第三章 帝都、出会い

第一幕 帝都の中

 複数の荷鳥にどりホァンをたばねた荷鳥車にどりぐるまの旅商人たちが街道かいどうを通り帝都に到着した。

 時刻は昼を済ませて二刻二時間が経ったころ。まだ日中と呼んでよいが夕刻ゆうこくに向けて主婦しゅふ達が夕食や風呂の準備を始める頃と言える。


 帝都は肥沃ひよくな大地を豊富ほうふ人口じんこうによりたがやし大都市でありながら自給自足をかなえた風変りな都市だ。

 居住区、商店が並ぶ範囲はんい城壁じょうへきで囲まれ、城壁の外の田畑たはたを守る様に木杭きくいの囲いが守る。都市を防衛する軍人たちも基本的には木杭を守る様に配置されている。


「お、おっきいね」

「そうだな」


 商人たちにじり上着にそろいの羽模様はねもようを持つ兄妹の様な男女が居た。

 旅商人たちに護衛として同行どうこうしている白革羽織の少年ハモンと赤茶ショートジャケットの少女イチヨだ。

 そんな二人は帝都の城壁の大きさに圧倒されていた。


 イチヨは旅商人を親に持つ子供ら、特に男児だんじからみょうに注目されている。旅の途中も視線からのがれる為に物陰ものかげやハモンの背後はいごに隠れていた。


 ただ今は男児たちの視線が気に成らない程に帝都の大きさにおどろいている。

 何せ目の前に山の様に巨大な壁がそそり立っている。ここまで巨大な人工物を見た事の無い二人は間抜まぬけにも口が半開きだ。


田舎者いなかもんが驚いてんのか?」

「のかっ?」


 男児たちがイチヨを揶揄からかう様に騒ぎ、彼女はハモンの影に隠れた。

 思わずハモンも男児たちを見下みおろせば男児たちも青い顔をして去って行く。その奥では親たちがハモンとイチヨに申し訳無さそうに頭を下げた。


 イチヨの顔は整っており、とおたないわり成熟せいじゅくした雰囲気ふんいきを持っている。近場ちかばの男児からすれば気に成る相手だろうがイチヨ本人からすれば迷惑でしかない。

 男児だんじたちに関わり嫌な思いをするくらいならハモンが持つ静かな空気の中に居る方が良い。腰に身を寄せれば頭にハモンの硬く重い手が乗り、その感触に自然とほほゆるむ。


「旅商人たちとはここまでだな。イチヨ、そろそろ都市に入るぞ」

「うんっ」


 旅商人たちと共に帝都の門を抜けて城壁内部に入る。

 商人たちから護衛の給金きゅうきんを貰い、事前に商人から聞いていた安宿やすやどを目指す。


「また宿を開けて巡回じゅんかいに時間を使ってしまうかもしれない。一人にしてまない」

「んーん」


 帝都は上から見ると四角しかくい都市で南に位置する大門から北に伸びる大通りは商店街に成っていた。防衛都市とは異なり三階建ての店も多く発展した都市だと示す様だ。

 そんな大通りの先、城壁内部の北端ほくたんには七階建て相当そうとうの巨大な建造物けんぞうぶつが建っている。そこが皇帝の住む帝国の中枢ちゅうすうだとは言われなくとも分かる威容いようを放っていた。


 建造物は奥行おくゆきも横幅よこはばも非常に大きく南端なんたんの大門から見ると都市の三割をめているかと錯覚さっかくする程だ。正確には北部の三割、都市全体で見れば一割程度なのだが、それでも異常に広大こうだいだと分かる。


 帝都をおとずれるのが初めての二人は城壁内部の細かい地理ちりが分からない。

 商人に教えて貰った安宿やすやどは都市の南西なんせいから北上して西の商店街に入ると見えてくると聞いていた。商人の案内の通りに歩き始め、ハモンは商人に文句もんくを言いそうに成り息をく。


 城壁内部の南西は、色町いろまちだった。

 通りの入口には色町だと主張しゅちょうする様に『西色通にしいろどおり』と看板かんばんが出ている。

 目に痛い配色はいしょく提灯ちょうちんが多く並び、日中にも関わらず着物を着崩して肩と胸元を露出ろしゅつさせた女たちが夜に男客を得る為に声を掛けていた。


 見慣れない状況ではあるがイチヨも女たちが遊女ゆうじょと呼ばれる者たちだと分かり顔を赤くしている。


「少し遠回りに成るが別の道から行こう」

「う、うんっ」


 肩を出したきらびやかな化粧けしょう髪飾かみかざりの遊女たち。

 旅の詩人しじんうたう姿しか知らぬイチヨはハモンに返答するもこころ此処ここらずだ。

 ハモンに手を引かれてやっと覚束無おぼつかない足取りで歩こうとして、つまずきハモンに抱き着いた。


 二人の見える範囲はんいの遊女たちが男客を取る為に密着している。

 まるで自分もハモンを誘っているかの様に感じたイチヨがあわてて離れようとした。


「危ないぞ」


 イチヨの感情の変化に気付かずハモンはイチヨを抱き寄せた。

 単純に彼女が転ぶ事を危惧きぐしての事なのだが場所が悪い。周囲からは若い男が着物を着ない遊女でない童女どうじょを買った様に見える。

 それが分かるからイチヨも余計よけいに混乱を深めていく。


「に、兄様にいさま! ずかしい!」

「ん? ……済まない」


 イチヨの指摘でハモンは周囲に目を向け彼女の言葉の意味に気付いた。

 流石さすがにイチヨを買った、遊女でもない女を買ったと思われるのは心外しんがいである。彼女の足取りが確かなものに成ったのを確認して手を放す。


 周囲に色事の関係性ではないと示す様にハモンがイチヨの頭に手を乗せ軽くでる。即興そっきょうの『兄妹が間違って色町の近くを通った』という演技だ。

 ただ頭を撫でられたイチヨの表情がゆるみ、色町とは別の意味で兄妹らしくない印象を周囲に与えている。


 そんな事に気付かぬ二人が大通りに戻ろうと西色通にしいろどおりに向けた足をらす。大通りから商人に教えて貰った宿を目指そうとし、ふとさわぎが耳に入った。


春売はるうり程度が、めてんじゃねえぞ!」


 西色通りの入口付近、二人に近い位置で男が遊女ゆうじょ怒鳴どなり付けているところだった。

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