第七幕 戸惑いの中

 大通りでの大捕物おおとりものから西表楼いりおもてろうに戻ったハモンは用心棒ようじんぼうの仕事に集中していた。数日で西色通にしいろどおりには白革羽織の用心棒が居ると噂に成ったらしい。

 今日の客は数日で見慣れた行儀の良い客が多くハモンも座っているだけだ。その客も色町という裏家業と切り離せない場所で楽しく安全に遊べると嬉しいと笑っている。


 閉店間際、今日は閉店後に遊女ゆうじょが客と遊ぶ事も無い。

 ハモンやイチヨの仕事も閉店に合わせて終わるので軽食の後に寝るだけだ。


 そう思っていたハモンだが、暖簾のれんくぐって群青の革羽織を肩に掛けた男が入って来る。

 目元だけをおおう白い仮面のおかき、ユウゲンが西表楼いりおもてろうおとずれた。今日はお付の二人もらず一人らしい。


「キャー、ユウゲンさんいらっしゃい!」

「アタイ今からお付き合いできますよ!」

「アンタはさっきまで接待せったいしてたんだからウチの番でしょ」

「そもそも閉店間際だよアンタたち」


 急に現れたユウゲンに色めき立つ遊女たちだが、ハモンはしぶい顔をする。

 夕暮れ時の大捕物おおとりもののちに目立ちたくないと逃げ出したのだ。呼び止めようとしていたユウゲンにしてみれば追いたくもなるだろう。


「済まない。今日は白革羽織の彼に用が有る」


 おごそかな一言でハモンに視線が集まった。

 背後の小窓こまどからイチヨの視線を感じる。おかきという軍とも異なる御上おかみがやって来た事で不安を覚えたのだろう。


「何だ?」

大捕物おおとりものけんだ。それと貴殿きでんには個人的に話も有る」


 あまりユウゲンと共に居たくはないが彼と縁を持ちたい遊女たちが話しを進めてしまう。いつの間にか業者との会合かいごうに使われる客室が確認され遊女たちによってユウゲンが通されてしまった。

 意固地いこじに成っても逃場はない。ハモンは仕方なしに遊女たちとユウゲンに続いて客室に異動した。


 畳に置かれた机は四脚が彫刻家ちょうこくかの手で装飾そうしょくされている。商売繁盛しょうばいはんじょう祈願きがん荷鳥にどりホァンがられているのは帝都では珍しくない。


 上座かみざ下座しもざは気にせず適当に座布団ざぶとんに座る。

 遊女ゆうじょたちはユウゲンの視線で立ち去り、ふすまを閉じる際に茶を用意するとだけ言い去って行った。


「さて、あまり歓迎かんげいされていない様だ。茶は遊女たちと飲むとして、貴殿きでんとは先に話を済ませてしまうか」

「ああ」

「まず褒美ほうびの話だ。おかきの仕事を手伝った者には褒美が与えられる。これは帝都のほうしたがって貰う。今回の褒美として妥当だとうなのは、そうさな、うどん一杯いっぱいと言ったところか」


 あまりに庶民的な言葉を聞き、ハモンはつい吹き出してしまった。

 ユウゲンも先程までの生真面目な岡っ引きとしての居住いずまいを崩し口に笑みを浮かべている。妓楼ぎろうに入店してから初めて笑みを浮かべていると気付いた。


「分かった。ぜにか?」

「いや。行き付けが有る。明日あす夕刻ゆうこくはどうだ?」

「良いだろう」


 西色通にしいろどおりで待ち合わせをしてハモンは席を立った。

 入れ替わりで急須きゅうすと湯飲みを持った遊女が襖の外から声を掛けて来る。男同士の話は終わり遊女たちに任せると伝えれば黄色い声を上げて二人の遊女が客室へ入って行く。

 襖を閉じる直前にユウゲンを見れば半目はんめに成っている。体良ていよく遊女を押し付けた事を恨んでいるらしい。


 らぬぞんぜぬと襖を閉じて階段の有る玄関へ向かう。

 勘定場かんじょうばの前でイチヨが待っている。今日の勘定に間違いが無いか木簡もっかんと見比べる娘から心配そうに見られているが気付かないらしい。


「イチヨ」

「あ、兄様にいさま


 妓楼ぎろうの片付けの為に遊女や娘たちが小さな足音を立てながら慌ただしく往来おうらいしている。その為、ハモンに駆け寄って来ても抱き着きはしない。

 ハモンは静かにイチヨの背に手を回して階段へうながし二人の部屋に向かう。ハモンから触れるのは良いらしく背中に回した手のひじにイチヨが手を伸ばし、背中に当てられた手を肩へ誘導してくる。


 廊下や階段を行く遊女や娘たちも最初は微笑ほほえましく生温なまぬい笑みを浮かべた。だがイチヨの表情を見て直ぐに笑みを消してハモンにしらけた視線を向けて来る。

 ハモンも同じ立場なら同じ様な態度に成るので文句もんくも言えない。


 自室に戻り襖を閉める。

 途端とたんにイチヨがハモンに抱き着いた。腹に顔を押し付け泣くのを我慢がまんする様に肩を震わせている。

 防衛都市で軍人に襲われたという話から御上おかみとハモンとの相性あいしょうの悪さは理解しているらしい。ハモン自身が御上を避ける姿勢もイチヨを不安にさせるのだろう。


 イチヨの肩に手を置いて少しだけ離し、かがんで下からのぞき込む。やはりとおたないと言うには整い成熟した顔立ちをしている。

 わきの下から腕を通して抱き上げる。十代中盤のハモンからすれば九つのイチヨは少し重い。

 我慢がまんして部屋の窓際まで移動し胡坐あぐらに成り強く抱き締めた。イチヨも応える様に抱き着いて来る。


「大丈夫なの?」

「ああ。物取ものとりを捕まえた時のれいが言いたいそうだ」

「そんな事してたんだ」

「大通りを歩いていて偶々たまたまな。褒美ほうびとして明日あす、うどんを馳走ちそうに成る」

「良いなぁ」


 そう言うが本心には聞こえなかった。

 むしろ行って欲しくないと主張する様に羽織を握っている。


「帝都に来て一度も共に外に出ていないな。偶にはどうだ?」

「え?」


 ハモンの提案が意外だったのかイチヨが不思議そうに顔を上げる。

 確かに今までハモンは彼女を自主的に連れ出す事が無かった。防衛都市でハナも含めた三人で外出したのもイチヨとハナが望んだからだ。

 面倒を見ると約束してこれでは怒られても文句もんくは言えない。イチヨがハモンを怒る様な性格でなかった為に不思議そうにされて済んでいるが、スイレンや娘たちが居ればそちらに怒気どきを向けられていたはずだ。


 なさけなさにハモンはイチヨを抱き締めるしかできない。

 ただ夜通しの仕事で眠いのは事実。明日あすも夕暮れには起きて妓楼ぎろう仕事にそなえる必要がある。


「今日は寝るとしよう。外出は、イチヨの都合つごうが悪くなければ明後日あさってはどうだ?」

「うんっ。あ、お布団ふとんいて、浴衣ゆかたに着替えないと」


 最大限、気をつかってイチヨと外出の予定を取り付けた。先程の反省はんせいが無ければイチヨの都合も気にせず『明後日に出るぞ』と言っていたかもしれない。

 腕をゆるめれば少しだけ名残惜なごりおしそうにイチヨが離れていく。赤茶ショートジャケットやワンピースを脱いで浴衣に着替えていった。


 そんな彼女を尻目にハモンは先に押し入れから布団を出して敷く。

 着替え中のイチヨを見ない様に注意し、白革羽織やジーンズを脱いで浴衣に着替える。


 外出の約束が嬉しいのか先に着替え終えたイチヨが布団に飛び込んだ。掛布団かけぶとんが彼女の軽い体重で跳ねて少しだけ敷布団しきぶとんかられる。

 浴衣に着替え終えたハモンが振り返ればイチヨは腕を振って待っていた。その拍子ひょうしおびゆるみ合わせ目がめくれてしまう。


行儀ぎょうぎが悪いぞ」

「あれ? えへへ」


 掛布団の上にイチヨが寝転がっている為に布団に入れない。

 どうせ寝相ねぞうで崩れるだろうと考えて浴衣ゆかたあつかいはイチヨに任せた。


 明日あすそなえて早く寝る為にイチヨの肩とひざに手を回して抱き上げる。普段のハモンなら直すのを待つ場面だが今日は違いイチヨも少しだけ戸惑とまどったらしい。ただハモンにげられるのが嬉しいのかハモンの首に手を回しかかやすい姿勢を取る。

 行儀が悪いと自覚しつつ足で掛布団をめくり敷布団にイチヨを寝かせ自身も横に成って掛布団をかぶった。


 横向きに成ったイチヨがって来る。

 そんな彼女を受け入れる為にハモンも横向きに成った。

 イチヨの額がハモンの胸にこすけられる。

 このままでは首が痛かろうと腕を彼女の頭の下に敷いて抱き寄せた。


 帝都に来てから、いや旅を共にした頃からの習慣。

 イチヨの少し高い体温を心地良ここちよく思いながらハモンは眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る