕事をするのを人に見られたくないという意図を察しているらしい。


 旅を共にしてから思っていたがかしこい娘だ。読み書き算盤そろばんを習得している事もそうだが頭の回転も速いらしい。の打ち方を覚えればハモンなど直ぐに太刀打ち出来なくなるだろう。


 イチヨが裏に入って直ぐ、玄関げんかんに駆け込んでくる者が居た。


「あらぁ、ユウゲンはん、来てくれはったんです?」


 スイレンが黄色い声を上げる。

 ハモンも振り返れば双角そうかくの白仮面をかぶおかきユウゲンだった。呼吸が荒く肩に掛けた群青ぐんじょうの革羽織が荒く上下している。


「ぶ、無事であったか」

「あの禿達磨はげだるまを知っているのか?」

「スピアの事だな。少し前から帝都を騒がす武芸者ぶげいしゃでな。さいわい死者は出ていないが場所をわずの大騒ぎで困っている」


 言われて思い出せば剃頭ていとうの男、スピアの逃げ足は相当なものだった。如何いかに異常な跳躍力ちょうやくりょく発揮はっきするユウゲンでも簡単にはらえられないのだろう。


 ハモンに状況を聞きたいというユウゲンに、用心棒ようじんぼうの仕事をどうするとスイレンを見れば許可が出た。昨日さくじつの客室が空いていると言うので連日に渡り二人での会合かいごうだ。

 ハモンにはユウゲンの視線を受け止めるという意識は無い。興味の無い相手の話は苦痛、その程度の認識だ。


「スピアは強かっただろうか?」

「……弱くは無いだろうが、特別に強いとは思わん」


 特別に隠す必要を感じない為にハモンは素直に答えた。

 仮に捕物とりものに付き合えと言われても御免被ごめんこうむりたい。対峙するだけで疲労感を覚える相手は極力避けたい。


「その、何だ、言いにくいのだが」

捕物とりものには協力しない」

「いや、もっと悪いと言うか」

「は?」

「実は、ゲンの言う協力者の一人なのだ」

「……協力は考え直して良いだろうか?」

「待ってくれ、あれだけの騒ぎ者、基本は陽動ようどう貴殿きでんとは別行動だ」


 異常な状況ならば同行させるのかとただしたいが飲み込んだ。先の事など誰にも分からないし口約束は互いに不幸だろう。

 ゲンもスピアの事はあましているらしく疲労が濃い。


「今日はもう良いだろうか?」

「ああ。仕事中に邪魔をした。明日あすまたうどん程度ならおごるが?」

「外せぬ先約が有る」

「おっと、女子おなごか?」

「そうだ」

「……貴殿きでん女子おなごに興味が有ったのか」


 衆道しゅどうと言いたいのかと呆れたハモンだがユウゲンの言いたい事は別らしい。ハモンの視線に慌てて首を振り否定を示す。


「旅の連れが、妹が居ると遊女ゆうじょたちから聞いたのだ。その状態で女子と逢瀬おうせをするとは思わなかったのだ」

「先約はその連れだ」

「……妹では無かったのか?」

血縁けつえんではない」


 仕事始めにして話し過ぎた為にのどが痛む。

 やはりイチヨと二人だけの方が静かで心身も休まると思いハモンは嘆息たんそくした。イチヨが自分に依存いぞんするのは避けねばなどと思っていたが自分の方がイチヨに依存していると自覚して余計に暗澹あんたんたる気分におちいってしまう。


 話は終わりかと問えばユウゲンも早々に店を出て行った。

 やっと用心棒ようじんぼうに集中できると勘定場かんじょうばに戻り小窓こまどからのぞくイチヨと目配めくばせをする。


 ユウゲンが来た事情は仕事終わりに話す。

 その為にも今日はもう誰も問題を起こすなと自然と目付きがきびしくなる自分を自覚し、ハモンは嘆息たんそくした。

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